
2025年11月、東京・新国立劇場の2025/2026シーズン海外招聘公演として上演される『鼻血―The Nosebleed―』は、日本にルーツを持ち、ニューヨークのブルックリンを拠点に活動する劇作家、演出家、パフォーマーであるアヤ・オガワによる自伝的作品だ。日本公演への準備を進めるオガワが、作品の成り立ち、日本での初の上演に向けての思いを語った。
失敗をめぐる実験から生まれた作品
長い時間を費やして創作された『鼻血』は、2021年秋にニューヨークのジャパン・ソサエティにて世界初演、2022年にはオフブロードウェイなどで上演された優れた舞台に与えられるオビー賞を受賞した。作品の冒頭、演者でもあるオガワの挨拶に続いて登場するのは4人の俳優たち。皆それぞれに自身の失敗談を話し、その後観客にも失敗談を話す場が設けられるという独特の手法で、客席を作品の世界へと引き込んでいく。
「あの冒頭は、作品の中に入るためのある種の儀式。4人の俳優はそれぞれに自分の失敗談を話し、作品の中に踏み入っていきます。であれば、観客の皆さんの中からもどなたか話をしてもらって、作品の中に入っていただこう、と考えました。当初はうまくいくかどうか分からなかったし、毎回違う形になりますが、大事な瞬間だと思っています」。

"The Nosebleed"ワシントンD.C.公演 ©DJ Corey Photography
上演を重ねれば、当然、思わぬハプニングも発生する。
「ある公演で手を挙げてくれた人に失敗の話をしてもらったら、全然話が終わらなくて、私が『ありがとうございます!』と止めてもダメで、困りました(笑)」。
創作のきっかけは、本作の前に創った作品が、批評家に「失敗」と書かれたことだという。
「(劇評の中に)10カ所くらい“failure(失敗)”と出てきて! 結構なショックでしたが、そこから“失敗って何だろう?”と考えるようになったんです。とてもひとりでは答えが見つからないとも感じていました。私の場合、新しい作品を作るときの第一歩はたいてい、スタジオにコラボレーターを呼んで実験的なことを行うのですが、『鼻血』を創ったときも毎週、『来れる人は来てね』と皆を招待し、失敗の話を提供してもらって、その物語を演じるという実験を重ねました」。
“実験”がスタートしたのは、2016年11月。ドナルド・トランプが米国大統領選に勝利した日だ。それもまた、今作のテーマに強く結びつく出来事となった。
「皆、絶対に失敗や後悔を抱えているのに、それを話せるところや消化する場所がない。自分だけで抱えているのは苦しいから、皆で共有する空間を作りました。今日この部屋で自分がしたい話をシェアしてください、という感覚。すごく根の深い話から、“アホなことしたなー”というものもあって(笑)、さまざまでした」。
当事者以外の人が失敗談を演じ、当事者と物語をずらしていくという実験を重ねると、「自分の失敗をもっと温かい視点から見たり、抱えていた気持ちが解消されていったりすることにも気づいた」という。さらには、「この作品を通して、周囲の皆を、コミュニティの人々を癒すことができるのではないかと、目的がはっきりしてきたんです」。
その後も観客を招いての探究が続けられ、観客からのフィードバックに向き合う中で、自身の人生の物語を書くと決めた。では、自身の大きな失敗とは──?
「仲間の振付家が、すでに亡くなっていた作曲家の父親の音楽でダンスを作っていると言うんです。そういえば私にも父親がいた。

"The Nosebleed"ワシントンD.C.公演 ©DJ Corey Photography
舞台でアヤ自身を演じるのは、オガワ自身ではなく、4人の俳優たち。容姿も佇まいも異なり、それぞれが強い個性を放つ。
「ひとりの人物を分解して、過去の自分、未来の自分、子どもの自分と、いろんな角度の自分を作り、私の人生の物語をキャンバスとして描いていくことで、その失敗談はフィクションなのかそうでないのか、という観客の疑問をなくすことができるのではないかと思いました。出演している俳優たちはとても信頼をしている仲間です。皆、違うアイデンティティを抱え、それぞれにどこか私と重なる部分もある。その重なる部分、重ならない部分も、すごく大事にしています。その関係性から響くものがあると思うし、観客の皆さんにも、響いてくるものがあるのではないかと思うんです」。
自分のアイデンティティを知ることが、自分の力に
物語の核となるのはアヤと父親との関係。
「実際の父はそれほど流暢に英語を話しませんでしたが、最初に登場する場面ではあえて英語を話させて、アヤの視点からの父親を演じています。そこからだんだんと変わっていき、最後にはなるべくリアルな父親に。その変化を演じていくのは面白いですね」。
日本で上演することへの怖さも感じている。移民としてアメリカで暮らす中での苦しさを、理解してもらえないかもしれないという不安。自分の醜い部分を曝け出していることも、どう受け止められるのかわからない。自身が演じる父は無口で冷たく、父娘の心温まるふれあいは、ない。
「死んだ父親のことをあまり美しく描いていないことに対して、日本の皆さんに受け入れてもらえるのか、怖さも感じています」。
父親がこの作品を観たらどう言うと思うかと尋ねると、少し考えこんで、2021年のジャパン・ソサエティでのワールドプレミアのときのエピソードを明かす。
「初演は8公演ほどの上演でしたが、昔からとてもお世話になっているジャパン・ソサエティの芸術監督である塩谷陽子さんが全公演を観てくださって、毎回泣いてくれて、『あなたは本当にいい娘ね!』と言ってくれたんです。『お父さんは誇りに思うでしょう』と──。
タイトルの“鼻血”も、自身の失敗のひとつ。夏の間、ふたりの息子を日本の学校に通わせるために日本に滞在したとき、夜中に5歳の次男が鼻血を出した。皆の慌てぶり、大騒動は、きっと可笑しくもあり、気の毒でもあり。
「あの鼻血のカオスの場面から、話は大きく変わり、過去の話から、どんどんいまに迫ってきます。そこで流れるのが、親と私と子どもを繋ぐ、血。鼻血を出すというのは、誰もが経験したことがある、決して特別なことではないこと。そんな“鼻血”で結ばれているんです」。
舞台を観た次男の反応については、「初演の頃には8、9歳になっていましたから、『僕はそんな泣き虫じゃないよ!』と怒っていました(笑)」と、母の表情に。

(撮影:阿部章仁)
「私は、両親とアメリカに移住した時、自分の文化的なアイデンティティを大事にすべきだと誰からも言われませんでした。『なぜ私はアジア人なの? なぜ白人の金髪の子として生まれなかったの?』という気持ちしかなかった。80年代にアメリカに行った移民の中で育った子の多くは、そんな気持ちを抱いていたと思います。私は、そういう思いを自分の子どもたちには絶対にさせたくない。自分のアイデンティティ、自分の歴史を知るということ。それが自分の力になるということを、子どもたちに伝えたいし、その思いを捧げたいのです」。
演劇への思い、創作への意欲は強く、「生きている時間は短い。言いたいことはさっさと言ってしまわないと!」という。ジャパン・ソサエティに勤めていた頃に手がけるようになった日本の演劇の翻訳にも、熱意を持って取り組んでいる。
「アーティストとしてでなく、翻訳家のアヤという名前のほうが広まって、苦しんだ時期もありました。でも、私の翻訳は私にしかできないことだし、日本の作品を紹介するのは私の責任だと感じるように。
日本での初めての舞台。不安も大きいが、仲間たちは皆来日を心から楽しみにしているそう。
「この作品に関して、フェイクな部分はありません。父親との関係を演劇にするなんて思ってもいませんでしたが、こうなった。アーティストとして私は具体的な問題を抱えていて、解決する方法はこれしかなかったのです。でも、どなたでも作品の世界にに飛び込みやすいよう創っているつもりです。日本のお客様にとっても楽しめるもの、意味のあるものになると思います。ぜひオープンハートで観に来ていただきたいです」。
取材・文:加藤智子
<公演情報>
海外招聘公演
『鼻血―The Nosebleed―』
作・演出:アヤ・オガワ
字幕翻訳:広田敦郎
キャスト:
ドレイ・キャンベル アシル・リー クリス・マンリー
アヤ・オガワ 塚田さおり カイリー・Y・ターナー
2025年11月20日(木)~24日(月・祝)
会場:東京・新国立劇場 小劇場
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2561541(https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2561541&afid=P66)
公式サイト:
https://www.nntt.jac.go.jp/play/the-nosebleed/