
4月に開幕する大阪・関西万博2025。巨額の公費を投じて、いまの時代に、なぜ大阪(日本)で、「いのち」をテーマにした万博を開くのか。
『ルポ 大阪 関西万博の深層 迷走する維新政治』より一部抜粋・再構成してお届けする。
子ども無料招待の実態
大阪府知事の吉村洋文が経済効果とともに万博の意義として掲げた「次世代への投資」。その象徴と言えるのが万博への子どもの無料招待事業だろう。だが、足並みの乱れもあった。
対象は府内の小中高に通う人や、府内在住の4~5歳児、府外の学校へ通う府内在住者など計約102万人。府内学校の小中高校生は学校ごとに校外学習として招くのを基本とし、4~5歳児などには入場券を配る。
全員を無料で複数回招待するという方針も掲げた。1回目は府が全額(事業費見込みは約20億円)を出し、2回目以降は市町村が負担する方向性を打ち出した。府市は23年9月に市町村への意向調査を始めたが、高槻市長の浜田剛史は11月22日の記者会見で言った。
「市町村で支出するのが妥当なのか、賛否両論がある」
その2日後。吉村は2回目以降の無料招待について「市町村に予算編成権があるから市町村長の判断」としたうえで、できれば複数回を実現したい考えを示した。
複数回をめざすのは入場者数を増やすためなのかと問われると、こう否定した。
「あまりにも穿った見方ではないか」
大阪市長の横山も「かけらも思っていなくて、びっくりした。非常に広くてパビリオンも多く、1日で回れる会場ではない」と語った。
府によると、府内43市町村のうち10市町が子ども無料招待の費用負担を見送った(24年11月時点)。そのうち2市では、独自の補助を出して、無料招待と同じようなメリットが得られるようにしたという。
一方で、府教育委員会は24年4月、学校ごとの来場を基本とした府内の小中高、支援学校の計約1900校(児童・生徒計約88万人)への意向調査を始めた。
これは府が全額負担する1回目の子ども無料招待に関するものだ。来場する考えがあるかどうかや、希望する日時、会場までの交通手段について5月末までに回答するよう求めた。
交野市長の山本景は5月24日の記者会見で、「行きたいという学校は一校もなかった」と述べ、市内13校の学校単位での参加を見送ると明らかにした。
世界初となる万博での「ペット同伴入場」
学校単位で参加する場合には、会場まで電車で移動するのが難しく、バスを使えば計約3000万円がかかるとした。建設中の万博会場で爆発火災が起き、子どもたちを連れて行くことを懸念する保護者もいたという。吉村は6月3日、意向調査の結果を明らかにした。
調査対象の約73%(約1390校)が来場を望み、約18%(約350校)が「未定・検討中」、約8%(約160校)は回答がなかったという。
大阪以外の自治体も子どもの無料招待を行う。
制度の設計はさまざまだが、朝日新聞が関西5府県の対象となる児童・生徒/人数/予算額見込みを調べると、次のような状況だった(2024年7月2日時点)。
・兵庫県小中高校生/約56万人/8億円(一部は県内企業が寄付予定)
・京都府小中高校生/約25万人/3億3400万円
・滋賀県4歳から高校生/約18万人/4億~5億円
・奈良県小中高校生/約12万7000人/1億7000万円
・和歌山県小中学生/約6万7000人/1億8000万円
初めての万博は1851年、ロンドンで開かれた。それから長らく、万博は自国の力を示す「国威発揚」の産業見本市だった。だがBIEは1994年、「地球規模の課題解決に貢献するもの」と万博のあり方を見直している。
今回の万博はそれも踏まえて「人類の健康・長寿への挑戦」というテーマを当初は考えていた。だが誘致に向けて新興国・途上国からも支持が得られるよう、幅広く解釈ができる「いのち輝く未来社会のデザイン」に変えた。
そのテーマを具現化する取り組みとして世界初となる万博での「ペット同伴入場」も打ち出した。小型犬に限って一定期間だけ受け入れる案をまとめたが、手間や費用(実施なら約8300万円見込み)を考えて断念した。ペット同伴入場は、愛猫家として知られ、府知事・大阪市長を務めた維新創立メンバーの松井一郎の発案だった。
万博の経済波及効果はあるが、前回の大阪万博後の歴史を踏まえれば、中長期的に大阪経済を押し上げる「起爆剤」になるかは見通せない。
巨額の公費を投じて、いまの時代に、なぜ大阪(日本)で、「いのち」をテーマにした万博を開くのか│。万博協会の「ナンバー2」で事務方トップの石毛博行は関東で生まれ育ち、「大阪」にも「万博」にも縁が乏しかった。
ただ、万博にかかわる中で抱いた思いもあるという。朝日新聞のインタビュー(2023年11月)で、こう述べた。
民主主義の基本
「(万博では)世界と未来をその場で見られる。情報化社会の今、なぜ多くの人が観光に行くのか。みんな『リアル』を見たいからだ。海外に行くにはお金がかかるが、万博ならパスポートなしで各国が考えていることの一端を知ることができる。
世界を知ることはものすごく大事だ。約80年前の不幸な戦争は、世界を知らない国民が当時の政府を熱狂的に支持して起きた」
「自分たちはどれだけの力があり、どこに向かっているかをよく理解して投票し、世論をつくる必要がある。重要なことの決定を間違えないよう、一人ひとりの国民が自分の考えをつくるのは民主主義の基本。ポピュリズムの世界になり、判断を誤ってほしくない。そのために役立つイベントにしたい」
一方、万博が成功したかどうかを判断する指標について2024年12月のインタビューで尋ねると、こう答えた。
「想定来場者の2820万人は、(この人数を)想定して準備しましょうということで、その数が目標になっているわけではない。むしろ重要なのは、この万博の意義である、世界を見せ、未来を見せ、(出展者たちが)未来をこういうふうに考えているんだということを来場者に理解してもらうことだ」
「参加国の方々が、自分たちが表現した私の国はこうです、私の考える未来はこうですということを十分表現できた、来場者に伝わったと思える、そういう満足度が達成されるかが重要。
来場者も勉強になったなあ、将来こういうふうにしたいなと思う形になっていくとか、相対的なものだ。ひとつひとつの指標をとって、達成した、しなかったと測るものではない」
「ただ、収支については、赤字になって(国や大阪府・大阪市などの)ステークホルダー(利害関係者)が困ることにならないようにしなければいけない。その思いで、一生懸命チケットを販売し、(万博グッズの販売などから入る)ロイヤルティーも頑張ってもらっている」
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『ルポ 大阪 関西万博の深層 迷走する維新政治』(朝日新聞出版)
朝日新聞取材班
大阪・関西万博が2025年4月、ついに開幕する。各国パビリオンでの展示のほか、有名歌手のコンサート、大相撲、花火大会などさまざまな催しがあり、お祭りムードが醸成されるだろう。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。会場予定地での爆発騒ぎや、建設費の2度の上ぶれ、パビリオン建設の遅れなど、問題が噴出し続けた。
巨額の公費をつぎ込んだからには、成果は厳しく問われるべきだ。朝日新聞取材班が万博の深層に迫った渾身のルポ。
◆目次◆
第1章 維新混迷
第2章 膨らみ続けた経費
第3章 海外パビリオン騒動
第4章 夢洲が招いた危機
第5章 万博への直言