「動画も無限に観られて、何でもクリック一つで購入できる」...便利な生活の中で気づかぬうちに自由が奪われ続ける“テクノ封建制”の真の恐怖とは
「動画も無限に観られて、何でもクリック一つで購入できる」...便利な生活の中で気づかぬうちに自由が奪われ続ける“テクノ封建制”の真の恐怖とは

いま「テクノ封建制」という言葉が注目を集めている。ギリシャの経済学者であるヤニス・バルファキス氏が提唱したキーワードで、2020年代のさまざまな世界的変動を解き明かすカギになると期待されている。


「テクノ封建制」において、実は私たちの自由は奪われている。だが、私たちはその事実に気づくことができない。

そこにこそ、二重の意味での悲劇が存在すると社会学者・大澤真幸氏は言う。一体どういうことだろうか。

自由を信じる者ほど、封建的支配に絡め取られていく

――『テクノ封建制』の思想的な意義はどこにあるとお考えですか。

大澤 テクノ封建制の脅威は、従来の資本主義的なシステムの中で活動すればするほど、テクノ封建制がますます成功して、自分の資本主義的な成功がなくなっていくという不幸な循環が生じるところにあるわけですが、この本はそれだけにとどまらない人間的な悲劇を示唆していると思います。

というのも、資本主義の最大の魅力のひとつは、やっぱり「自由」だったと思うんですよ。

いろんな問題があるにせよ、資本主義を肯定的に捉えるならば、「自分の努力次第で成功できる」「自分の意思で好きなものを選べる」という自由のシステムにこそ価値があったと考えることができます。

もちろん現実には、大して努力していないのに儲けている人間もいるでしょう。それでも資本主義を擁護するとしたら、自由な競争のもとで、努力がある程度は報われるという見込みがあるからです。

しかし、テクノ封建制のもっとも恐ろしい点は、この「自由」が幻想にすぎないという点にあります。たとえば、Googleで情報を検索して「自分の意志で選んでいる」と思っているとき、実際には、統計的に「あなたが選びそうなもの」がすでに絞り込まれていて、それを見て「お、これいいじゃん」と思ってクリックしている。

つまり、客観的に見ると、あなたはクラウド領主の利益を最大化するための導線にそって行動しているにすぎないのに、本人はそれを「自由な選択」だと信じているんです。



ここにこそ、テクノ封建制の真の怖さがあります。自由に見えて、実は不自由であるわけですが、その現実に多くの人が気づいていない。

かつて自由が抑圧されていた時代には、人々は「自分が抑圧されている」と自覚できました。だからこそ「自由をよこせ!」と声を上げることができたし、抵抗や反抗が生まれた。でも、いま僕たちが置かれている状況は、それとはまったく違う。

自分では「これほど自由な時代はない」と思っている、まさにその瞬間に、じつは最も自由が奪われている。これはもう、自由に対する最も悪質な攻撃と言ってもいいくらいで、それこそがテクノ封建制の最大の問題点だと思うんです。

「自由が奪われている」ことに気づけない構造

――見せかけの、かりそめの自由に安住させられているわけですね。

大澤 少し雑談めいたことを話すと、先日、テレビでテレサ・テンの特集をやっていたんですよ。彼女は1970年代から90年代にかけて活躍し、中国本土でも大ヒットした台湾出身の歌手じゃないですか。もちろん当時の中国政府は公式には聴くことを禁止していたんですけど、実際にはみんなこっそり隠れて聴いていた。

その番組の中で、郭健という中国出身の画家が登場していて、とても印象に残る話をしていたんです。彼はいまは中国本土を離れて、オーストラリアで活動している前衛的な画家です。



郭健がテレサ・テンを初めて聴いたのは1970年代末、中国人民解放軍に所属していたときだそうです。ちょうど中国とベトナムの間で戦争があった時期で、彼も軍にいた。

その軍隊の中で、ある日、仲間たちと、規則を破って外国のラジオ放送を密かに聴いたそうです。そのときテレサ・テンの曲を聴いた。

彼はそのときの衝撃をこう語っていました。「こんな歌い方があるのか! こんな愛があるのか! と驚いた」と。それまではずっと、革命歌やプロパガンダのような決まったパターンの歌しか聴いたことがなかったからです。

その後に彼が言った言葉がものすごく印象的でした。「そのとき初めて、自分たちが自由を抑圧されていたことに気がついたんだ」と。

この言葉には、本当に深い意味があると思います。テレサ・テンの歌が政治的に意味を持ったのは、彼女が直接プロテストソングを歌っていたからではなく、その歌声そのものが「こんな自由があるんだ」と知らせてくれたからなんです。

つまり美しさや感情の表現が、体制の外側から届いた瞬間、それはものすごく強い芸術的・政治的なメッセージになったわけです。



そこからいまの僕たちの状況を考えてみると、この画家のような衝撃が起き得ない時代になっているとも言えます。というのも、表面的には自由が最大限に保証されているように感じてしまうからです。テクノ封建制の農奴の不自由は、逆に最大限の自由として、本人には体験されてしまう。

ネットで何でも検索できるし、動画も無限に観られる。好きなことをつぶやけるし、買いたいものもクリック一つで手に入る。そういう自由が満ちているように見える。だからこそ、「実は自分は自由じゃなかったんだ!」というような、まったくの外部から来る衝撃に出会う機会がないんです。

すでに「欲しいもの」はすべて手に入っているように感じられるのに、なぜかその根底にある構造は、実は封建制のような抑圧的構造に近づいている。にもかかわらず、僕たちはそれを「自由」だと思って疑わない。このギャップにこそ、客観的に見たときに極めて深い不幸があると思います。

現在の米中対立は「クラウド領主」をめぐる覇権抗争だ!

――終盤には、テクノ封建制からの脱却案も提示されています。

大澤 バルファキスの筆致には誠実さを感じますね。そこまで「テクノ封建制はこんなにひどい!」と分析してきたわけだから、「じゃあどうしたらいいのか?」という疑問が当然ながら読者からは出ます。

それに対して彼は、完全な解決策とまではいかないにせよ、一つの方向性、ある種のオルタナティブな社会像を示しています。

きっかけとなるエピソードも巧みです。ある日、パブで自称「筋金入りの保守派」のイギリス人に、「もし現状が気に入らないなら、なにと取り替えるんだ? それはどう機能する? さあ、いくらでも聞いてやる。俺を納得させろ」(『テクノ封建制』p.237-238)と言われて、彼はまったく答えられなかった。

いまの日本でもよくネットなどで見られる、「文句を言うなら代案を出せ!」というやつですね。その言葉がずっと引っかかっていて、本書の提案につながっていくんです。

ネタバレになるのであまり詳しくは言いませんが、本の終盤では、たとえば企業を生産協同組合のような形にして民主的に運営する、という構想をスケッチしています。これはそれまでの封建制的構造の分析とは少し切り離されていて、どれだけ実現可能かという議論は別にあるでしょうけれども、「問題提起だけで終わらせない」という点において、非常に意義のある部分です。

最後にもう一つ言い添えておくと、この本は現代社会を理解するうえでも実によい示唆を与えてくれます。たとえばいま、米中対立が重要な国際政治の軸になっているわけですけど、それがどうしてなのかということもこの本の視点から答えが見えてきます。

つまり、真にグローバル規模のクラウド領主、つまり全世界レベルでユーザーを持つウェブ・プラットフォームサービスの所有者というのは、実質的にはアメリカと中国にしかいない。もちろん中小のプラットフォームは他国にもありますが、本当に世界規模で覇権を争えるレベルのプレイヤーはこの二国にしかいないんですね。

だからこそ、現在進行形で深まりつつある米中対立の背後には、クラウドをめぐる覇権争いがある。相手を「グローバルな覇権的クラウド領主」にさせないための闘いが進行しているのだという見方は、非常に腑に落ちます。

こうした枠組みに沿って考えると、いまの政治や経済の動きも一段とクリアに見えてくる。そういった意味でも、この本は単なる理論書ではなく、現代社会を読み解くための強力な視点を与えてくれる一冊だと思いますね。

構成/斎藤哲也 写真/Shutterstock

テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。

著者:ヤニス・バルファキス、解説:斎藤 幸平、訳者:関 美和
「動画も無限に観られて、何でもクリック一つで購入できる」...便利な生活の中で気づかぬうちに自由が奪われ続ける“テクノ封建制”の真の恐怖とは
テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。
2025年2月26日発売1,980円(税込)四六判/320ページISBN: 978-4-08-737008-9

◆テック富豪が世界の「領主」に。
◆99%の私たちを不幸にする「身分制経済」
◆トランプ&イーロン・マスク体制を読み解くための必読書

グーグルやアップルなどの巨大テック企業が人々を支配する「テクノ封建制」が始まった!
彼らはデジタル空間の「領主」となり、「農奴」と化したユーザーから「レント(地代・使用料)」を搾り取るとともに、無償労働をさせて莫大な利益を収奪しているのだ。
このあまりにも不公平なシステムを打ち破る鍵はどこにあるのか?
異端の経済学者が社会の大転換を看破した、世界的ベストセラー。

【各界から絶賛の声、続々!】
米大統領就任式で、ずらりと並んでいたテック富豪たちの姿に「引っかかり」を感じた人はみんな読むべき。
――ブレイディみかこ氏

テクノロジーの発展がもたらす身分制社会。その恐ろしさを教えてくれる名著。
――佐藤優氏

これは冗談でも比喩でもない! 資本主義はすでに死に、私たちは皆、農奴になっていた!
――大澤真幸氏

私たちがプレイしている「世界ゲーム」の仕組みを、これほど明快に説明している本はない。


――山口周氏

世界はGAFAMの食い物にされる。これは21世紀の『資本論』だ。
――斎藤幸平氏

目次
第一章 ヘシオドスのぼやき
第二章 資本主義のメタモルフォーゼ
第三章 クラウド資本
第四章 クラウド領主の登場と利潤の終焉
第五章 ひとことで言い表すと?
第六章 新たな冷戦――テクノ封建制のグローバルなインパクト
第七章 テクノ封建制からの脱却
解説 日本はデジタル植民地になる(斎藤幸平)

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