AIエンジニアの安野貴博氏は5月、新党「チームみらい」を結成し、10人以上の候補者と共に夏の参院選(7月3日公示、20日投開票)に出馬することを表明した。「デジタル民主主義」を掲げた昨年の東京都知事選では約15万票を獲得している。
政党を立ち上げた経緯と、真偽不明の情報が当落を左右するネット選挙の問題点について聞いた――。(聞き手・構成=村上敬)
■「テレビに何秒映ったか」は意味をなさなくなった
――ネット選挙が解禁されて11年たちました。YouTubeやSNSが選挙活動で活用されるようになり、有権者の投票活動にどのような変化があったと感じていますか。
解禁後、インネーネットを投票先の参考にする人が徐々に増えていたとは思います。ティッピングポイントは2024年の一連の選挙です。東京都知事選の石丸伸二さん、衆院選の国民民主党、兵庫県知事選の斎藤元彦さん……。SNSや動画で話されていたこと、また支持者による大量拡散が当落に絡むようになって、それまでとは一つステージが変わりました。
変化自体はニュートラルです。ただ、良い面と悪い面があることはたしかです。良い面でいうと、かつては候補者にとってテレビに何秒映ったかが重要であり、映らない人はほとんど影響を及ぼせない現実がありました。しかし、今は有権者に知ってもらうための経路が多様になった。実際、私は昨年の都知事選時点でテレビに取り上げられない存在でしたが、15万票をいただくことができた。
これはネットの力があったからです。
■マスコミの選挙報道はなぜ信頼をなくしたか
一方、ネットでは信頼性の低い情報、さらに誹謗中傷や風説の流布にあたるものまで簡単に発信できて、それに感化される人がいることが課題です。若い世代に限りません。さまざまな調査を見ていると、中高年の方もネットの投稿から影響を受けています。これまでネットに触れてこなかった人たちも、YouTubeが生活に入ってきたことで影響を受けたのかなと。
――テレビや新聞の選挙報道が信頼されなくなり、「ネットで真実に目覚めた」と信じる有権者が増えてきたということでしょうか。
オールドメディアは選挙期間中の発信の数が少なすぎると考えています。放送法で候補者を量的に平等に扱わなくてはいけないため、テレビは候補者を掘り下げるような事前番組をまずやらないし、兵庫県知事選でも神戸新聞は選挙期間中、情勢分析や争点を紹介しても、候補者自身に関する記事はほとんど出さなかった。一方、ネットを見れば無限に情報が供給されています。みんな興味を持っている中でテレビや新聞が情報を供給しないから、ネット側にニーズを取られていくことは避けられない。
■候補者のSNSを規制するのは現実的ではない
オールドメディアは、自分たちが何を公平だとかんがえているかを明らかにしたうえで、もっと情報を増やしたり、踏み込んだ情報発信をすることも検討したほうがいいですよね。踏み込むと、ある候補者の主張に近くなって応援していることになるという見方があるかもしれませんが、ファクトをチェックするなら問題ないと思います。

――「NHK党」党首の立花孝志氏のようにフェイクニュースで注目を集めようとする人物もいます。ネット側の情報発信に規制をかけることについてはどうお考えですか。
選挙期間中に限り、候補者のSNSを課金オフにする話が出ていますが、それはちょっとどうかなと思っています。YouTubeなどは海外のプラットフォームで、どこまで規制に従ってくれるかは不透明です。また、テレビや新聞も選挙期間中は広告収入や購読料で収益をあげています。ネットだけダメというなら、もっと理論武装しないと厳しいんじゃないでしょうか。
■「第2の立花孝志」を生まない3つの方法
――“第2の立花孝志”の登場を防ぐことは難しい?
まず司法のプロセスを早くすべきですよね。フェイクニュースを流した人を罰することは既存の法律でも可能です。ただ、名誉棄損や虚偽情報の流布、公職選挙法違反などが起きるスピードに捜査当局が追いつけず、司法の場で処理するスピードが遅すぎて、現状では言ったもの勝ちになっている。選挙期間中に司法プロセスに乗せると、「国家権力の介入だ」「不正選挙だ」と言われる隙を与えるので難しいですが、選挙後に極力早く罰を受ける例が出れば、意識が変わって今よりはマシになる気がします。
――フェイクニュースに騙されないよう有権者が賢くなることも大切でしょうか。
2つやり方があります。
まず学校で情報リテラシーの授業をきちんとやること。もう一つは、偽情報が広がる前に「こういう偽情報が出回ります」という情報を予防接種的に撒いておく「プリバンキング」です。たとえば「候補者が言っていないことを言っているように見せるディープフェイク動画が出回るよ」というCMを選挙の前に打つんです。プリバンキングで、ユーザーが偽情報をシェアする確率が低くなるという研究があります。
■「斎藤元彦現象」の真の問題点とは
――兵庫県知事選では、PR会社を使ったSNS運用のあり方も問題視されました。ネット選挙の歪みが出ているのでは?
あれはネット以前に、公職選挙法の規定に問題があります。公職選挙法では政治活動と選挙活動を分けていますが、2つの間にはグレーゾーンがあって、しかも都道府県で検挙率に著しい差があるように警察の裁量が非常に大きい。その結果、経験値が高くて抜け道を知っている選挙プランナーが活躍する余地ができるわけです。
選挙広報も、選挙前の政治活動であれば業者への報酬が認められています。しかし選挙期間中になると一気に複雑化します。候補者が選挙プランナーに指南を仰ぐのはOKですが、広報戦略を立ててもらい、対価を支払うと公選法に抵触するおそれがあります。他方、選挙プランナーの指示に従って候補者が個別の投稿をポストする場合は報酬を支払っても問題ないが、プランナーによる代理投稿は違法というように、非常にややこしい体系になっているのです。
まずルールをシンプルにしませんかと申し上げたいですね。
■民意を集約できれば、選挙は要らないのか
――さまざまな課題がある中で、今の選挙制度は正しく民意を反映できるのでしょうか。
選挙に拠らない意思の反映の仕方を増やしたほうがいいでしょう。台湾には国が運営する「Join」というネット上の掲示板があって、誰でも「こういう法律をつくってほしい」と提案できます。ただ提案して終わりではなく、5000人以上の賛同が集まれば、担当省庁の担当部局はその提案をしっかり検討することが約束されています。
実際、「Join」では10年で約1万件の提案があり、うち370件が5000いいねの壁を突破。そのうち170件については実際に法律や政策になっています。高校生の提案でプラスチック製ストローが禁止になったケースもあります。選挙に限らなくても、こういう形で国民が政治に参画できることはいいこと。日本の人口でいきなり国レベルでやるのは難しいでしょうから、地方自治体でまずやってみて、効果をチェックしながら進めていけばいいのかなと。
――デジタルで民意を吸い上げる仕組みがあれば、もう選挙はいらない?
いや、最終的に意思決定する代表者を選ぶという選挙の機能は重要であり続けます。なので、突然選挙がなくなるとは考えていません。
代表者を選ぶ選挙と並行して、代表者に声を届けたり、代表者の背中を押す仕組みがアップデートされるイメージです。
■30代がメインの政党を立ち上げた理由
――まさに代表者になろうと、安野さんは政治団体「チームみらい」を立ち上げました。7月の参院選に向けて候補者を擁立しています。
6月2日までに計10人の候補者を発表しました。最終的には15人程度を予定しています。目標は2議席です。
――候補者は30代が多い。職業はAIエンジニアやデザイナーなどさまざまで、政治のプロは見当たりません。
まずはわれわれのビジョンに共感していただいて、かつわれわれが信頼できる方を公認しています。30代が多くなったのは、30年後も現役として社会に関わる年齢でないと意味がないからです。当事者として制度のサステナビリティを考えざるを得ない世代であり、未来についてしっかり考えるというわれわれの考えと整合性はとれていると思います。
職業は、社会の第一線で実際に手を動かしておられる方が集まりました。
新しいことをやるのは「よそ者、若者、馬鹿者」と言われますが、これまで永田町にあまりいなかった人たちが入ることで、新陳代謝を起こしたいなと。
■政策提案1800件の中で多かった「教員の負担軽減」
――チームみらいはデジタル民主主義を標榜しています。AIに政策を決めさせる政党なのでしょうか。
有権者の声を反映させるために、AIを活用した「対話型マニフェスト」を掲げています。まずわれわれのビジョンにもとづいたマニフェストの初期版が掲示板に書かれていて、ユーザーはその政策についてチャット欄に質問や意見を入力。AIが議論の相手を務めて、ある程度深掘りしたら、「そこまで言うならチームみらいの政策立案チームに提案書を書きませんか」とAIが一緒に提案書を作成してくれます。届いた提案数は、サイトのオープンから2週間で約1800件。それらを見てわれわれが「たしかにこれはやるべきだよね」とマニフェストに反映させていきます。
――ボトムアップ型の政策提案機能には、大衆迎合的な政策ばかりになるリスクも潜んでいるように思えますが。
むしろ他党がイシューとしていない論点をすくいあげて、国民的な議論に育てていくことが大事だと考えています。たとえば「対話型マニフェスト」を通じて要望の多かった政策には、AI教育やテクノロジーの普及のほか、教員の負担軽減というものがありました。有権者にとっては自身が学生だった時の経験もあるし、今は子供の教育環境を改善したいという思いから、政策に手触り感があって関心が高くなるのだと思います。
■安野貴博はイーロン・マスクと同類?
――既成政党が掲げる大きなテーマに乗らないことが差別化になる?
チームみらいはテクノロジーを推進するシングルイシュー政党だと思われがちですが、そうではありません。大切なのは、たんにテクノロジーを活用することではなく、テクノロジーが世の中に入っていく中でどのような社会を作っていくべきかを考えること。その意味で政策の範囲は多岐にわたります。
そもそも政策は差別化の観点ではなく、あくまでもやるべきかどうかという筋論で考えています。その結果としてまとまったものの中で差別化になるポイントがあれば、情報発信するときにそれを意識してまとめ直すつもりです。
――アメリカではイーロン・マスク氏に代表される過激なテックリバタリアンが台頭して、政治への関与を強めたり、テクノロジーによる社会変革を進めようとしています。安野さんは同類ですか。それとも立ち位置は違うのでしょうか。
AIをめぐっては3つの世界観があると考えています。まず一つは、最高級のAIを開発してAIが中央集権的に意思決定する世界。ざっくりいえば、OpenAIのサム・アルトマン氏のような発想です。その逆が、テクノロジーで個人をエンパワーメントして政府に介入されないようにしようという派閥です。これはビットコインをイメージするとわかりやすい。イーロン・マスク氏をどっちに位置付けるのかは悩ましいですね。
■個人が手を取り合うためにデジタルを活用する
さらに3つめの道が、個人一人ひとりが手を取り合うためにテクノロジーを使うデジタル民主主義です。台湾のオードリー・タン氏はこれが重要だと指摘していて、チームみらいもその立場をとっています。AIがすべてを決めるわけでもなく、完全な個人主義でもなく、コミュニティのためにテクノロジーを使う、あるいは今の民主主義をデジタルでアップデートするという考え方です。
――イーロン・マスク氏の印象が強烈で、誤解を受けそうです。
本当によく一緒にされるんですよ。今申し上げたような説明をするんですが、簡単には理解しづらいですよね。もっといい説明がないかと日々考えているところです。

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安野 貴博(あんの・たかひろ)

AIエンジニア、起業家、SF作家

合同会社機械経営代表。開成高校を卒業後、東京大学へ進学。内閣府「AI戦略会議」で座長を務める松尾豊の研究室を卒業。外資系コンサルティング会社のボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を2社創業。デジタルを通じた社会システム変革に携わる。未踏スーパークリエイター。デジタル庁デジタル法制ワーキンググループ構成員。日本SF作家クラブ会員。2024年、東京都知事選挙に出馬、デジタル民主主義の実現などを掲げ、AIを活用した双方向型の選挙戦を実践。著書に『サーキット・スイッチャー』『松岡まどか、起業します』(ともに早川書房)、『1%の革命』(文藝春秋)。

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(AIエンジニア、起業家、SF作家 安野 貴博 聞き手・構成=村上敬)
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