
アフリカ・ウガンダの最貧困地域に駐在し、現地住民の自立支援のために荒野に農場を作った田畑勇樹氏。その農場の警備員として現地に住む青年を雇ったのだが、ゲートの前にいて警備するという職務をたびたび放棄することに手を焼いていた。
著書『荒野に果実が実るまで 新卒23歳 アフリカ駐在員の奮闘記』より一部を抜粋・再構成し、ロプカン青年が気づかせてくれた貧困地域の支援で大切なコトを紹介する。
警備員ロプカン、シゴトの根源を問う
ロプカンは学校教育を受けていない。英語は全く話せないし、読み書きもできない。筋道立てて物事を考えたりしない。文字や論理だなんて概念は道端に捨てられたバナナの皮みたいに、彼にとってはちっとも重要なことではない。
でもそれは彼が私より劣っていることを意味しない。
ロプカンはクロード・レヴィ=ストロースの言葉を借りていうなら、「野生の思考」の持ち主だ。彼は彼のロジックで世界を解釈して生きている。だからこそ、私が普段当たり前に信じて疑わない概念は、いつも彼によって前提からひっくり返される。
ロプカンは、私たちの農場で働く警備員の1人だ。5月のこと。貯水池の完成に伴い地域住民の中から数人を警備員として雇い入れた。
「英語を話せる人材を集めてほしい」と関係者にお願いをしたけれど、なぜかロプカンだけは一言の英語も話せなかった。呼ばれたのか、勝手に来たのか、それすらよくわからなかった。
英語を話せない人材を警備員として採用することには組織としての抵抗があった。緊急時においても言葉が通じなければ対処できない。通訳を挟むのも時間的コストがかかってしまう。
それでもロプカンには当初から、何か光るものがあった。大きなイヤリングを両耳につけて、レゲエカラーのベルトを短パンの腰に巻きつけたロプカンは、警備員としての威厳とRPGの主人公のような風格を持ち合わせていた。
「ロプカンに懸けてみよう」
こうしてロプカンは仲間たちとともに、私たちの警備員となった。そしてここから彼の内なる才能がどんどん開花し、私たちにシゴトの根源を問うようになっていく。
組織で働いた経験がないロプカンには、当初から少しばかり頭を悩ませていた。英語が通じないこともあり、私たちの指示を把握していないこともあった。それでも彼の任務は、農場のゲートに立って関係者以外を中に入れないというシンプルなものだったから、続けられるだろうと私は安直に考えていた。
しかしある日、農場のゲートが開きっぱなしになっていた。近くには警備員もいない。ゲートの警備担当はロプカンだった。私たちは彼を探し回った。
彼に副業禁止の概念はなかった
「おーい、ロプカン。どこに行った?」
警備員を探して、警備するように頼む。とても不思議な光景だ。
私はすぐにロプカンを発見した。農場のゲートから数十メートル離れた大通りの端に彼は座っていた。何をしているんだろう?急に興味が湧いてきて、牛乳とアンパンを手に持って張り込みを続ける刑事みたいに、私は少し遠くの車内から観察してみることにした。
ロプカンの目の前にはマンゴーが規則的に並んでいた。大きい3つのマンゴーを土台のようにして並べ、その上に小さなマンゴーを1つ乗せる。ピラミッド状に積み上げられたマンゴーは4つで1セットだ。ロプカンはどこからかマンゴーを集めてきて、道端で販売するという大胆な副業を始めていたのだ。
しばらく眺めていると、通りかかった少年がマンゴーを買い、ロプカンがその代金を受け取る。契約違反、確認。しかし私たちの車に気づいた彼は、平然とした顔で車の方に向かって歩いてくる。助手席の窓を開けると、窓枠に肘をついてロプカンが私たちに尋ねた。
「両替したいんだけど、小銭はあるかな?」
「シゴト中に、マンゴーを売ったらダメじゃないか!ゲートを守るのが、君のシゴトだろ!」
通訳を交えて私は厳しく言った。
「ごめんなさい、もうしません」
ロプカンは申し訳なさそうに、マンゴーを抱えてゲートの中に帰っていった。
私は気づいた。そうか、彼に副業禁止の概念はなかったんだ。
シゴトの概念
数日後、事件が起きた。
またもやゲートが開きっぱなしになっている。門番はいつだってロプカンだ。
「またか……」と私はため息をついた。同行していたスタッフとともにロプカンを探した。
「おーい、ロプカン出ておいでー」
私たちは警備員を探している。頼むから警備してくれと願いながら。とても不思議な光景だ。
ロプカンはまたもや大通りに出ていた。彼の手元にマンゴーはない。
「ロプカン、ちゃんと門番をしてほしいって、言ったばかりでしょう」
「うん」
「今日は道路沿いまで出て、何をしていたんだい?」
数秒の沈黙の後、ロプカンはケロッとした顔で説明した。
「運動していたんだ」
「運動……?」
「あぁ、少し体を動かしたくて」
あまりのおかしさに思わず笑みがこぼれてしまった。しかしすぐに気を取り直して説教に戻る。厳しい言葉でなんとか伝えなければならない。私は笑ってはいけない。これはシゴトだから。
「君のシゴトは門番だ。君がゲートを開けたままどこかに行った隙に、盗人が農業資機材を持っていってしまうとする。それはロプカン、君の責任になるんだ。わかってくれるかな?」
「ごめんなさい、もうしません」とロプカンは申し訳なさそうにゲートに戻っていった。
彼はシゴトをなんだと思っているんだろう。いや逆に、シゴト中だからといって、少しばかり持ち場を離れて運動することの何が悪いんだろう? 私たちが考えるシゴトの概念の方がおかしい可能性はないだろうか? 私はまた、その問いを先日とは別の引き出しにしまい込む。
シゴトとは何か
その2日後、また事件が起きた。
ゲートが開きっぱなしになっている。門番はもちろんロプカンだ。
「やれやれ……」私はもうどうしていいのかわからなかった。
「おーい、ロプカン、ロプカン」とスタッフの声が貯水池に響く。
「ロプカーン」と悪戯っぽく、私も彼の名前を呼んでみる。その時、私たちは警備小屋の屋根の隙間から煙が上がっていることを発見した。警備小屋の中で何かが確かに燃えている。火事なのか?急いで私たちは警備小屋の扉を開けた。
するとそこには細々と燃える薪の上に、小さな鍋が置かれていた。鍋の中では朝食の紅茶がぐつぐつと音を立てながら湯気を上げている。鍋の前にはロプカンがしゃがんでいる。彼は紅茶の入ったマグカップを片手に、明後日の方向を向きながら優雅に朝食を楽しんでいた。
「ふぅ~」と彼はマグカップに入った熱々の紅茶に息を吹きかけて、それを冷まそうとする。
「ふぅ~」と私はため息をつき、おかしさと怒りを我慢する。
「聞いてくれ、ロプカン」と私は言った。笑いたかったけれど、絶対に笑うわけにいかない。
「これはシゴトなんだ。君はゲートを守る。その対価として僕たちはお金を払う。勤務時間中はシゴト以外のことをなるべく、いや普通はやっちゃいけない。それがルールなんだ。正直僕は何度も耐えてきた。でももうこれ以上の我慢はできない。次にゲートを開けっぱなしにしていたら、僕は許さないと思う。マンゴーを売っていても、道路沿いで運動していても、警備小屋でお茶を飲んでいてもだ。ゲートの前にいてくれ。本当に、それだけでいいんだ」
「ごめんなさい、もうしません」とロプカンはいつも以上に肩をすくめて謝った。マグカップを丁寧に置いて、彼はゲートに戻っていった。その背中は、本当に申し訳なさそうだった。
その日から、ゲート前には絶対にロプカンがいる。ゲートを守るのが、俺のシゴトだというプライドと覇気をまとい、2本の足で立っている。部外者は誰も入ることができない。近寄ることさえできないかもしれない。
門の前には必ず、ロプカンという壁が立ちはだかるのだから。
私たちはなぜ働くんだろう。職場にはなぜルールがあるんだろう。私はロプカンが与えてくれた問いを一つひとつ、大切に手のひらにのせようとする。シゴトとは何か。彼の行動はその根源を問うていた。
ロプカンのマンゴー
***
警備小屋の裏には数本のマンゴーの木が、路上に咲く花のように遠慮がちに芽を出していた。もちろん無からマンゴーは生まれない。それはロプカンの営みだった。
マンゴー─おそらく路上で販売していたものの一部─を食べた後に、種を大事に取っておいたのだろう。その種を植えるとまた新たな命が生まれる。彼はごく限られた資源しかない中で、ごく自然に、あるものを活かして、その生活を豊かなものにしようとしていた。
レヴィ=ストロースの言葉を再び借りるなら、どこから採ってきたかわからないようなマンゴーの販売や植樹も、ロプカンの中ではごく自然な「寄せ集めて自分で作る」というブリコラージュの実践だった。
雇用契約のもとで与えられた職務を全うするよう求めるのが私たちの論理だ。しかし、その中でも現場にある道具や材料を拾い集めて器用に生きることが彼の論理だ。どちらが正しくて、どちらが間違っているという話ではない。
私は徐々にロプカンの魅力に惹きつけられていった。「現場にあるものを活かしてプロジェクトを行う」という本当の意味を彼が教えてくれている。
ロプカンが嬉しそうにマンゴーの芽を指さした時、私はシゴト上の大切な何かを受け取った気がした。難しい仮説や理論は横において、目の前にある自然と対話する。そこにはいつも「役に立つもの」が転がっている。地面を見ればロプカンのマンゴーが優しく微笑んでいた。
文/田畑勇樹
荒野に果実が実るまで 新卒23歳 アフリカ駐在員の奮闘記
田畑 勇樹
23歳若者の挑戦
大学卒業と同時にNPOに就職しウガンダに駐在した著者は、深刻な飢えに苦しむ住民たちの命の危機に直面。
絶望的な状況を前に、住民たちがこの荒野で農業を営めば、胃袋を満たすことができるのではないかと思い立つ。
天候とのたたかいや政治家たちの妨害など、さまざまな困難に直面する著者。
当時の手記を元に援助屋のリアルを綴った奮闘記である今作は、2024年第22回開高健ノンフィクション賞最終候補作にも選ばれる。
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