自身の過去の“不倫実績”をも裁判で逆用!? 34の罪で起訴されても焼け太りを続けるトランプ「大統領返り咲き」の現実味【2023国際情勢記事 5位】

2023年度(1月~12月)に反響の大きかった国際情勢記事ベスト5をお届けする。第5位は、トランプ前大統領の2024年大統領選挙における驚きの「返り咲きプラン」を考察した記事だった(初公開日:2023年5月9日)。

アメリカの大統領経験者として初めて起訴されたトランプ前大統領。「不倫口止め」など4月には34の罪で起訴されたが、米ワシントン・ポスト紙とABCテレビが発表した最新の世論調査では、トランプ氏が2024年に行われる大統領選でバイデン大統領に「勝利する」との衝撃の結果が発表された。

2023年度(1月~12月)に反響の大きかった国際情勢記事ベスト5をお届けする。第5位は、トランプ前大統領の2024年大統領選挙における驚きの「返り咲きプラン」を考察した記事だった(初公開日:2023年5月9日。記事は公開日の状況。ご注意ください)

「性交渉一回きりの不倫」を口止め料で隠蔽

4月5日、マンハッタンのトランプタワーからニューヨーク地検に向かう一台の高級車を何機もの空撮ヘリが追った。車中にいるのはトランプ前大統領だ。

前日に前大統領が自家用機でラグワーディア空港に着陸して以来、マスコミによるトランプ空撮は止まなかった。

妻と友人を殺害したとして裁かれたアメリカンフットボールのスーパースター、O.Jシンプソンがそうだったように、ヘリまで使ったメディアの追跡劇は、かぎられた「悪人」を追う時だけに許された特権のようだ。ニューヨーク地検での罪状認否が行われたこの日、前大統領は問われた34件の罪すべてを否認した。その顔に笑みは一切なかった――。

自身の過去の“不倫実績”をも裁判で逆用!? 34の罪で起訴されても焼け太りを続けるトランプ「大統領返り咲き」の現実味【2023国際情勢記事 5位】

起訴内容の中心は、性交渉一回きりの不倫を隠ぺいするため、トランプ前大統領が口止め料を支払ったというものである。口止め料を払うこと自体は違法ではない。

しかし、トランプ前大統領はその支出を事業費として計上しており、この記載がニューヨーク州法で禁じる偽造文書の作成にあたるとされたのだ。

ビジネス記録の改ざんは微罪で、通常であれば起訴にはならない。しかし、その改ざんが別のより重大な犯罪を隠ぺいするために行われたとしたら、その大罪を実行に移さなくても重罪に問える。
ニューヨーク地検の主張は以下のようなものだ。

2016年、不倫相手である元ポルノ女優のストーミー・ダニエルさんにトランプ氏の弁護士が13万ドルを支払い、後日、これをトランプ氏が補填。その際、この金を「弁護士費用」として計上していた。
しかし、委託契約などの実体がないうえに支払い時期が米大統領選直前の2016年10月だったことから、選挙に悪影響を与えないための「口止め料」と考えられる。大統領選の支出を公表しないことは連邦選挙資金法違反であり、重罪となる。つまり、ビジネス記録の改ざんはニューヨーク州法では微罪だが、連邦法に照らせば大罪になるというわけだ。

捜査を指揮したアルビン・ブラッグ検察官が採用したこの起訴戦術は、彼の前任者が一度は検討したものの見送った、いわば「ゾンビ」事案だった。州法と連邦法をどうリンクさせるのか、その法解釈や判例が確定していなかったためだ。にもかかわらず、ブラッグ検察官が「ゾンビ」を掘り起こしたのはトランプ前大統領を起訴できるだけの新たな有力な証言や証拠を入手できたからと考えるべきだろう。

検察がしたためる対トランプの「隠し玉」

はたして裁判ではどのような攻防戦が展開されるのだろうか? まずは追い詰める側のニューヨーク地検の戦術を予測してみよう。

検察側が有罪を勝ち取るためにはトランプ前大統領が支払った口止め料が男女関係の清算でなく、選挙がらみ、つまり大統領選を有利に運ぶための支出だったことを法廷で証明しなくてはならない。おそらく、ブラッグ検察官はその証明のための「隠し玉」を持っているはずだ。

では、その「隠し玉」とは何か? 起訴状に添付された陳述書にそのヒントがある。

ダニエルさんを含む2人の不倫相手に口止め料を支払ったとされるトランプ前大統領の元顧問弁護士、マイケル・コーエン氏は13 万ドルの支払いを認め、連邦選挙法違反などの罪で禁固3年の刑に服している。そのコーエン弁護士とこれまた不倫もみ消し工作に協力したタブロイド紙『AMI』幹部がそろって、「この金(13万ドル)は大統領選への悪影響を阻止するためのものだった』と供述しているのだ。

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「トランプ氏、アメリカの大統領経験者として初の起訴」の話題を報じる米紙

ブラッグ検察官はこの供述を法廷で再度、強調するはずだ。

そうすることによって口止め料は不倫関係の清算のためでなく、大統領選がらみの政治的支出であり、連邦選挙法違反の重罪になると主張すると予測できる。

陳述書にはもうひとつ、トランプ前大統領を追い詰める記述がある。「トランプ氏はコーエン弁護士に『13万ドルの支払いをできれば、大統領選挙後まで延ばすように。選挙が終わってしまえば、不倫話が公になっても問題ない』と指示した」という記述だ。

つまり、ニューヨーク地検は「選挙が重要なのであって、その後であれば不倫がバレてもダメージはない」というトランプ前大統領の認識が13万ドルの性格を決定づけていると読んでいるのだ。法廷ではニューヨーク地検がこの「読み」に至った根拠が詳しく語られることだろう。


それにしても推定資産3000億円の大富豪が高級外車一台レベルの金をケチっている(出来れば支払い自体をしたくなかったトランプ氏は、選挙後まで支払い期日を伸ばすという作戦を弁護士に指示)ところがいかにもトランプ的と言うべきか。

過去の“不倫実績”が裁判では武器に?

さて、こうしたニューヨーク地検の攻勢に、トランプ元大統領側はどう反論するのか? じつはトランプ有罪をめざす地検にとって、障害となりそうな判例がある。オバマ氏が大統領になった2008年の大統領選挙で、民主党の有力候補だったジョン・エドワーズ氏に持ちあがった不倫揉み消し裁判である。

当時、エドワーズ候補はビデオアーティストのリエル・ハンターさんと不倫関係にあり、隠し子も生まれていた。そのため、スキャンダル発覚を恐れたエドワーズ候補は支持者に無心した100万ドルを口止め料としてハンターさんに渡したのだが、これが連邦選挙法違反になるとして検察当局に起訴されたのだ。しかし、裁判では陪審員の判断が割れて評決不能となり、エドワーズ候補は無罪となっている。

評決の流れを変えたのはエドワーズ弁護団の巧みな戦術だった。弁護団は100万ドルの口止め料は「スキャンダルを封じて選挙を有利に戦うためのものでなく、当時、末期がんを患っていたエドワーズ候補の妻に心配をかけないための配慮だった」と主張したのだ。

司法省も追及できなったこの判例はトランプ弁護の最有力法理だろう。事実、トランプ弁護団はこのエドワーズ判決について再三再四にわたって言及している。エドワーズ候補同様、トランプ元大統領はメラニア夫人や家族に迷惑をかけたくなかったので口止め料を支払ったにすぎないという主張には、判例の優位性があると判断している証拠だ。

さらに米司法関係者の間で流れているのが、「弁護団はトランプ前大統領の過去の不倫実績を逆用するのではないか?」というささやきだ。
元大統領にはダニエルさん以外にも数々の不倫疑惑が浮上しており、その度に口止め料を支払ったとされている。

この一見ネガティブな事実を逆手にとり、「トランプ元大統領はことさら2016年の選挙戦を意識して、不倫相手に口止め料を渡したわけではない。トランプ元大統領は常に家族を第一に考え、心配させないために口止め料を渡してきた」と弁護すれば、エドワーズ判決とあいまってさらにトランプ無罪の可能性が開けるというわけだ。まさに逆転の論理みたいな戦法だ。

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これまでも複数の不倫相手に度々、口止め料を渡してきた事実が裁判ではトランプ氏を後押し⁉

トランプ反撃のもうひとつのポイントは「トランプ氏の指示で13万ドルの口止め料を渡した」と証言したコーエン弁護士の信頼性を剝ぐことだろう。

コーエン弁護士は懲役3年の実刑が確定した連邦選挙法違反の件でもさまざまなウソの虚偽発言があり、証言自体の一貫性もないなど、ツッコミどころ満載の人物だ。トランプ弁護団は「コーエン証言が信頼に足るものでない」と主張することがトランプ無罪を勝ち取るもっとも有効な戦術と考えているはずで、コーエン証言を裁判の中核に据えることに一定のリスクがあることをニューヨーク地検は覚悟する必要がありそうだ。

大統領選に向け、献金集めも順調

虚偽記載という微罪をきっかけに前大統領を起訴に持ちこむニューヨーク検察の手法を見て思い出すことがある。
それは2011年当時、民主党政権内でもっとも首相の座に近いとされていた小沢一郎氏に対し、東京地検特捜部が小沢氏の政治資金管理団体の収支報告書に虚偽記載があったとして、政治資金規正法違反で起訴した「陸山会事件」だ。

ドナルド・トランプ氏と小沢氏を比べることは小沢氏に失礼かもしれない。しかし、虚偽記載をフックに検察が大物政治家の政治的生命に影響を与えるという意味で、このふたつの起訴は酷似している。「陸山会事件」で小沢氏は嫌疑不十分で不起訴となったものの、起訴が響いて首相レースからの撤退を余儀なくされた。

一方のトランプ元大統領はどうだろう。すでに来年の大統領選に立候補し、共和党候補者のトップを独走している。起訴直後のYahoo/YouGovが行った全米世論調査でも支持率52%と、2位のロン・デサンティスフロリダ州知事21%にダブルスコアの大差をつけている。

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トランプ氏の大統領返り咲きを願うトランプ支持者

さらに米ワシントン・ポスト紙とABCテレビが5月7日に発表した世論調査によれば、2024年大統領選でバイデン大統領(民主党)がトランプ前大統領(共和党)と争った場合、バイデン氏に票を投じると回答したのは「絶対に」と「たぶん」を合わせて38%にとどまり、44%のトランプ氏が6ポイント差で「勝利」する結果となった。

献金集めも順調だ。起訴直後にトランプ前大統領が「今回の起訴はバイデン政権や民主党による魔女狩りだ!」と訴えるや、熱心な草の根トランプ支持者からの寄付が急増し、短期間で44億円もの政治献金を集めたのだ。現状、トランプ元大統領が大統領選びのレースから降りる気配はまったくない。

よくも悪くもスキャンダルとメディア報道がエネルギー源――。トランプ元大統領のそんな体質は今もまったく変わっていない。

文/小西克哉 写真/shutterstock