
ゼロワンブースターキャピタルは、スピンオフ・スピンアウトによる新規事業開発を促進するイベント「SPINX TOKYO 2025」を「温故創新の森NOVARE」(東京都江東区)で開いた。スタートアップ経営者らがスピンオフ・スピンアウトの現状や展望、課題などについて討論したほか、事業会社によるピッチもあった。
事業会社の事業ポテンシャルを発掘し、新事業創出
同イベントはゼロワンブースターが運営するプログラム「SPINX」の一環で、事業会社が持つポテンシャルを発見し、新たなビジネスの創出を促進するのが狙い。
同イベントでは、スピンオフ・スピンアウトの最前線の動きを発信。企業に眠る人材やリソース(資源)を発掘し、新たなビジネスを創出するためのノウハウや人的ネットワークを得ようと参加者がつめかけた。
冒頭のパネルディスカッションでは、ゼロワンブースターホールディングスの鈴木規文最高経営責任者(CEO)をモデレーターに、清水建設の大西正修副社長と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の内木悟部長が登壇し、スピンオフ・スピンアウトの成果を紹介した。
「失敗しても戻れる」制度変更で志願者が急増
大西副社長は清水建設の事業化公募制度について振り返り、これまでに5社が起業し1社が上場を達成した実績を報告した。大西副社長はコーポレートベンチャリング制度を再開して4名が起業準備中であることを明かしたが、「当初は社外に出たら本社とは完全に縁を切るなど、制度設計が厳格すぎて人材が集まりにくかった」と振り返る。
そこで成功しなかった場合には清水建設に戻れるなど柔軟な制度設計に変更したところ、スピンオフ・スピンアウトに手を挙げる社員が増えたという。
清水建設のスピンオフ・スピンアウトの対象となるビジネス選びは①サステナビリティー②資源・エネルギー③ウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること)④DX(デジタルトランスフォーメーション)⑤グローバル化のテーマから選び、社員から寄せられた課題やアイデアを精査しているという。
技術を外部移転することで「社会に役立つ」意識が
内木部長はJAXA新事業促進部による宇宙技術の民生転用活動を総括し、これまでに実施された50件のプロジェクトのうち11件が事業化を達成、20件の事業化が進行中であると説明した。JAXAのベンチャー支援制度では15社を「JAXAベンチャー」として認定し、うち4社が民間投資の獲得に成功している。同制度では技術利用権を最大で10年間無償提供し、その後は適切なライセンス料を支払ってもらう方針だ。
JAXAが開発した技術を民間企業が活用する官民共創型研究開発プログラム「JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ(J-SPARC)」には、200社以上が参加している。このうち75%が宇宙関連ビジネスとは無縁の企業で、宇宙産業以外の幅広い分野での新事業立ち上げが期待できそうだ。
電通は野菜の供給が増えるタイミングに合わせて、調味料など関連食品の広告出稿タイミングを最適化できないかと考えた。そこでJAXAの衛星データを利用してキャベツの生育状況を観測し、収穫時期を正確に予測する実証実験をJA嬬恋村と共同で実施して成果を出す。
こうした成功例を通じて「自分たちの研究が宇宙開発だけでなく、社会に役立っていると実感できた」(内木部長)と、JAXA内部での意識改革にもつながったという。
スピード感を出せるのがスピンオフ・スピンアウトの強み
続くスタートアップ経営者によるパネルディスカッションでは、スピンオフ・スピンアウト企業の設立と運営について議論を展開した。
PR TIMES発のスタートアップブログメディア「THE BRIDGE」の平野武士社長がモデレーターとなり、JAXA発ベンチャーのStar Signal Solutionsの岩城陽大社長と東レ発ベンチャーの西田誠MOONRAKERS TECHNOLOGIES CEOが登壇。それぞれの事業展開について語った。
岩城社長は自社で手がける宇宙空間における人工衛星衝突回避システムの開発と運用について説明し、「年間3700万回以上発生する危険な接近の問題解決に取り組んでいる」と説明。
西田CEOは東レでの経験を活かし、先端素材を活用した新規事業「ムーンレイカー」が初年度から2億円の売り上げを達成した経緯を明かした。
スピンオフ・スピンアウトがもたらす経済的インパクトについて岩城社長は「国は宇宙産業で2030年代前半までに8兆円規模の市場を目指すという目標があり、その中で重要な役割を果たす。宇宙ビジネスはグローバルで150兆円市場に育つと予想されている。これまで日本が投入した研究開発費を考えれば、民間で市場の10%は取るべきだ」と意欲を燃やす。
大企業からのスピンオフの意義について西田CEOは「2010年代に大企業でガバナンスやコンプライアンスが厳しくなり、意思決定のスピードが遅くなったことから、スタートアップとして外に出ることで事業のスピード感が出せる」メリットを強調した。
西田CEOは参加者に「制度は整ってきたので、チャンスがあればやるしかない。失敗しても大企業に戻れるし、成功して得られるベネフィット(利益)は非常に大きい」と、スピンオフ・スピンアウトへの積極的な参加を呼びかけた。
大企業内で新規事業に取り組むのか、それともスピンオフ・スピンアウトを選択するかの判断基準については、平野社長が「売上規模が大きいと見込める場合は社内で、それほどでもない場合は社外に出す方が合理的ではないか」との見方を示している。
日本を代表する大企業発の新規事業を紹介
ピッチでは事業会社からスピンオフ・スピンアウトによる新規事業創出に取り組む7社が、各自の取り組みを説明した。登壇企業はPFU、ANAホールディングス、大塚薬品工場、DO・CHANGE、電通、INPEX、リコー。
「スピンオフ」は企業内の人材が所属企業からの少数出資を受けて起業すること、「スピンアウト」は企業からの出資なしに独立して起業することだ。こうした手法は大企業が持つ技術や人材を活用して、新たなビジネスを生み出すための重要な手段となっている。
ゼロワンは「日本企業には豊富な人材と革新的な技術が存在しており、これらを活かすことで世界に羽ばたく新たなビジネスが生まれる」と期待している。
文・写真:糸永正行編集委員
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