
新卒採用の売り手市場が続き、人材争奪戦の中で「初任給30万円」という言葉が飛び交うようになった。今年の春闘の集中回答日である3月12日、大手企業が続々と賃金のベースアップをしている一方で、この流れに悲鳴をあげているのが中小企業だ。
会社の85%以上は初任給25万円未満
今年の春闘の結果、ユニクロなどを展開するファーストリテイリングは初任給を3万円引き上げて33万円に。ゲームソフト大手のカプコンは6万5000円引き上げて30万円に。「すき家」などを展開するゼンショーホールディングスは、来月入社する大卒社員の初任給を3万4000円増額し、31万2000円にするとそれぞれ発表した。
しかし、これらはほんの一部で、ほかにも続々と名だたる大手企業が賃上げを実行している。2025年春入社の新入社員の初任給アップが話題になっているが、2026年春入社組の初任給をさらにアップさせると発表している企業も出ており、こうした流れはこの先もしばらく続いていくと見られる。
これだけ見ると羽振りがよく、今の大学生たちをうらやむ声が多く上がっているが、これらは一部の大企業だけとの指摘もある。
株式会社帝国データバンクが2025年4月入社の新卒社員に支給する初任給について1519社にアンケート調査をしたところ、初任給「30万円以上」と答えた会社は確かに増えているが、全体でみると前年より1.5%アップの1.7%。「20万~25万円未満」の企業の割合が62.1%で最も高く、「20万円未満」と答えた会社も24.8%ある。つまり85%以上の会社は初任給「25万円未満」なのだ。
大企業が賃上げをすることで人手を募っているように、日本全体は今、人手不足の問題に直面している。しかし、中小企業は大企業ほど賃上げを行なう余裕はなく、“賃上げ疲れ”という言葉も出ている。
こうした流れのなか、中小企業は今どんな問題を抱えているのか。日本総合研究所、調査部長の石川智久氏に話を聞いた。
「多くの大企業が賃上げを進めており、賃上げできない中小企業は人材確保に苦労する状況が続いています。もちろん、中小企業側も賃上げ以外のメリットを提供することで優秀な人材を確保するなどの工夫をしていますが、足元で物価上昇が続く中では、給料の高い会社を志望する人が増える傾向が強くなっています」(石川智久氏、以下同)
「政府も各省庁も中小企業をなぜ救わないのか理解できない」
コメ不足に代表されるような物価高騰の影響もあり、賃上げの見通しのいい大企業に人材が加速しているという。
「そのため、中小企業ほど人手不足が深刻化しており、せっかくビジネスチャンスが到来しても、人手不足を理由に仕事の依頼や注文を断らざるを得ないという話も聞かれるようになってきているのです」
人手が不足するならば、人手に頼らない方法としてデジタルトランスフォーメーション(DX)などの機械化を進めることも重要とされているが、そうした中長期的な余力があるのも結局、大手企業というわけだ。
「つまり、大手企業はDXで効率化を進めるだけでなく、賃上げで優秀な人材も確保しているので、大手企業と中小企業との間で“競争力格差”が開くといった、厳しい状況が続いています」
実際、ネット上でも格差の広がりを嘆く声が多くあがっている。
〈初任給アップによって、もともとすでに格差がすごいのに、さらに格差が広がる〉
〈ますます中小に就職する人が減る。昔から言われてきた通り、産業を下支えしてきた技術は無くなっていき、日本の産業はオシマイになるだろうな……〉
〈この非常時、政府も各省庁も中小企業を救わないのか理解できない〉
〈これは格差拡大ですね 国は何を考えているのやら…はぁ〉
この状態が続いてしまうと「賃上げの二極化が進むとみられる」と石川氏は指摘する。そして二極化が進んだ際に待ち受けている未来とは……。
「賃上げをできる企業には優秀な人材が集まり、一層ビジネスを拡大していきます。一方で賃上げができない企業は人材流出が続き、会社の業績が悪化します。つまり、賃上げができない企業は、“賃金低迷”と“人手不足”の悪化という悪循環に直面し、何か起死回生の手を打たない限り、経営危機を迎えてしまうことも否定できません」
そして生まれる超格差社会
こうした悪循環で格差がどんどん広がり、しまいには「超格差社会」を招いていく恐れがある。
「格差が広がっていくとは社会の安定性を損ないます。そうした状況を回避するためにも政府は中小企業向けの政策を強化して、賃上げができる企業を増やしていくことが求められます。一方で、日本ではM&A市場が育ってきており、合併や再編等を通じて倒産を回避できるようになってきています。
M&Aなどを積極的に活用して、体力のある会社と中小企業が合併すれば、その企業の雇用が守られます。企業統合を進めて、賃上げができる企業を増やしていくことも、今後は重要になってくると思います。もちろん企業だけでなく、政府・自治体・金融機関なども協力して、日本人全体の給料が上がっていく社会を作っていくべきでしょう」
日本では1980年代から格差社会が始まったとされている。それから約40年、格差は縮まるどころか、より一層、大きな格差が生まれる時代へと突入している。この問題は各企業だけの問題ではなく、国全体の問題となっている。
取材・文/集英社オンライン編集部