
中国系の合同会社がオーナー(所有者)になった途端、“家賃爆上げ”の通知にさらされた東京・板橋区の7階建て賃貸マンションの住人たち。家賃の爆上げは、住人を追い出し、民泊に切り替えて儲ける算段だったのか、ほどなく空き室を利用して民泊の営業が始められた。
家賃7万1500円が19万に爆上げ
「家賃7万1500円を19万円に値上げする」――マンション1階の集合ポストに、こう書かれた紙1枚が投げ込まれたのは今年1月23日のことだ。住人は20世帯。中には、詐欺まがいだと無視したツワモノもいたが、多くは通知を見て驚き、インターネットで値上げの是非を検索したという。
ネットを見れば、周辺の家賃相場に乖離した著しい値上げは認められないと書かれている。しかしネット情報だけでは信用できず、行政や専門家を訪ねた住人も少なくなかった。
「私は宅建協会へ行って相談しました。法外な値上げは認められず、無視しても構わないと言われました。しかし裁判を起こされた場合に備え、値上げに応じない旨を伝えておくべきと言われ、配達証明付きの内容証明郵便を送りました」(50代の男性住人)
順序が逆だが、値上げ通知投函の1週間後、マンションのオーナーが、大手不動産会社からO社に変わったという通知が投函された。会社登記を見ると、O社は資本金500万円の合同会社で、代表は2人。2人とも中国人名で、1人は住所が中国の遼寧省、もう1人は板橋区だった。
O社は本社機能を持っていないと見られ、本社所在地は転々としており、この時点で、所在地は中央区八丁堀の雑居ビル2階の、1人用の机と椅子を置けるだけのレンタルオフィスの一室だった。
50代の男性が送った内容証明郵便に返信はなかった。オーナー側は、そもそもレンタルオフィスに行ってもいないのだろう。
“オーナー”「中村」の来訪
「オーナー」を名乗る男が、突然、住人の部屋を訪れたのは2月8日の夜のことだ。最上階の7階に住む70代後半の女性がこう振り返る。
「インターフォンが鳴り、宅急便だと思ってドアを開けると、見知らぬ男が立っていて、『オーナーです』と言ったのです」(女性住人)
男は「来月から家賃の値上げを知っていますか? 今月出るなら、引っ越し代10万円出すし、3月分の家賃は要りません」と言い出した。
家賃値上げの通知書には、値上げは「8月から」と書かれていた。
「来月から値上げ……と言い出したので、別の詐欺かと思ったほどでした。名刺も持っていないと言うし、紙に名前と連絡先を書いてもらいました」(同前)
男は紙に、携帯電話番号、「中村」という名字、O社の名前の横に合同会社と書いた。しかし字が汚くて、合同会社は「銅会社」としか読めないものだった。隣室の住人は、このやり取りを聞いていて、中村がインターフォンを押しても応答しなかった。別の高齢の住人は早々に寝ていて、インターフォンが鳴らされたことも気づかなかったという。
中村は男女2人を連れて来ていた。
「1泊2万5000円」民泊のヤミ営業を阻止
2月半ばを過ぎた頃、5階の空き部屋の前にアマゾンの宅配荷物が届けられた。宛名は中国人名で、1つは電子レンジだが、他の2つは中身が分からなかった。続いて、3階の空き部屋にも荷物が届けられた。こちらはダブルベッドのフレームとテレビだった。そして2つの空き部屋のドアノブに、民泊に利用される黒のキーボックスが設置された。
ほどなくして、大きな荷物を抱えた海外からの宿泊客が次々と訪れるようになった。
「大勢でやってくる時もありましたし、夜、部屋で騒いでいる時もありました。また、ベランダでタバコを吸って、煙が私の部屋に流れて来たこともありました。ほぼ毎晩、見知らぬ人たちが出入りするようになったのです」(50代の男性住人)
民泊はヤミ営業であり、それを阻止したのは40代の男性住人である。
「5階の空き部屋にダブルベッドが運び込まれたのを見て、民泊に利用されると思って管理会社に連絡しましたが、何も把握していませんでした。
民泊として利用する場合、住宅宿泊事業法に基づいて、東京都の場合は区役所への届け出が必要となり、届け出れば区の公式サイトで公開される。ちなみに民泊として利用する場合、事業者は住人に説明し、民泊である旨を部屋の前に掲示し、火災への対処など管理人が常駐またはすぐに駆け付けられる体制を敷く必要がある。
しかし、この2部屋では何も行なわれておらず、ヤミ営業だったのだ。男性住人が続ける。
「5階の住人に断りの手紙を書いて、監視カメラを設置すると、民泊利用者が撮影できました。皆、大きな荷物を持って、中国語を話していました。宿泊者が来たことを確認して、板橋区役所に通報したのです」
数日後、区役所から男性に返信があり、民泊として届け出がないため、観光庁を通じて民泊予約サイトに削除要請を出した、という返答が来た。予約サイトを見ると、2部屋は予約不能となり、数日後には該当ページが閲覧できなくなった。
こうして民泊のヤミ営業を阻止することはできた。しかし3月25日からほぼ1カ月間にわたり連日、予約サイトで予約を済ませていたと思われる宿泊者たちがやってきた。無届けのヤミ営業にもかかわらず、行政は、即刻止めることができないのだ。
20世帯のうち半数が転居へ「夜眠れなくなった」
家賃爆上げの通知、オーナーを名乗る男の来訪、そして民泊のヤミ営業と不穏なことが続いて、転居を決める住人が次々と出た。
4月半ばに転居した40代の男性はこう話す。
「相談した弁護士には『一緒に闘いましょう』と言われましたが、民泊で見知らぬ人たちが出入りするようになって不安になりましたし、住み続ければ嫌がらせをされるかもしれないと思いました。
引っ越せばオーナーの思う壺だと分かっていましたが、怖気づいてしまったのです。退去の際、オーナーが立ち合いに来ることになり、怖い人だった場合に備えて知人に助っ人を頼みました。現れた若い男は『タチバナ』を名乗りましたが、日本語が不自由で、使いっ走りにしか見えませんでした」
なかには精神的に不安定になった住人もいる。
「70代後半のご夫婦は、管理会社がコロコロ変わり、家賃の振込先も迷うようになって、『夜、眠れない』『ご飯が食べられない』と言い出し、5月の連休中に引っ越していきました。マンションの住人とも関わりたくなかったのか、引っ越し先を聞いても『遠くよ、遠くよ』と教えてくれませんでした。あの夫婦は本当に気の毒でした」(70代の女性住人)
30代の女性も精神的に参ってしまい、調子が悪いときには起きることができなくなった。医師の診察を受けると休職を勧められ、6月から休職している。住人は20世帯。6月4日までに5世帯が転居し、7月末までにさらに4世帯の転居が決まっている。半数は住み続けて闘うことを決めたが、半数は転居を決めてしまったのだ。
エレベーター使用停止の暴挙に…
5月の連休に入ると、民泊利用者が来ることはなくなった。オーナーは民泊を阻止されたためか、連休が明けると暴挙に出た。5月13日の早朝、「エレベーター使用停止のお知らせ」が集合ポストに投函された。「部品の破損及び電気系統の不具合により、エレベーターの運転を停止しております」と書かれていた。しかも、ハンガーローラー部品(扉を動かすローラー)の新規製作に6カ月以上かかる見込み、と書かれていたのだ。
「早朝に出かけた妻が通知に気づいて私に連絡してきました。私が出て行くとエレベーターはまだ動いていましたが、中に入り、掲示されていた昇降機協会の連絡先をメモして、部屋に戻って問い合わせている間に、エレベーターは停められてしまったのです」(50代の住人男性)
男性は、エレベーターを管理している事業者を調べて電話した。すると、2月末に点検が行われたばかりで、何の異常も無かったことを教えられた。しかもハンガーローラー部品は在庫がある上に、新規に製作しても1週間でできるとのことだった。部品の納品まで6カ月かかるというオーナー側の主張は、虚偽の可能性が高いものだったのだ。
だが、頼みのエレベーター事業者は2月末で契約を切られ、3月以降は事業者がついているのかどうかも分からなかった。エレベーターが停まり、住人は、外階段を使っての上り下りを余儀なくされた。
「1日に最低2回、多い日は5回、6回と上り下りしました。建物が古くて階段の一部がゆがんでいるし、雨の日は滑るし、本当に大変でした」(最上階に住む70代の女性)
エレベーターを停められた住人たちは、一致団結してLINEグループを立ち上げた。情報を共有しその後、オーナーと“対決”することとなる。(#4に続く)
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班