
かげはら史帆による歴史ノンフィクションを、大胆不敵な着想で映画化した『ベートーヴェン捏造(ねつぞう)』が、いよいよ9月12日(金)に全国公開される。19世紀のウィーンで実際に起きた、音楽史上最大のスキャンダルを題材にしているのだが、演じているのは、全て日本人! あのベートーヴェンを古田新太が、そして彼の秘書で主人公のシンドラーを⼭⽥裕貴が熱演する。
『ベートーヴェン捏造』
冒頭は、ベートーヴェンやモーツァルトの肖像画なんかが貼ってある中学校の音楽教室が舞台。放課後、音楽教師が、たまたま居合わせた生徒に「君はベートーヴェンってどういう人だと思う?」と声をかけ、少し関心ありとみると、「交響曲第5番『運命』の、ジャジャジャジャーンっていうのは何を表現しているのか知ってる? ……実はね……」と、生徒の気をひくような話題をつぎつぎと持ち出して話をしている。

それをきいた生徒が、あくまで中学生の想像力で、19世紀ウィーンの情景をいろいろ思い浮かべたらこんな感じかな、というバカリズム脚本ならではの可笑しみある設定で、本作は作られている。だから、登場人物たちは、みんな日本人っぽいし、全員日本語を話す。物語の主役・シンドラーは目の前にいる音楽教師(⼭⽥裕貴)のイメージ。音楽室に飾られた肖像画のベートーヴェンもどことなく古田新太みたいな雰囲気!? というわけだ。

原作の『ベートーヴェン捏造 名プロデュー サーは嘘をつく』は、ベートーヴェン没後150年の1977年に発覚した「ベートーヴェンの会話帳捏造事件」の顛末を、犯人であるアントン・フェリックス・シンドラーを中心に説き起こしたもの。著者、かげはら史帆さんは、よもや、この内容が、日本人俳優による日本映画になるとは思っていなかっただろう。
ある日、しがないヴァイオリニストだったシンドラーは、敬愛していた大作曲家ベートーヴェンと、偶然会い、幸運にも秘書の職を得る。

耳がきこえない難病を抱えていたので、筆談でのコミュニケーションが中心になるし、なにかと結構手間のかかる人なのだ。にもかわらず、面倒がかかればかかるほど、シンドラーのベートーヴェンへの忠実さと愛はエスカレートしていく。それが、逆にベートーヴェン本人や周囲の関係者から空気のよめないやつ、と疎まれる結果を生んでしまう。そんななか、あの「第九」の初演という歴史的な大仕事に携わることになり……。
ベートーヴェンとシンドラーの愛憎劇、さらには楽聖の伝記を巡る関係者の泥仕合を通し、現代に伝わるベートーヴェンにまつわるさまざまな伝説は、実はほとんどシンドラーが”捏造”したものだった真実が暴かれていく。

それにしても、古田新太をベートーヴェン役にキャスティングした人は天才だと思う。似てる似てないの問題ではなく、なんともそれらしく見える。シンドラーの老年までを演じる⼭⽥裕貴も、音楽の教科書には出てこない人物なのでよくわからないが、まったく違和感なく感情移入できる。つまり役にハマっている。

他にも、生瀬勝久、遠藤憲一、野間口徹、小手伸也といった個性強めのバイプレイヤー陣も、いたってふつうに軽いフットワークで19世紀のウイーンに生きた人物を演じる。さらには、ベートーヴェンの伝記を巡ってシンドラーに疑念を抱くアメリカ人ジャーナリストに染谷将太、ベートーヴェンの弟に小澤征悦、甥っ子に前⽥旺志郎、もうひとりの秘書に神尾楓珠など。あっ! ショパン役でMrs. GREEN APPLEの藤澤涼架(Kb.)が映画初出演するのも話題。

監督は関和亮。大型LEDディスプレイに背景3DCGを表示し、その前で演者や被写体を撮影するというバーチャルプロダクションの技術を大胆に取り入れ、日本のスタジオで19世紀のウィーンをリアルに再現した。ベートーヴェンの名曲もふんだんに流れるし、メインテーマ曲は、ピアニスト・清塚信也さんが演奏する「ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第23番『熱情』第3楽章」、という贅沢ぶり。

「伝説はいかに捏造されたか」がテーマのこの作品、実は映画のつくり方も、バーチャルだったり、日本人役者だったり、大胆不敵に捏造されている感じが、たまらない。ストレートプレイ、ミュージカルやオペラでは日本人が欧米人を演じる、いわゆる“赤毛もの”はよくあるが、映画では初めてだと思う。遊び心をここまで徹底すると、不自然さなんてどこかにふっとんでしまう、そんな映画です。
文=坂口英明(ぴあ編集部)

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