
長らく続くAIバブル・AIブームにも一旦の区切りがついたようだ。AIブームを牽引してきたNVIDIA(エヌビディア)の株価が2025年1月に暴落したのだ。
著書『トランプ経済 グレート・クラッシュ後の世界』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全3回のうち2回目〉
AIバブル・AIブーム1・0の終焉
2025年1月27日、AIバブル・AIブームの牽引役であったマグニフィセント7と呼ばれるビッグ・テクノロジー企業の雄として君臨していたNVIDIA(エヌビディア)社の株価が、20%近くも暴落した。
同社は、GPU(高性能画像処理装置)技術の革新者であり、AI学習分野においてはAI市場で独占的かつ支配的な地位にある。テレビのテロップで流されるほどのニュースとなった。
注目したいのは、その巨額損失の金額の規模である。90兆円~100兆円にも及ぶ時価総額を、わずか1日で失ったのだ。日本の一年分の国家予算115兆円(2025年度見込み額)に匹敵するほどの莫大な金額である。
この暴落の原因は、中国で発表された新生成AIのモデル「DeepSeek(ディープシーク)」が登場したことによるものである。DeepSeek社が発表した「DeepSeek-R1」の性能が、サム・アルトマン開発によるOpenAI社の最新モデルChatGPT4-o1に匹敵するほどの性能を持つことが明らかになったからであった。
DeepSeek社の新生成AIモデルが発表されたのは2025年1月20日なのだが、「DeepSeek-R1」の無料アプリはアメリカで最速でダウンロードされ、たったの1週間でChatGPTを抜き去るほどのことが起こっていた。
しかしそれ以上に世界が驚嘆し、注目を集めた理由は、その開発コストがあまりにも安かった(低かった)からだ。
この新生成AIである「DeepSeek-R1」が発表されたことによって、これまでのAI開発の常識が覆されることになったのである。この点は極めて重要である。
この開発コスト600万ドル(9億円足らず)の安さがどの程度の極端に少額な規模なのかは、次に示すニュース・ソースを材料にして欲しい。
「トランプ劇場」の幕開けとして、ソフトバンク社、オラクル社、そしてOpenAI社が2025年1月22日に、トランプ大統領と共に発表した画期的なプロジェクトである「スターゲイト・プロジェクト(Stargate Project)」の記者会見の場において、ソフトバンク社のCEOである孫正義は、共同事業を立ち上げて2025年以降の4年間で人工知能・AIのインフラ開発、米国AI専用のデータセンターに5000億ドル(約75兆円)を投資する、と発表している。
さらにマイクロソフト社も2025年にAI開発に1000億ドル(約15兆円)投資すると発表している。以上のことに鑑みると、この「DeepSeek-R1」の開発費9億円が、いかにわずかであるかが明白となる。
「DeepSeek・ショック」とは何だったのか
そしてここでテーク・ノートして置きたいことは生成AIの開発に最もコストがかかることになる「DeepSeek-R1」の“AI学習・AIトレーニング”には、NVIDIA社の高価格で高性能なAI向け最先端半導体のGPU「ブラック・ウェル」ではなく、米国から中国に向けてのAI製品の輸出規制から「型落ち製品」が用いられたことであった。
これは、今まで高性能な新生成AIを開発するにあたっては、高額であっても高性能なNVIDIA社のGPUを使用とすることが必要不可欠であるという世界のハイテク業界の常識が、一瞬にして覆されたのだ。
NVIDIA社の最上クラスのGPUが必要不可欠ではなくなったことで、既存の半導体企業・AI企業の市場優位性が崩壊するリスクとハイテク市場に混乱をもたらすという不確実性が高まった。そのことが「DeepSeek・ショック」を引き起こし、一時的に市場がパニック状態に陥った。
NVIDIA社株の買い持ち高を解消するために株式市場で売りが売りを呼んだ結果、わずか一夜にして株価を20%近くも暴落させたのだ。そしてハイテク市場全体を巻き込んだ急落となったのである。
話はここでは終わらない。
DeepSeek社は、革新的な新生成AIモデルに関して、使用・複製・改変・再配布を自由に許可する寛容なMITライセンス下で、オープンソースとして提供している。これは新規参入してくる企業にとっては、破格の待遇とも言える。まさに無料で技術の門戸を開放したようなものだ。
これによって、将来的に第二、第三の「DeepSeek」が誕生することは、誰の目にも明らかだろう。世界の投資家の見方としては、NVIDIA社に限らず半導体企業全体への投資、ひいては莫大な資金を投入している米国ビッグ・テクノロジー企業であるマグニフィセント7の新商品の希望価格が抑制される圧力によって、資金回収に問題が生じるリスクが顕在化し、収益が圧迫されていくことが予想されるであろう。
結果的に需要の落ち込みが必至となって資金を引き上げるアクションを取らざるを得ないこともあるだろう。なぜならば、マグニフィセント7の株価が既に天井を打ったからに他ならないからである。
NVIDIA社に関しては、2024年11月~2025年1月期決算の売上高が前年同期と比べ78%増の393億3100万ドル(約5兆9000億円)と好調であり、ジェンスン・ファン最高経営責任者(CEO)は、DeepSeekを意識してか、「論理的に思考する(AIの)モデルは100倍の計算量を必要とする」と説明した。
しかし株価の回復は、期待通りには進まなかった。他のマグニフィセント7の新商品についても、特に目を見張るほどの技術力の進展は見られない。
AI企業が2・0へ進化するためには
OpenAI社のアルトマン氏は、マグニフィセント7のいくつかの新作は計算能力が不足しており、技術力が追いついていないと発言しており、「WSJウォール・ストリートジャーナル」誌は、AIのイノベーションは失速しており、AI技術は天井にあると警鐘を鳴らしている。
いずれにせよ、AIバブル・AIブームは、2000年のITブーム・ITドットコムバブル1・0が終焉してバブルが崩壊した時と、同じ道を辿るとみている。
そして株価にとっては、中長期的に調整局面となることは避けられないと見る。注意しておきたいことは、NASDAQ(ナスダック)の時価総額に着目したとき、マグニフィセント7はS&P500の30%を占めており、ほぼほぼこの7社が相場全体を牽引してきていることである。S&P500指数では、2023年からスタートした上昇トレンド相場が、2025年の第1・四半期で終焉する可能性は高いとみている。
今後、AI企業が2・0へ進化するためには、グレート・クラッシュの後に、AI専門のデータ・センターの供給が確立され、AIに重要な需要電力が十分に確保されることが、最も重要である。AIの次なる技術力の進展が認知されるであろう1、2年先まで、時間調整が必要だろう。
ところが、米国が面白いのは、そんな暴落の先にも、世界を凌駕するであろう新たに注目すべき分野の芽を多数、持っているということだ。そうした面では米国は“不死鳥”とも言えるであろう。
したがって、たとえ大不況に見舞われようと、2030年あたりから、再び米国企業は部分的な“復活”を見せてくるであろうと、私は確信している。その萌芽となる分野はすでに芽吹いていており、いくつかは新興企業の形で世に出ているものもある。
そして2030年頃にはそれらの分野や企業が開花し、あるいは咲き誇っている可能性も高いだろう。
その新たな経済の鍵を握っているのが、ドナルド・トランプ大統領である。米国が国家として一丸となって、トランプの政策に沿って動いているからである。
文/岩永憲治 写真/Shutterstock
トランプ経済 グレート・クラッシュ後の世界
岩永憲治
リーマン・ショックに匹敵する経済のクラッシュは来るのか? 岩永憲治・著『トランプ経済 グレート・クラッシュ後の世界』2025年3月26日 、集英社より 発売。
2023年に多くのエコノミストが不況を予測する中、2024年のバブル相場を言い当てた著者が、2025年から2028年に至る暴落相場を予測する。
◆内容紹介
トランプ大統領の就任以来、関税の大幅な引き上げ をはじめ、アメリカ中心の経済政策に振り回される世界の国々。コロナ禍の期間 に世界にばらまかれたお金は、株式市場に空前のバブルを生み出し、世界中でインフレを高進させた。貧富の差が拡大し、膨らんだAIバブルも崩壊しつつあるが、早めの対策を打てば自分の財産は守れるはず……。そんな著者の思いが込められた本書。
もはや世界経済のグレート・クラッシュ (金融暴落) は避けられないにしても、ITバブル崩壊後にグーグルやアマゾンなどの後の巨大企業が生き残ったように、次世代に生き残る企業の芽はすでに芽吹いている。それは、どんな業種のどんな企業なのか?
トランプ大統領の進める新しいエネルギー政策など、グレート・クラッシュ後の世界経済のトレンドもすでに筆者の頭の中には描かれている。未来の世界経済の変化や自分の投資を考えるヒントにもなる、著者渾身の一冊。