
4月25日、就職氷河期世代への支援強化を図る閣僚会議初会合が首相官邸で開かれた。石破茂首相は「効果的な支援は待ったなしの課題」と、学び直しなどの支援策を強化するよう指示している。
しかし、「不遇の世代」と呼ばれる就職氷河期世代の雇用状況は好転しており、支援強化の打ち出しは選挙対策の側面が強そうだ。政府は本来取り組むべき氷河期世代の年金問題を先送りするという、爆弾を抱えている。
不本意な非正規労働者の割合は、実は他世代よりも低い
石破首相は4月19日に、若者支援に力を入れる「たちかわ若者サポートステーション」を視察し、就職氷河期世代を含む人々と対話を行なった。政府として氷河期世代の支援を強化する姿勢を、世間にアピールしている。
就職氷河期世代は、バブル崩壊後の1990年代前半から2000年代はじめにかけて学校を卒業した世代を指す。年齢にすると、30代後半から50代前半だ。1700万人以上いるといわれている。
大卒の求人倍率は1990年の2.77から2000年には0.99に低下、就職率は1997年(調査開始年)の94.5%から91.1%まで落ち込んだ。名のある大学に在籍していても、100を超えるエントリーシートを応募して、面接に進めればいいほうだった。この世代は正社員として働けるだけでも御の字だという意識が強く、やりがい搾取と呼ばれる“ブラック企業”体質を作る温床にもなったといわれている。
氷河期世代は非正規雇用の割合の高さが取り沙汰され、恵まれない世代の象徴的な存在と見られている。しかし、状況は好転した。
内閣府の「就職氷河期世代の就業等の実態や意識に関する調査」によると、45歳~54歳までの大卒者の不本意な非正規雇用労働者の割合は30.2%だ。
また、45歳~54歳における正規雇用労働者の25.1%は、従業員1000人以上の規模の大企業である。全世代の平均が24.0%なので、氷河期世代だけが特別低いわけでもない。
もちろん、支援が必要な人がいるのは確かだ。しかし、氷河期世代は悲惨さが染みついて今も報われないイメージが色濃く残っているが、見かけよりも雇用環境は悪くはないのだ。
2022年度の「氷河期世代支援予算」は207億円にものぼる。ここから支援をさらに強化し、50代に差しかかる人たちに“学び直し”の機会を提供したとして、どれほどの効果が出るだろうか。
しかも、政府は2019年に氷河期世代の正規雇用者30万人増を目標に掲げたが、その実績はわずか3分の1だった。支援を強化して数字を伸ばすことが本当にできるのだろうか。
利用される“鬱屈とした感情”
氷河期世代への支援は自民党だけでなく、立憲民主党や国民民主党なども名乗りを上げている。1700万人以上いるというこの世代を票田にして、今夏にひかえる参院選で激しく奪い合う構図が自ずと見えてくる。
狙いを定めた背景に、氷河期世代が持つ「鬱屈とした感情」がありそうだ。
バブル期には、若者の就業観に変化が生じていた。企業の歯車などとして働くことを嫌い、自由を求めるフリーターが誕生した。その群像劇を描いた映画『フリーター』が公開されたのが1987年だった。
1990年代に入って深刻な就職難が始まっていたにもかかわらず、正社員になれない若者に対して世間は「自己責任」「甘え」などと突き放し、結果として雇用問題は放置された。
氷河期世代には、国や社会から見捨てられたという意識が根強い。いまだにSNSではたびたび「氷河期世代」というキーワードで盛り上がる現象が起こるが、その世代が負の感情で連帯しているようにさえ見える。
また、1972年から1983年までに生まれた男性は、社会における所得の不平等さを測る指標として使われる「ジニ係数」が他の世代に比べて高い傾向がある(「公的年金制度の所得保障機能・所得再分配機能に関する検討に資する研究」)。これは氷河期世代の男性の所得格差が大きいことを示している。二極化が進んだために、ボトムの人々の不満はより溜まりやすいのだ。
この世代は価値観の形成においても、不幸を経験しているといえる。
1997年に「パラサイト・シングル」という言葉が提唱されたが、これは親に寄生しながら自らの収入を自分のことにだけ使う独身者を指すものだった。当時、結婚しない「パラサイト・シングル」は華やかで自由なイメージを帯びていた。
その潮流に就職難が合流する。そして、現在の「お金がないから結婚できない」という意識へと収束していった。これにより、不本意に結婚できなかったこともまた、国や社会に対する不満としても表出しやすくなったのだろう。
各党の選挙参謀はこうした感情に焦点を当てて、「見捨てていない」「救済する」などと手を差し伸べることで、この世代から近年の選挙戦において影響力を持つSNSなどでの世論を勝ち取る狙いがあるのではないか。
年金が3割減ることの支援には目もくれず…
さらに、氷河期世代の一番の課題は年金だ。第2次ベビーブームで人口の多いこの世代が年金受給者の年齢になる2040年ごろになると、このまま放置されたとして基礎年金が今より3割下がることがわかっている。非正規雇用の期間が長い人は十分な資産がなく、老後の生活は厳しくなるはずだ。そうなると、生活保護者の急増も懸念される。
政府は2004年の年金改革で、保険料を段階的に引き上げる一方、給付水準を緩やかに下げて財政健全化を図る方針を固めた。しかし、給付の引き上げを物価や賃金の上昇よりも抑制する仕組みが機能せず、効果はまったく出なかった。基礎年金が3割下がるのは、政府の年金改革失敗のツケなのだ。
政府は厚生年金の積立金を回す案での合意を進めたものの、選挙前の国民からの反発を嫌ってか、年金改革には盛り込まれなかった。リスキリングなどによって氷河期世代を支援するというが、3割下がるといわれる基礎年金など、本質的な支援には何ひとつ手をつけていない。
氷河期世代は目先の安易な政策ではなく、中長期的な視点で自分たちの生活を支援する政策を打ち出す政党がどこか見極める必要がある。
取材・文/不破聡