M&A仲介のストライク<6196>と日本酒スタートアップのClear(東京都渋谷区)は2025年6月11日、東京都中央区のベルサール八重洲でセミナー「日本酒とM&Aのリアル」を開催した。会場とオンライン合わせて510名以上の申し込みがあり、日本酒業界におけるM&Aの実態と酒蔵経営の革新について、実践者たちの生の声に耳を傾けた。
地域に根ざした酒蔵M&Aの実践
第1部では、日本酒キャピタル代表取締役の田中文悟氏が登壇。同社は2018年の設立以来、富山、岩手、鹿児島、岐阜で5つの酒蔵を事業承継している。モデレーターのClear代表取締役CEO生駒龍史氏との対談で、田中氏は酒蔵M&Aの現実を赤裸々に語った。
「私の元に来る話は結構多い。特に最近は余力があるうちに廃業を考える蔵元が増えている」と、業界の厳しい現状を明かす。実際、この20年で平均すると月2.4社の酒蔵が廃業しており、日本酒業界は深刻な後継者不足に直面している。
田中氏が手がける酒蔵の多くは、売上2600万円程度、負債2億円で債務超過の状態。しかし「売上3000万円ぐらいの蔵を2億円まで引き上げることはできる」と、再生への道筋を示す。その秘訣は、地域との関係構築にある。
「最初は地域では『黒船来襲』『何しに来たんだ』と言われた。でも説明会を開いて現状を伝えると、応援者になる方が多くなる」。地元の理解を得るために、従業員の顔写真を蔵の入口に掲示し、地域住民に「蔵の中にこういう人がいる」ことを知ってもらう。
M&A後の経営で重要なのは、徹底的な対話だ。「一緒にずっと苦しんできたんだから、最後まで一緒に戦おうよ」と前オーナーにも残ってもらい、従業員と共に再建に取り組む。遠隔経営は避け、毎月必ず現地を訪れることで、従業員との信頼関係を築いていく。
世界が認める酒蔵の革新的経営と若手人材の活躍
第2部では、世界酒蔵ランキング3年連続1位の新澤醸造店から、代表取締役の新澤巖夫氏と杜氏の渡部七海氏が登壇。150年の歴史を持つ同社は、25万円の日本酒「零響-Absolute 0-」を販売するなど、高価格帯での市場開拓に成功している。
新澤氏は東日本大震災後の苦境を振り返る。「当時の年商が2600万円ぐらいで、負債が2億という状況だった」。しかし、徹底的な経営改革により、現在では世界的な評価を得るまでに成長した。
その成功の鍵は、常識にとらわれない経営判断にある。「みんながやるだろうから、やらない方がいいなって思っちゃう。成功例を真似することが大負けなんじゃないか」(新澤氏)。AIが示すような過去の集合知ではなく、独自の価値観で新しい市場を切り開く姿勢が重要だという。
29歳の渡部氏は、22歳で杜氏に就任した若手のホープだ。「お酒造りって本当に様々な工程があるが、この人の性格だったら合うなとか、作業に2人必要な時にこの2人だったら合うなとか、そういうことを見れる方がリーダーとして必要」と、チームマネジメントの重要性を語る。
経営者と現場のコミュニケーションについて、渡部氏は「リーダーだけからの話を聞くのではなく、一緒に働くメンバーから少しずつお話を聞く機会を持っていただけると、現場の人も5分でもお話を聞いてもらえるとモチベーションになる」と提言する。
日本酒業界への新規参入、成功への道筋
両氏の話から見えてきたのは、日本酒業界への新規参入における重要なポイントだ。田中氏は「異業種から来た人が業界を盛り上げると思う。新しい若い意見や斬新な意見は、既存の蔵元の方も求めている」と、新規参入者への期待を示す。
ただし、安易な参入は避けるべきだ。「お酒造りの知識がなくても経営はできるが、パートナーに全部任せるのは騙されても仕方ない」(新澤氏)。酒造りと経営の両方を理解し、バランスよく進めることが重要となる。
ブランド構築には時間がかかることも覚悟すべきだ。「ブランディングには最低でも3年かかる」(田中氏)。短期的な利益を追求するのではなく、地域に根ざした長期的な視点での経営が求められる。
新澤氏は最後に力強いメッセージを送った。「蔵元が亡くなっていくのはすごく悲しいし、街のシンボルがなくなっていくのは思っている以上に寂しいこと。興味があったらぜひ参入してほしい」。
日本酒業界は確かに厳しい状況にある。しかし、地域との対話を重視し、独自の価値観で新しい市場を開拓する経営者たちの姿は、この伝統産業に新たな可能性があることを示している。500名を超える参加者の関心の高さは、日本酒業界の変革への期待の表れといえるだろう。
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