
暑い夏には、涼しくて水の世界を感じられる水族館に行きたくなる。イルカやペンギンは人気の生きものだが、水族館のおもしろさはそれだけにとどまらない。
元水族館飼育員の視点で、水族館の思わぬ見どころや裏側のエピソードを描いた4コマエッセイ『水族館飼育員のただならぬ裏側案内』の著者・なんかの菌さんが、博物学の大家で自身も水族館のディレクターを務める荒俣宏さんと、水族館の魅力について語り合った。
ネット時代の水族館に求められること
なんかの菌 人間の好奇心がこれから水族館をどんなふうにしていくのか、荒俣先生に聞いてみたいと思っていて。19世紀の水族館は、海の中を再現する、陸からでも見られる水槽を楽しむというのが原点だったと思うんですけど。
荒俣宏(以下、荒俣) うん、19世紀中頃に世界ではじめて水族館ができたとき、人々はまず視覚的なショックを受けたんだよね。水族館の中に入ると別世界、つまり海の中に入らなければ見られなかった世界を、息をしながら体験できるわけだから。
光が水槽の中にスッと入ってきて、そこで自分たちが食べるときしか見なかったような魚が生きて動いている。一種のファンタジーですよね。まずそういう「見世物」という側面が水族館にはあって。
そのあとに、生きものの専門家などが水族館に携わるようになって、教育的な要素とか博物学的な研究とか繁殖とかの役割を担うようになった。
でもいままた、視覚だけで勝負しようっていう雰囲気に変わってきた気がするよね。日本だと2018年ぐらいからかな。
東京のとある水族館に行ったときに驚きましたよ。紫のライトが当たっていて、魚が何色をしているのかわからないんです。
水槽の形も、以前は丸いカーブが付いたガラス面だと魚の正しい形がわからないから、水槽は四角じゃないとだめだよという考えだったんですけれども、いまはどんどん丸い水槽になっているし、天井が水槽になっているところもありますよね。
これは、19世紀中頃にできた水族館、つまり視覚的なショック・驚きを与える場所としての水族館に、違う形で戻りかけているんじゃないかと思います。でっかい生きものやマニアックなちっちゃい生きものを見せたりするということも一方に置きながらね。
なんかの菌 おっしゃるとおり、いまではもう「生きものを見せる」というところを1回超えている気がします。それこそめずらしい生きものって、もうみんな知り始めているんですよね。
たとえば深海の生物も、昔は、ダイオウグソクムシなんて誰も知らなかったのに、いまはもう、みなさん知ってるじゃないですか。スマホもあるから、「ダイオウグソクムシ」って調べたらすぐ画像が出ます。
そういうことが、水族館のこれからの形にすごく関わってくるんじゃないかなと思っています。めずらしい生き物をただ展示するだけだと、水族館はやっていけない時代に突入していると思うんですね。
それもあって照明で水槽をすごい紫色にしたり、水槽の形をすごくめずらしい形にしたりというふうに変わってきていると思うのですが、今後は一体どうなっていくんだろうなと思います。
水族館で、リアルでしかできない体験をする
荒俣 なんかの菌さんも多少アイデアがあるんじゃないですか? 本にも少し書いていますよね?
なんかの菌 そうですね。最近の水族館はやっぱり視覚を重視した空間のつくり方がすごいんですけれど、私はいわゆる写真映えっていうのは個人的にはそこまで興味がなくて、そこじゃないなとは思ってはいます。
でもたとえば、ただ生き物の生態を見せるだけでお客さんを集められるのかって言われると、いまは自信がないです。
荒俣 まあ大人は何を見ても、あんまり本気で驚かないだろうから、子どもにインパクトを与える要素が水族館にあるかどうかかなと思うんだけれども、そのあたりはどんな考えをお持ちですか?
なんかの菌 やっぱり、体験が大事かなとは思いました。
荒俣 うん。それはそうですね。
なんかの菌 いま、もうすでにやっている園館が多いですけど、触ったり餌をやったりももちろんありますし。ほかの形で、ただ見るだけじゃなくてお互いに何か関係性が生まれるというような形がいいかなと思っています。でも、じゃあ具体的にと言われると、まだわからないです。
荒俣 なるほど。水族館マニアもちょっとはいるけども、水族館の経営を成り立たせるとなると、主力はやっぱりファミリー層ですよね。それで子どもたちって、基本的には何か衝撃を与えないと、おもしろさに目覚めるっていうことがないんですよね。じゃあどんな衝撃があるのかっていうのがひとつの勝負どころだと思う。
なんかの菌さんのお話を聞いていると、何か可能性は見つかりそうだっていうふうに聞こえたんだけど。
なんかの菌 私は、いまは飼育員ではないので、あくまでも外部の立場からっていうことにはなってしまいますが、イラストやデザインで水族館に関わらせていただいていて、子ども向けのクイズシートみたいのをつくったりするなかで、やっぱり子どもを引き入れたいっていうのはありますね。
荒俣 そうですね。水族館をどういう場にしていくのかという問題をメインに考える人って、これからは飼育とか生物専門の人じゃなくて、もっと別の領域からやってくるんじゃないかという気がします。別の領域から水族館業界に入る人が、いまの子どもたちや若い人から出てくるといいですよね。
ジャンル外の人との化学反応で、水族館はもっとおもしろくなる
荒俣 水族館の展示の見せ方に広がりが出てきているということについてはどうお考えですか?
なんかの菌 確かに、最近の水族館の映像や照明はすごいですよね。私は具体的には存じ上げないのですけど、いまも水族館は、違う分野の方からいろんな意見を聞きながらやっていると思うんですね。でもそれは、現場の意図とかけ離れている可能性があって。
荒俣 いまの現場とは、だいぶ方向が違いますよね。
なんかの菌 そうですね。やっぱり飼育員は飼育に力を入れていて、映像や照明を使うような見せ方にはそこまで興味がない人が多いかもしれません。
荒俣 その意味ではね、なんかの菌さんがこういうコミックエッセイ本を出すっていうことは、一種の新しい「視覚の開拓」だと思うんですよ。これは非常に重要なことです。
なんかの菌 ありがとうございます。
荒俣 以前水族館のイベントでなんかの菌さんにお会いしたときも、飼育員の方々と楽しく話をされていたじゃないですか。ああいう環境が、これからの水族館の内部に必要じゃないかなという気がしていまして。
やっぱり水族館はエンターテインメントというか、この水の世界の、その衝撃的なものをどうやってコンスタントにリフレッシュしていけるかが大事なんですよ。そうすると、いま水族館を構成しているのとは違う種類の人たちが必要になってくるんじゃないかと思います。
だから、なんかの菌さんみたいに、水族館の外から水族館に関わる人が出てきたということは、水族館をリフレッシュしていくなかでの一つの先駆けだと思っていて。ある意味ではなんかの菌さんのような存在が、本当に大切なものっていうふうになりますから。頑張ってね。ぜひ。
なんかの菌 水族館業界に貢献したいと思って今回の本も書いたので、そうなったら本望です。
水族館飼育員のただならぬ裏側案内
なんかの菌
水族館を味わいつくす、水族館愛120%の4コマコミックエッセイ!
何もいないように見える水槽、餌やりをめぐる飼育員と生きものの攻防、海獣ライブのカッコいいサイン出し、建物の裏に見える極太の配管――。
水族館の、ともすれば見過ごしてしまうようなところも、その裏側を知ったら足を止めずにはいられない!
本書では、海水エリア、淡水エリア、海獣エリア、バックヤードと、実際の水族館を歩いていくように、思いもしないような見どころや裏側エピソードを紹介。気分はまるで水族館探検だ。
一生懸命生きている生きものたちも、愛と情熱をほとばしらせ奮闘する飼育員や職員たちも、水族館を成立させる水槽や配管たちも、この本を読み終えたら、すべてが愛おしくてたまらなくなる。 ようこそ、水槽の奥のディープな世界へ!
◎カバー裏に架空の水族館 「ただならぬ水族館」のパンフレットあり!
【本書の内容】
1 海の中へようこそ
2 魅惑の淡水世界
3 海獣のくらし
4 STAFF ONLYの向こう側