ネット通販の枠を超え、今や私たちの生活インフラとなったアマゾン。なぜ人はつい「アマゾンで買ってしまう」のか――。
『贅沢と欲望の経営史 あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか』より一部抜粋、再構成してお届けする。
インフラとしてのアマゾン
私たちの生活に欠かせなくなったアマゾンは、通販ビジネスの枠を超え、現代の小売業の在り方そのものを根底から変えた存在です。
「ラストワンマイル」と呼ばれる、商品を消費者の家まで届けるというインフラ整備に巨額を投じたことで、私たちの買い物の在り方を変えたのです。
「地球上で最も品揃え豊富な店」というキャッチコピーを現実のものにしたのは、この巨大なインフラ投資でした。
アマゾンの強さについて語るとき、エンジニアの質が高いとか、オペレーションが優れているとか、ブランド力があるとか、いろいろな分析がありますが、本質はシンプルです。
それは「どこよりも安くて、選択肢が多くて、すぐ届く」という「明快なストーリー」です。
ここで簡単に小売業の歴史を振り返ってみましょう。
まず小売業とは、消費者に直接商品を販売する、基本的にBtoC(Business to Consumer)の業態です。この小売業の始まりは、20世紀前半に地元の人々でにぎわった街角の商店です。
次に登場したのがデパートです。当時の裕福な女性たちが、男性の監視なしに自由に買い物を楽しめる場所でした。
1990年代にインターネットが普及するeコマース黎明期には、さまざまなネット通販会社が競い合いましたが、成功する企業はなかなか現れませんでした。
そんな中でアマゾンは、他のどの企業とも違うやり方で、eコマースを支配し始めたのです。
最初にアマゾンが狙った商品は「本」でした。その理由はシンプルでした。本はジャンルもタイトルもはっきりしていて探しやすいし、ネットでレビューもチェックしやすい。商品そのものが軽くて配送にも向いている。
さらに、当時の「狩猟的な買い物」――つまり、ピンポイントで探して買うという消費行動にもフィットしていました。
アマゾンは、本の中身を検索できるようにしたり、レビュー文化を育てたりしながら、物流部分に投資します。ロボットで仕分けする倉庫を空港近くに設けて、効率的に届けられるようにしたのです。
この「狩猟スタイル」がうまくいったので、その後はCD、DVD、そしてありとあらゆるジャンルへと拡張していきました。
アマゾンの強みは、何億人もの顧客を抱えながら、実店舗を持たないことです。お店を持たない分、店舗の家賃も、接客スタッフの人件費も不要です。
さらに、顧客が「売り手」になれる仕組みを作ったのが、マーケットプレイスというシステムです。この仕組みのおかげで、アマゾンは在庫リスクを減らしつつ、超ニッチな商品までをも扱えるようになりました。
そして、そこで動くすべてのデータ――何が売れていて、誰が何を欲しがっているか――を、アマゾンが把握しているというわけです。
やがてアマゾンは、アレクサやエコーなどのAI音声アシスタントを導入し、「声」で注文できる時代を切り開きました。
こうしたAI搭載の機器は、私たちの会話を聞き取り、消費者の嗜好や願望を学習していきます。つまり、「使えば使うほど賢くなる」AIが、私たちが次に何を欲しがりそうかを予測してくれるのです。
最終的には、アマゾンは「注文すら必要ない買い物」――つまり、私たちが何も言わなくても必要なものが自動で届く世界を目指しています。
アマゾンの作るストーリー
アマゾンのもう一つの強みは、「物語を語る力」です。
「世界最大の店になる」というビジョンは、株主をも巻き込む強力なストーリーになりました。
他の企業が利益を出して初めて評価される中で、アマゾンは「利益が出なくてもOK」「今は成長に全力投資するフェーズだ」と説明し、株主には、株価の上昇を約束しつつ、配当はめったにしません。これが通用してしまうのは、ストーリーテリングのうまさと、実際に成長し続けるという結果があるからです。
今やアマゾンは、ネット通販だけでなく、あらゆる業界に手を広げています。
AWS(アマゾン ウェブ サービス)という世界最大級のクラウド事業、「ラストワンマイル」も自力で担う物流の自社化、高級スーパー(ホールフーズ)買収によるネットとリアルの融合、レジなし・スキャンなしで買える未来型ストア「アマゾン・ゴー」などです。
これらすべてを財務的に支えるのが、年会費制の会員プログラム、アマゾン・プライムです。消費者にとっての便利なサブスクが、アマゾンにとっては莫大な資金源です。
アマゾンは、私たちの買い物の在り方そのもの、さらには「欲しいと思う前に届く世界」を見据えた、未来の消費インフラを設計する企業です。「どこよりも安く、たくさんの選択肢を、すぐに」。
このシンプルなコンセプトの裏に、テクノロジーと物流、そして人間の欲望の深い理解が隠れています。
アマゾンは、人間の癖をよく研究し、いくつもの買わせる仕組みを構築しています。
まず、人間の、「自分が思っている以上に、待つことや考えることを面倒だと感じ、一度味わった快適さからは決して戻れない」という性質を利用しています。
また、人間には「たくさんの選択肢から選びたい」という欲求がある一方、「選択肢が多すぎると疲れる」という性質もあり、その両方を満たしているのもアマゾンの特徴です。
「世界一の品揃え」の中から、ユーザーの過去の閲覧・購入履歴から「あなたが次に欲しがるもの」を予測して提示し、ユーザーを「選ぶストレス」から解放しているのです。
さらに、ネットショッピングの最後に住所やカード番号を入力する「数分間の手間」は、実は購入意欲を低下させる最大の壁なのですが、アマゾンは「1‐Click注文」によってこれを徹底的に排除し、「欲しい」と思った瞬間に、理性が働く隙を与えず注文を完了させます。
そして、配送スピードの極限化によって、消費者の「今すぐ手に入れたい」という幼児的なまでの欲求にも寄り添っています。
最後に、買い物における最大のストレスは「失敗したくない」「騙されたくない」という不安ですが、アマゾンは、良い評価だけでなく、あえて「悪い評価」も可視化するカスタマーレビューで、消費者の「損をしたくない」という防衛本能を安心感に変えています。
さらに、「気に入らなければ簡単に返せる」という返品の容易さも、購入に伴う心理的リスク(欲望へのブレーキ)を取り除いています。
こうしてアマゾンは、紙のカタログベースのシアーズの進化形として、消費者の欲望を叶えるインフラとなりました。
文/坂出 健
『贅沢と欲望の経営史 あなたはなぜ今日もスタバに行ってしまうのか』 (光文社新書)
坂出 健

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