
2月19日に開催される東京ドームでのライブをもってヒップホップグループ「BAD HOP」が解散する。国内のヒップホップアーティストが東京ドームで単独ライブを行うのは初めてのこと。
「オレらで回そうぜ、ラップでこの国の経済」
BAD HOPは神奈川県川崎市を拠点とするラップグループで、10~20代の若者たちに絶大な人気を誇る。彼らが世にでるきっかけとなったのは、中心メンバーでもあるYZERRとT-Pablowが活躍した「高校生ラップ選手権」だろう。
2012年に放送されたBSスカパー!のバラエティー番組『BAZOOKA!!!』の「高校生ラップ選手権」第1回大会でT-Pablowが優勝 (当時は「K-九」名義)。その後、第4回大会(2013)でも優勝し、第5回大会(2014)には双子の兄であるYZERRが優勝している。
「オレらで回そうぜ、ラップでこの国の経済」
これは第1回大会決勝でT-Pablowが放ったパンチラインだ。
12年前、まだ少しあどけなさを残したT-Pablowの言葉が現実になることを誰が予期しただろうか。当時から彼らの言葉や姿勢がまとっていたラッパーとしての“華”は高校生レベルでは群を抜いていた。しかし、単独での東京ドームライブを実現し、チケット完売という伝説を残して解散するまでの偉業を成し遂げるとは夢にも思わなかった。

R-指定(Creepy Nuts)、サイプレス上野、木村昴など、多くのヒップホップ関連の書籍制作に携わり、長年ヒップホップ業界を見てきた高木“JET”晋一郎氏は「業界初ということ以上のすごさがある」という。
「彼らはメジャーレーベルや大手事務所に所属していない、すべて自分たちでプロデュースしながら活動するインディーズのアーティストです。楽曲でも『失敗したら億単位の借金背負う』と歌っていますが、自分たちで主導権を持ちながら地元の仲間だけで横浜アリーナなど大きなイベントを成功させてきました。そんなやり方で東京ドームで単独公演をしたアーティストって歴史上ほかにいないと思います」
若手の台頭と今も衰えぬベテラン勢
さらに、BAD HOPの東京ドーム単独公演はヒップホップ界の今後にとって明るいニュースだと高木氏はいう。
「BAD HOPの地元川崎での生い立ちを聞くと、信じられないようなダーティーな世界で生きていました。そんな荒んだ世界から足を洗って、音楽で生きると決めて、大成功して最後に東京ドームでライブをするわけですよね。
これまでの日本のヒップホップ界における成功のロールモデルとはレベルが違うので、彼らに憧れている10~20代前半の子たちが東京ドームで現実にライブする姿を見ると、『オレだってやれるかも』という希望になると思います」
日本のヒップホップ界は今、かつてないほどの好況で、とにかく若くて才能あるアーティストが次々と出てきているといわれている。そんな業界のなかで、「東京ドーム単独公演」という新たな金字塔が打ち立てられた。これを見たさらに若い世代がまた刺激を受けて、素晴らしい音楽シーンが誕生するという好循環が生まれることが期待される。
しかし、こうした今の状況は、一朝一夕にできたわけではない。
日本のヒップホップを牽引してきた先駆者たちの存在も忘れてはならない。若い世代が台頭する一方で、ベテランラッパーたちも元気だ。2月16日に17年ぶりに日本武道館で公演をしたRHYMESTERは岡村靖幸や横山剣など錚々たるアーティストのゲストが登場して話題となった。
また、BAD HOPが登場する何年も前から自主制作で地元・大阪の西成を世界に歌い続けているラッパー、SHINGO★西成もいる。50歳を過ぎた今も新たな音源をリリースし続け、日本全国で凄まじいライブを見せている。

ラッパー・SHINGO★西成 写真/高木陽春
そんなSHINGO★西成にBAD HOPの東京ドーム公演について、どんな思いを抱いているのか聞いてみたところ、メールで返信があった。
「BADの意味を 再確認できたら 関西下町ラッパーにも 刺激になります! SHINGO★西成(昭和レコード)」
BAD HOPがこじ開けた日本のヒップホップ界の東京ドームへの扉。その向こう側には何が待っているのだろうか。今後のシーンが楽しみで仕方ない。
取材・文/集英社オンライン編集部