知られざる“世界のウンコ事情”「インドでは5億人以上が屋外で用を足す」「ドバイの下水処理はどうなっている? 」…パンダ外交とも深いつながりがある「ウンコ」の経済
知られざる“世界のウンコ事情”「インドでは5億人以上が屋外で用を足す」「ドバイの下水処理はどうなっている? 」…パンダ外交とも深いつながりがある「ウンコ」の経済

「ウンコ本」の著者2人が、『ウンコノミクス』(集英社インターナショナル)の刊行を記念して対談した。ドバイやインドといった世界のウンコ事情は、どうなっているのか。

肥料に活用する岸田前首相の壮大な構想のゆくえや、食育に排泄を足して「衣食住便」という言葉を広めるアイデアまで。『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか――人糞地理学ことはじめ』(筑摩書房)著者の湯澤規子・法政大学教授と、ジャーナリストの山口亮子が語り合う。(前後編の後編)

ドバイの下水処理場は広大な砂漠!?

湯澤規子(以下、湯澤) 最近、研究で海外に目を向けていて、出張でよくドバイで飛行機を乗り継ぐんです。ドバイ国際空港は、世界最大のハブ空港。世界中の飛行機が停まります。

あそこの下水処理がどうなっているのか、知りませんか、取材できませんかって、折に触れて聞いているんです。あれだけたくさんの人が入っては出ていく人口都市を、どうやって支えているんだろうって、気になるんですね。

ある水関係会社の人が言うには、かつては大きなトラックで砂漠にもっていって素掘りの穴に埋めると聞いたことがあるらしいんですが、詳しいことは分かりません。実際にはどうだったのか、今は、どうなっているのか、調べてみたいですね

山口亮子(以下、山口) そのままですか。すごいですね。

湯澤 広大な砂漠だから、許された処分方法なんでしょうね。

インドの人から、日本でウンコ由来の「汚泥肥料」について教えてほしいと連絡が来たそうですね。世界の水処理の関係者が知りたい情報が『ウンコノミクス』にたくさん詰まっているなと思いました。

山口 知り合いのインドの農家は、膨大な量の肥料を使うので、もうちょっと安い肥料が手に入らないかと真剣に考えているようでした。インドは食糧安全保障上、あまり肥料を海外に依存しないようにと輸入量を絞っています。それもあって必要量を確保できずに、肥料が高騰し、大変らしいです。

湯澤 インドのモディ首相は、トイレの改革にとても力を入れています。インドはトイレの普及率が低く、5億人以上が屋外で用を足していると言われてきたので、普及と啓蒙の活動が盛んです。でも、そこにウンコの活用は、恐らく含まれていません。だから、民間でウンコの活用を求めてるっていうのは、重要な話ですね。

宗教上、ヒトのウンコを使うことに抵抗がある人たちもいるので、本当にコンポストにして使えるかというと、また別の問題ではありますが。一方で、神聖視されるウシの糞は、燃料にも使われます。

活用が進んでいるヨーロッパは下水汚泥を肥料に使う率が高いと聞いたことがあります。日本はというと、経済発展につれて「潔癖社会」になって、かつてウンコを使ってた歴史も知らないし、使うなんてとんでもないっていう、思い込みの強い社会になっています。

コロナ禍の2020年に『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』を書いたのは、そういう潔癖社会への危機感もあったんです。

肥料高騰とパンダの帰国でウンコ由来の肥料に追い風

山口 農業の取材を続けるなかで、汚泥肥料に対する風向きが最近ちょっと変わったかなとも感じます。やっぱり化学肥料の高騰が、大きいですね。

話題が変わりますけど、パンダが和歌山のアドベンチャーワールドから中国に返還されるとニュースになりました。あれは、和歌山出身の二階俊博さんの中国への影響力が、ダメになったからだと見ることもできます。

中国・北京に住んでいたときに、日中の政治家が交流する会合を手伝ったことがあるんです。2010年代の初めでしたが、日中の間を取り持てる政治家は、二階さんくらいだと感じました。そのルートが切られちゃったとしたら、日本が中国に依存している化学肥料の調達は、ますます難しくなりかねません。中国からの安定的な輸入は将来、できなくなるかもしれない。

こうした肥料の高騰に加えて、科学リテラシーを身につけた農家が増えてきたことも、汚泥肥料を広める追い風です。SNSで情報発信するようなインフルエンサー的な農家で、もっと使ったらと提言する人が出てきていて。農業側にそういう前向きな変化があるので、活用が進んでいけばと期待しています。

湯澤 農業で使うときに必ず聞かれる「重金属はどうですか」っていう話も書かれています。今は工場排水の浄化処理も昔と変わってきて、問題になる濃度で重金属が出ることはまずないと。

そういう変化も知らずに「危ない」といって議論をストップしちゃうのは、もったいない。何か活用のヒントはありますか?

山口 そうですね。本来、有機農業で使えたらいいんでしょうけど、今の有機農業の枠組みだと汚泥肥料を使いづらいこともあって、難しいところです。

湯澤 規制の問題ですか?

山口 規制と、あとは感情の問題でしょうか。

汚泥肥料を使ったら、有機農産物を名乗れないという問題があります。ヨーロッパでは原則として汚泥肥料を有機肥料とは認めません。でもそれはヨーロッパの規制だから、日本がそのまま従わなくてもと思います。

感情の問題としては、有機農業に取り組む農家ほど、重金属といった汚染物質が含まれることを警戒する傾向にあります。

こうした肥料を使う農家からすると、食べ物を目の前にして、実は下水処理場から出たものを使ってますとは、言いにくいんです。たとえば神戸市のマルシェで農産物を売っている農家は、その場でお客さんに下水のことは、さすがに話しづらいと言っていました。

もっと前の段階で、消費者に情報がちゃんと伝わるしくみがあれば、手に取ってもらいやすくなるかもしれません。

食育20周年に「衣食住便」広めたい

湯澤 教育で言うと、日本は食育に力を入れています。食育がちょうど今年で20年を迎えるんですね。



食育に、「出す」ところまで組み込んでいけたら、いいですよね。食べることと出すことは、ひとつながりです。「衣食住」にトイレや排泄を足した、「衣食住便」にしようと言っているんです。

山口 衣食住便。良い言葉ですね。確かにそういうことまで教育してくれたら、肥料としても使いやすくなります。

湯澤 食育はとてもうまくいったんです。さらに出すことにつなげられたら、大きい意味での環境教育になります。肥料やコンポスト、食品残渣の話なんかが食育に入ってもいいですよね。

山口 身近なところに、ウンコの処理にかかわる施設があると知らない人は多いです。

湯澤 社会科見学でも、下水処理場を見学先にしている地域はまだまだ少ないんじゃないでしょうか。

本の中で、下水道を社会の「静脈」から、エネルギー源にもなる「動脈」に変えていかないといけないとありますね。

これまでは、老廃物を排出する静脈と捉えてきたから、注目されないし触れられないという状態が長く続いた気がします。

下水処理場は見学も受け付けているし、社会に開かれているけれど、知られていない。『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』を出した後に、ウンコ関連の児童書を何冊か手掛けました。これは、学校の自由研究でウンコの話が増えるといいなと思ったんです。

山口 ウンコに関する展示会が最近、立て続けに開かれていますね。東京六本木で開かれた「ゴミうんち展」(2024年9月27日~2025年2月16日)とか、東京ドームシティの「うんち展」(2025年3月18日~5月18日)とか。風向きが変わってきているのかもしれません。

湯澤 流れを作ったということでは、岸田文雄前首相が、汚泥由来の肥料の活用に力を入れていたみたいですね。ウンコの活用には、決める力を発揮していたと。その鶴の一声で始まった肥料としての活用は、今も続いているんですか?

山口 続いているのは間違いないです。国交省も農水省も、以前より俄然、力を入れています。

石破茂首相がどう考えているか、取材できてないので分からないんですけど。

コメの話が農政の焦点になっちゃってるんで、そこまで考えてないんじゃないかな……。後回しにされてる感じがします。

経済からはじかれてきたものを書く

湯澤 ウンコもそうですが、本来は経済を支える基盤として機能しているのに、経済学の対象としてはじかれてきたものって、ありますよね。この間、日本農業経済学会で花の話をしたら、こんな発表は初めてだって言われて。びっくりしませんか?

山口 そうなんですか! 農業では、花卉栽培ってすごく重要ですけど。

湯澤 でも日本農業経済学会で花を取り上げたのは、私ともう1人だけだって言われて、衝撃を受けました。花は特に女性の嗜好品と見なされて、その経済性が評価されにくいってことだと思います。

オランダで17世紀に起きた「チューリップ・バブル」は、世界初のバブルとして、経済学の教科書に載るような話です。オスマン帝国から入ってきたチューリップがオランダで大人気になって、球根が投機対象になって値上がりしたんだけれど、あるとき価格が崩壊し、経済が大混乱に陥ったと。経済学で花というと皆、あれくらいしか知らないんですね。

これまでの経済学の潮流において、経済の対象としてあまりみられてこなかったけれど、確固として存在する。そういうものを今も追いかけて研究しています。

山口 そうなんですね。書くのは、難しいですか?

湯澤 書いてみると、やっぱり難しいですね。散々大事だと言われているものを書くときは、自信を持って書けますけど。本当に大事と思ってるのは、私しかいない……みたいな話ですから。やる気も出ますけど、書くのが難しい。

田中 どういうふうに形にしていくのか、すごく関心があります。

山口 形になるのが楽しみです。

文・構成/山口亮子 写真/集英社オンライン

『ウンコノミクス』 (インターナショナル新書)

山口 亮子 (著)
知られざる“世界のウンコ事情”「インドでは5億人以上が屋外で用を足す」「ドバイの下水処理はどうなっている? 」…パンダ外交とも深いつながりがある「ウンコ」の経済
『ウンコノミクス』 (インターナショナル新書)
2025年4月7日発売1,045円(税込)新書判/272ページISBN: 978-4-7976-8156-7

ウンコを経済やエコロジーの視点で見つめ直す!
肥料、熱源、燃料、医療…。その活用分野は想像を超える。
ウンコ活用が日本の切り札になる!

日本人は平均で1日200グラムのウンコを排出する。
米国の150グラム、英国の100グラムと、欧米人と比べても多く、
日本は世界有数のウンコ排出大国だ。

近年、リンの主要産出国である中国が禁輸に動いたり、
ウクライナ危機でロシア、ベラルーシからの肥料の輸入が減ったことで、
世界的な肥料不足が懸念されるなか、ウンコの活用が世界中で注目されている。

肥料だけではない。
養殖海苔に窒素やリンを供給する栄養塩として、
下水熱を使ったビル空調や、冬場に凍結した雪を融かす熱源として、
また、自動車燃料、発電、宇宙ロケットの燃料として、
ウンコの活用分野は、我々の想像よりずっと幅広い。

ウンコとゴミでできた大阪万博会場の夢洲の問題点や、
羽田空港と隣り合う日本最大の下水処理場のレポートを交え、
日本経済を立て直す「ウンコノミクス」の可能性を探る。 

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