
いまだ続くコメ価格の高騰。JA農協などのコメの集荷量は24年末時点で前年より21万トン減ったと言われ、それが「消えた21万トン」と呼ばれている。
去年の春にはすでにあった「コメ騒動の予兆」とは…
集英社オンラインの取材に協力してくれたのは、茨城県筑西市の「株式会社大嶋農場」代表取締役の大嶋康司さん(65)。
江戸時代から300年以上稲作を続けてきた大嶋農場は、現在25ヘクタールの広大な農地でミルキークイーン、コシヒカリなどを作っている。
代々続くコメ農家であり、自身も東京農業大学で農業を学んだ大嶋さんの視野は広く、分析は鋭い。まずは「令和のコメ騒動」についての見解から。
「私が初めてコメ騒動の予兆を耳にしたのは去年の4、5月の頃のことでした。取引している包材(包装材料)屋さんから『お米は6月くらいにショートしちゃうよ。余ったコメがあったらいくらでもいいから出してよ』と言われました。
この包材屋さんは何十件、何百件と米屋を回って袋を納めているので、現場の『コメがない』という話をたくさん耳にしていたんです。
私はその時は『ほんとに?』なんて半信半疑でしたが、その後に業界を中心に本当にコメ不足なんじゃないかという話が出回り、報道が始まったという感じでした」
酷暑で加工用の「クズ米」も減少。業者が主食用のコメを使用し…
その要因には海外からの観光客の急増や、南海トラフ地震臨時情報「巨大地震注意」が発表されたことによる消費者によるコメの買占め、一昨年から続く酷暑の影響などいくつか思い当たるものがあったそうだ。
「ひとつはコロナ禍が明けて始まったインバウンドで、海外の人たちが訪れて日本のお米が消費されたということがあると思います。もうひとつは一昨年から始まった異常気象による影響ですね。ここまで異常な高温な気候で生産、収穫したことは我々コメ農家にとって初めての体験で、暑さで収量も落ちたんです。
これまでは100キロの玄米を精米すれば90キロの白米ができていました。しかし、この異常な暑さの中で育てた米は精米すると82~85キロの白米しかできませんでした。この時点で5~8%は収量が落ちたわけです」
また、酷暑に伴い「クズ米」の割合も減ったという。クズ米とは煎餅やあられ、味噌、醤油などの原料になる形の不ぞろいなコメのことだ。
「例年は価格の安いクズ米を加工していた業者が、クズ米を手当てできずに主食用の中でも安価な米を原料にせざるを得なかった。
このクズ米が少ないのも暑さのせいです。地域によって粒の大小の設定は異なりますが、一定の大きさで選別機にかけて弾かれたものがクズ米になります。ところが暑さでまるまる太ったお米は選別機でクズ米をあまり出さず、結果的に例年の3分の1程度の量しかとれなかった。
クズ米の収量が少ないなんて聞いたことないでしょ? そんなことは公にされていないですから。
農業者の間では「農水省の統計のとり方が正確ではなかった」という声も
そして、昨年の令和6年(2024年)は、前年にも増して不作だったという体感が、大嶋さんにはある。そもそも農水省が発表する「消えた21万トン」が怪しいという。
「農水省は『令和6年は前年より”取れた”』と言うけど、取れてないと思いますよ。農業者の間では『農水省の統計のとり方が正確ではなかった』って言われています。
一部は投機筋が入ったかもしれないけど、21万トンもブローカーが隠しておけるわけなくて、せいぜい1万トンか2万トンくらいのもんだと思いますよ。
収量も統計学に基づいて出しているはずだけど、その数字の信憑性にも疑問がある。農水省の農家のヒアリングも昔と比べて明らかに精度が落ちている。
ウチには昨年末、初めて関東農政局水戸支局から『そちらの生産量と在庫はどれくらいですか?』と電話がかかってきました。しかも数字について『ざっとでいいですから。だいたいでいいんです、だいたいで』という聞き方ですからね。何でもいいから数字を言ってくれって感じでしたよ。
卸などからは正確に数字をとっているかもしれませんが、そもそも農家から(消費者が)直接買っていたら卸もスーパーも通らないし数字として上がらない。ウチみたいな直販が増えている以上、それらは隠れた数字になるんですから。
『消えた21万トン』なんて小説みたいにカッコつけた言い方して、実はただ数字が把握できてないだけなんじゃないですかね」
では、いったいコメ農家が「食えない」現実は、政府の無策に加え、誰が生み出したのか。
「農協ですよ。多くのコメ農家に『コメ一俵いくらですか?』って聞いても『農協に持ってって通帳見ないとわかんねえな』って返ってくるのがいつからか一般的になってしまいました。
毎年農協が決まった金額で買い取ってくれるから個人の米農家の多くは自分の米の評判も価格も気にしなくなってしまったんですよ。農協は、これを『当たり前』と思わせる仕組みを作ってしまった。
ウチは作ったコメがどこのお米屋さんで売られ、評判がどうなのかを耳にするようにしています。でも、販路を探すのは専業農家でないと難しいとは思いますよ。時間も金もかけないとできませんから。
一方でコメの問屋だって“弾”がなければ商売できない。今は2月だから、大きい問屋は新米が出るまでの7ヶ月は倉庫に持ってないといけないわけですよ。コンビニ、ファミレス、食堂に納めているところは『おコメありません』じゃ話にならないわけだから。去年は米問屋の多くは例年の6~7割しかコメが集まらないと嘆いていました」
そして、アグラをかいても「食える」システムを構築していたJAにも異変が起こっていた。
「まず農協にコメが集まらなくなった。農協は農家からコメを集荷して卸に売りますよね。大手卸も農協傘下の農家に直販してもらうことは、暗黙のルールでやらなかった。
ところが、去年に関してはそういう“掟破り”も出たので、ある農協はそのマナー違反をした卸には『今年は売らない』と宣言しています。農協が売らないなら、卸の方も買い付け先の確保に注力しなきゃって、そんな話になっていますよ。
これまで農協のシステムを支えてきた小規模農家が離農するケースが増え、私たちみたいな会社組織の農家が残る傾向の中で、卸も『農協頼みじゃヤバい』と直販できる取引先にシフトする流れが加速しています。
私が大学を出てコメ農家を始めたころ、周囲から『これから農業はいいな。やる人少なくなるから』と言われてから40年何にも変わらなかったのが、ここ1、2年で潮目は変わったと思います」
コメの値段が今後も上がり続けることはないと思うが…
大嶋さん自身は今、コメ農家としての可能性も感じつつあるという。
「今回のコメの高騰により、今までのコメの流通のあり方も変わっていくんじゃないかと思うんです。今回の騒動でJAにではなく自身で売ろうと考える人も増えるだろうし、コメ屋もコメ農家との直販のルートの確保の重要性を見直すはず。
ウチはせがれも一緒にやっているので、今後はこういった環境になっていくだろうし、うらやましいよ。ただこういう時だからこそ、お金だけに走らないようにきっちりふんどしを締め直さないと、とも思っています。
コメ騒動後の茨城のこの辺のJAのコメの買取価格は日本でもトップクラスに高くて、60キロ25000円~25500円です。ウチは以前からずっと60キロ約2万円で取引してきましたが、そういう契約先に『米価が高騰したから次からは2倍で』なんて言えないので、経費の高騰にあわせて2~3%は価格を上げただけです。
ウチはコメ騒動以降に価格が高騰してからも異業種や海外のお客さんというのはいないです。そもそも売れる在庫もなかったので、問い合わせがあっても、どういう職業かも聞いてないんです。ウチとしては新規の取引先を増やすより、これまで取引してくれてきた人たちへの販売量を少しずつ増やしていければと考えています。
それと、コメの値段が今後も青天井で上がり続けることは、ひとまずはないと思います。あくまで消費者が買える範囲の金額じゃなきゃ売れないわけですから。ただ、価格が以前のように戻ることは二度とないんじゃないかとも思っています。
供給が先細って需要が増えている状況に加え、気候の問題もあります。今年も暑ければ先程言ったことがまた起こりえるわけです。私は将来的には、日本人が日本のお米を食べられなくなる時代が来るんじゃないかって思いますよ」
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班