
2023年度の後期高齢者医療制度で、現役世代が担う交付金が前年度比で6.1%増加し、7.1兆円となった。3年連続で過去最高を更新している。
医療費の増大が進む一方で、75歳以上の人の窓口負担は1割ほど。一定の所得がある人は2~3割負担しているが、1割負担の人が全体の7割以上を占めている。高齢者は医療費を十分に負担する力がないとされているが、潤沢な資産を保有しているという“真実”がある。
高齢者の負担能力が低いというのは本当なのか?
総務省によると、2024年9月15日時点の65歳以上の高齢者数は3625万人で、前年に比べて2万人増加し、過去最多となった。日本の総人口に占める割合はおよそ3割であり、5人に1人が75歳以上の後期高齢者になろうとしている
団塊の世代が全員、後期高齢者になる「2025年問題」で医療費の総支出額が増すことはかねてより懸念されてきた。いよいよそれが現実のものになったわけだ。
75歳以上の後期高齢者は会社員や自営業、無職を問わず「後期高齢者医療制度」に加入する。これは病気になりやすい後期高齢者を現役世代で支えようというものだ。公費が約5割、現役世代が4割、高齢者が1~3割の負担となる。
後期高齢者の窓口負担は、2022年10月に一定の所得がある人に対して1割から2割に引き上げられた。日本医師会は窓口負担を増やすことに対して、受診控えを助長するとして反対の姿勢を示していた。
しかし、厚生労働省が窓口2割負担導入に関する影響を調査したところ、医療サービスの利用割合は1%、医療費総額が3%、医療サービスの利用日数が2%程度減少したに過ぎなかった。
高齢者の多くが生活費における医療費負担の心配をしており、確かに高齢になるほど医療費そのものは高くはなるが、実際の負担額は驚くほど少ない。厚生労働省によれば、75歳から79歳までの平均的な医療費は77.3万円だが、自己負担額額は7万円、保険料は8.9万円だ。
厚生労働省の「国民生活基礎調査」によれば、高齢者世帯の平均所得金額は312.6万円であり、その他の世帯(高齢者世帯と母子世帯を除いた世帯)の664.5万円と比較すると少ない。
ところが、世帯ごとの人数の違いを調整し、さらに税金・社会保険料を除いた平均等価可処分所得金額は、高齢者世帯が218.5万円で、その他の世帯が313.4万円だ。その乖離は驚くほど小さくなる。
石破茂首相は参院選を前にした7月5日の「選挙ドットコム」の9党党首による討論会で、高齢者にも負担能力を持つ人はいるとしたうえで、「能力のある人にどうやって負担してもらうかは重点的に考えなければならない」と語った。
投票率の高い高齢者の医療費負担の問題は長らく敬遠されてきたが、いよいよ本格的な議論が必要になっているはずだ。
収入だけで負担割合を判断されることへの違和感
相対的に高齢者は潤沢な資産を持っていることもわかっている。
金融経済教育推進機構の「家計の金融行動に関する世論調査」によれば、70代の金融資産保有額は1830万円だ。そのうち、預貯金は763万円。貯金額は20代から70代までで最も多い。なお、この調査には金融資産がゼロの世帯も含まれている。
金融資産は60歳から64歳までに年齢とともに増加するが、その後は大きく減らないことがわかっている。そして特に高齢者世帯ほど預金額を積み上げる傾向にある。
後期高齢者の医療費の窓口負担で考慮されるのは収入だけだ。金融資産は加味されない。2000万円近い金融資産、750万円以上の貯金を持っていたとしても、十分な収入がなければ窓口負担は1割なのだ。
内閣府は高齢者の金融資産に関する意識調査を行なっている。それによると、高齢者が資産を保有し続ける理由は2つに集約されるという。1つは病気や災害、老後の生活資金など、生活の不安への備え。もう1つは子孫に残すというものだ。この遺産動機は12%程度であり、50%を超える病気や災害への備えとの回答と比較すると比率は低い。しかし、その割合は着実に高まっている。
80歳以上の被相続人は50歳以上が中心であり、高齢者から高年齢層に遺産の多くが引き継がれていることになる。
40代の金融資産は70代の半分ほど
政府は2023年に公表した社会保障改革の工程の素案で、金融資産を加味しての高齢者負担を検討するとの項目を盛り込んだ。しかし、いつまでたっても議論は本格化しない。
団塊の世代が後期高齢者になったことで、高齢者拠出金は毎年1000億円から2000億円程度増加すると見込まれている。現役世代が負担をするのも限界がある。
もちろん、収入も資産も少ない高齢者の負担を増やすべきではないし、年金生活者が引きこもりなどの事情を抱えた中高年の子供の面倒を見ているケースもある。所得や資産額だけではわからない個別事情があるのは理解ができる。
しかし、働き盛りの40代の金融資産額の平均は929万円であり、貯金額は385万円だ。70代の半分ほどというのが現実なのだ。石破首相が党首討論で語った通り、高齢者の応能負担を考えるべきときだ。
高齢者の収入一辺倒で負担割合を決めるのではなく、余裕のある人が資産額に応じた医療費の支払いをすることに向けた建設的な議論が必要になっているのではないか。
取材・文/不破聡