
コメの価格高騰が続く中、農林水産省は3月10日から2回の備蓄米の入札を行なうことを発表した。集英社オンラインではコメ価格の高騰をめぐるこれまでの取材を通じて、多くのコメ農家や専門家からさまざまな証言を得てきたが、今回は静岡県浜松市で無農薬のコメ農家を営む黒柳繁夫さん(76)に、昨今のコメ不況をめぐる騒動について見解を聞いた。
「農薬は使わないことが当たり前だと思ってやってきた」
静岡県浜松市で無農薬のコメ農家を営む黒柳繁夫(76)さんは、若い頃からコメ作りに携わり、無農薬栽培歴は30年になるという。そんな黒柳さんが試行錯誤の中で辿り着いたのは、昔ながらの栽培法だったと話す。
「僕は若い頃から田んぼには関わってきましたが、30年ほど前に知り合いから請われて、土地を借りてコメ作りを手伝うことになりました。やがて仲間はどんどんやめていき、いつの間にか自分1人になっていました。ずっと無農薬でやってきましたね。
いろいろと試行錯誤し、一番お金のかからない、年寄りでも誰でもやれる、そういう農方なんですが、後から見てみれば、それは昔の小さい農家がやっていたシステムだったんです。
ウチではバッテリーのない小さな耕運機で田んぼをきれいにおこして、柱みたいな角材を引っ張っていくんです。耕した土を水平にして、そこへ機械で苗を植えていく。
水のレベルを均等にするには腕も必要なのでなかなか大変です。夏場には草取りもするのでそれがきついです。
草取りは手作業じゃないと無理なところもあるが、機械でもやります。この機械で、水と一緒に攪拌して空気を田んぼに入れてあげるのがポイントです。そうすると、3~4日で稲の色が変わり、より元気になります。
今のコメ作りは大型コンバインと大型乾燥機などを使う方法が多いですが、僕らはエネルギーはほとんど使いません。壊れた農具を直して使っているからお金もそんなにかからない。収穫量も自分の体が動く範囲で十分じゃないかと思いやっています」
無農薬でのコメ栽培を30年間続けてきたと話す黒柳さん。一体なぜ、そこまで無農薬にこだわるのだろうか。
「僕は絶対に農薬は使いたくないと思っています。他の生き物に影響するし、農薬は使わないことが当たり前だと思ってやってきました。稲は太陽光で育つ、害虫などはそれほど気にしていません。そりゃ農薬を使えばもっと穫れるでしょうけどね…」
無農薬にこだわり収穫量も減るなか、一番の喜びはなんなのだろうか。
「前年より収穫量が多いと『よかったな』と思うけど、一般的な農家ほど獲れるわけではない。それでもやはり、おいしいコメができたときは嬉しいですね。僕らは籾の付いたままストックして、注文が来てから籾すりをして取ります。あとは玄米にするのか精米にするのかはお客さんの自由でいいと感じています。
田んぼが中心で毎日生活してますから、しょっちゅう田んぼにいます。今は藁をカッターで切る作業をしています。切った藁を田んぼに撒いて土作りをして、そのあと綺麗に起こすんです。感覚的にはのんびりしている時期かもしれません」
無農薬栽培を始めた頃は苦い経験もしたそうだが、信念を貫き続けた今では理解も広がったという。
「無農薬でやっていて、最初は近所の人に嫌な顔をされました。『みんなと協調しない人』というふうに見られてしまった。でも少しずつ周囲もわかってくれてきて、今は悪く思う人はいません。仲良くやらせてもらってます」
コメ不況については「みんな『自分もコメを作ってみようかな』と思えばいい」
大型の農機具を使わず、自分たちの手で行なうという黒柳さんのコメ作りだが、収入のほうはどうなのだろうか?
「以前はコメ作り以外にも大型トラックの運転手などをやっていましたが、今年からやめました。金銭的にはきつくはないけど、計算すると『来年の税金払えるか?』という感じでギリギリの生活ではありますね(笑)
提供している価格は最初から一緒で、20kgで5000円です。基本的には10kgあたり3000円と最初に決めましたが、1000円下げて5000円にしました。
無農薬の農家ではもっと高い値段を付ける人もいますし、ある農家は『東京なら万単位でも売れる』と言ってました。でも払うほうも大変だし、東京に出荷しても僕と縁のない“懐が豊かな人”しか買ってくれません。
それよりも知り合いに売ってさばけてしまったほうがいい。僕のつくったコメで知り合いの皆が『美味しい』といってくれることが、うれしいですからね」
昨今の市場のコメ価格と比べると破格の安値で販売していることに驚かされる。そんな黒柳さんに最近のコメ不況について尋ねると、達観した視点で次のように話した。
「みんな右往左往してるだけで、なんとかなるでしょう。コメが食べられないというのが大変だと思いますが、でもそれも苦労のうちかなと思いますし、みんながそこで気付いて『自分もコメを作ってみようかな』と思ってくれる人が一人でも多くでてきてほしい。
『日曜日だけ、1反だけやってみようかな』とか。空いてる土地はいくらでもあるし、兼業でもできないことはないです。とはいっても自然相手なので、そこには対応していかなければなりません。
今だったら余ってる土地があるから、『やってくれるだけでありがたい』と僕は思います。農家の中には義務感からやってる人もいますし、『自分が引退したあとはどうするか』とみんな悩んでいますからね。
コメの転売などは一部の人間がやってることですよね。『そんなあくどいことするなよ」と思います。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班