彫師は犯罪者か? 医師法違反でまさかの有罪、問われた職業選択の自由と日本初の訴訟費用クラウドファンディング
彫師は犯罪者か? 医師法違反でまさかの有罪、問われた職業選択の自由と日本初の訴訟費用クラウドファンディング

「タトゥーを施術する行為は医療行為か否か」——2015年に大阪府警が彫師を突然逮捕したことで始まったこの裁判をめぐり、弁護士の亀石倫子氏が率いる弁護団は、日本の縄文時代にまで遡るタトゥーの歴史や海外の制度を根拠に、彫師の無罪を訴えた。

だが結果は無念の有罪判決。

ルールには従えという心無いバッシング、クラウドファンディングの設立など戦いの記録がここに。

 

書籍『はじめての公共訴訟社会を動かす、私たちのツール』より一部を抜粋・再構成し、お届けする。

有罪判決

正式裁判を申し立て、彫師の医師法違反事件は大阪地方裁判所へ移送された。私は信頼できる5人の弁護士に声をかけ、弁護団を結成した。

同時に、何人かの信頼する新聞記者に「これからすごい裁判が始まる」と伝え、事件の概要や想定される争点、考え得る立証方法などを説明した。

通常の刑事裁判ではなく、憲法で保障された「職業選択の自由」や「表現の自由」が問題になる重要な裁判になる、と。

「タトゥー 医業か芸術か」「略式起訴の彫り師、無罪求め裁判へ」

「朝日新聞」大阪版の朝刊社会面に大きな記事が掲載されると、ほかの新聞、テレビ、雑誌などから続々と取材の申し入れがくるようになった。特徴的なのは、海外メディアからの関心が高かったことだ。

欧米では、タトゥーはファッションやアートとして広く受け入れられており、彫師に特化したライセンス制度を設けていたり、衛生管理等に関する講習を一定時間受けることで営業が許可されていたりする。

ジャパニーズスタイルと呼ばれる日本の和彫りは人気があり、繊細な美的感覚と高い技術を持つ日本の彫師は尊敬されているという。その日本の彫師が、医師免許がないことを理由に刑事裁判にかけられているのだ。海外メディアは、この驚くべき裁判を、日本特有のタトゥーに対するネガティブなイメージとともに報じた。

こうした報道に対する社会の反応はさまざまだった。

「タトゥーは嫌いだが医師免許を要求するのはおかしい」という意見もあったが、「なんの資格もないのに皮膚にインクを注入するという危険な行為をすれば、ケガをさせたり感染症になるリスクがあるのだから、医師免許を要求するのは当然だ」という批判的な意見のほうが多かった。

うんざりしたのは、「権利を主張するならルールを守ってからにしろ」というバッシングだ。

ルールはルール、悪法も法なり。どんなにおかしなルールでも、ルールである以上従うべきだと考える日本人は意外に多い。

しかし、不合理なルール、不必要なルールは見直す必要があるし、時代の変化とともに、あるべきルールも変わるはずだ。バッシングは想定内だった。私たち弁護団は、1年2か月にわたり、公判前の争点整理手続きを粛々と進めた。

「主文、被告人を罰金15万円に処する」

2017年4月の初公判。私たちは彫師の無罪を主張した。タトゥーを施術する行為には「治療目的」がなく、医療や保健指導とは関係がない。医師でなければできない「医行為」には当たらない。彫師に医師免許を要求することは、彫師の職業選択の自由や表現の自由を侵害することになる。

日本におけるタトゥーの歴史は古い。

縄文時代の土偶の顔にはタトゥーと考えられる線が刻まれ、弥生時代に記された『魏志倭人伝』にも、当時の日本人は顔や身体にタトゥーを施していたとの記録がある。

江戸時代には、世界でも類を見ない美しい装飾に発展した。南西諸島には、女性の手の甲に深青色の文様を施す「針突」と呼ばれる風習があった。北海道のアイヌ民族にも、女性が結婚や出産などの通過儀礼において皮膚に文様を施す文化があった。こうした長い歴史において、タトゥーを施すことが医療的行為だった事実はない。

明治時代には、道徳や秩序維持の観点からタトゥーの施術を禁止する条例があったが、1948年(昭和23年)、軽犯罪法に引き継がれる際に削除された。道徳的にも、刑罰で規制するような行為ではないと考えられたのだ。

前述した、厚労省が「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」は「医行為」だとの通達を出したのは、アートメイクに関する苦情や健康被害が急増したことを受けてのものだった。しかし、国民生活センターに寄せられた消費者からの膨大な情報を調べてみても、タトゥーの施術に関する苦情や健康被害はほとんどなかった。

被告人である彫師はもちろん、実際にタトゥーを施術してもらった客たちも法廷で証言をした。海外から輸入した使い捨ての針や器具、安全性が確認されたインクを用いて施術をしていること、施術による健康被害が生じていないこと、そして、客たちは皆、被告人である彫師による「作品」に心から満足していること。

「イレズミ」の研究者や皮膚科の医師、医師法の研究者は、それぞれの専門的知見から、タトゥーを施術する行為を「医行為」と考えることはできないと証言した。

8回の公判を重ねて弁論が終結した時には、裁判を傍聴していた誰もが「無罪」の心証を持ったに違いない。判決は大法廷で言い渡されることになり、多くのメディアが詰めかけた。しかし――。

「主文、被告人を罰金15万円に処する」

耳を疑った。有罪判決だった。法廷が静まり返る。

「本件行為(入れ墨を施術する行為)は、保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為である」

「入れ墨の施術に当たり、その危険性を十分に理解し、適切な判断や対応を行うためには、医学的知識及び技能が必要不可欠である」

だから医師免許が必要だというのだ。彫師の職業選択の自由や表現の自由についても、あっさり退けた。法廷は、被告人、そして、満席の傍聴席を埋める彫師たちの落胆に包まれていた。私は怒りに震えながら判決を聴いていた。あり得ない。非常識だ。

絶対にくつがえさなくてはならない。即日控訴した。

日本初のクラウドファンディング

一審の有罪判決が報じられると、そら見たことかと言わんばかりに一斉にバッシングが始まった。弁護団の主張は無理筋だ、と公然と批判する法律家もいた。

それまで熱心に取材していたメディアも潮が引くようにいなくなった。しかしそんなことよりも、あの時の被告人、そして傍聴席の彫師たちの失望と不安の表情が頭から離れなかった。絶対に、有罪判決をくつがえさなくてはならない。

私はずっと、控訴審でやるべきことを考えていた。彫師の職業選択の自由や表現の自由が、あまりにもあっさりと退けられたことに怒りを感じ、憲法で保障された彼らの権利を、もっと強く、説得的に主張しなくてはならないと思った。

そのためには憲法学者に協力を求める必要がある。医師法の研究者らを巻き込んで、「医行為」についての通説的な解釈を変更する必要もあった。彫師に特化したライセンスや、衛生管理に関する講習を実施している諸外国の制度についても立証したい。そして、それらをするにはとにもかくにもお金が必要だった。

事件を受任してからの2年間、全国の彫師たちが寄付を集め、弁護活動の費用を捻出してくれたが、それも底をついていた。どうにかして、もっと寄付を集められないか。ネットで情報を探していた時、クラウドファンディングで訴訟費用を集めるイギリスのウェブプラットフォーム「クラウドジャスティス」が、アメリカで事業を開始するに当たって200万ドルを調達したという記事を発見した。

クラウドジャスティスのホームページを見ると、政治、環境、移民、教育、障害、健康、雇用などさまざまな人権に関する訴訟が掲載されていて、それぞれのケースで、市民から多くの寄付を集めていた。

これだ。これしかない。

ところが、日本のクラウドファンディングのプラットフォームを検索してみても、訴訟費用を募っているケースは一つも見つからなかった。

なぜか日本では過去に例がない。なぜだろう。依頼者でない人から裁判の費用を支払ってもらうことは、弁護士法に違反するのだろうか。違法でないとしても、弁護士倫理上の問題になるだろうか。弁護士がネットで金集めをするなんて、という批判はあるかもしれない。

保守的な弁護士業界ではあり得ることだった。

しかし、ほかに手段はない。有罪判決をくつがえすためにはお金が必要だ。違法でない限り、私は何でもやると決めた。

「タトゥー裁判をあきらめない! 日本初、裁判費用をクラウドファンディングで集めたい」

2018年3月、クラウドファンディングのプラットフォーム「CAMPFIRE」で、日本で初めて、裁判費用を集めるプロジェクトが始まった。プロジェクトのページには、タトゥーの写真を1枚も掲載しなかった。

この訴訟は、タトゥーを賞賛したり、その是非を問うものではない。

長い間存続してきた一つの職業が、ある日突然「犯罪」とされることの不条理。私たちの暮らす社会で、こんなことがあってよいのだろうか。クラウドファンディングを通して、そう問いたかった。こんなことが許されたら、社会にとって好ましくないと思われるもの、邪魔だと思われるものは、同じように排除されていくだろう。

今は他人事でも、いつか自分の身に降りかかるかもしれない。彫師だけの問題ではない。タトゥーが好きか嫌いかは関係ない。

私たちは、どんな社会で暮らしていきたいのか、それが問われているのだ。

約50日間で、338万円ほどの寄付が集まった。これだけあれば十分な立証ができる。本当にありがたい。でも、それだけではなかった。

「私はタトゥーを入れている人に対し偏見がないとは言えません。しかし、見せしめのような逮捕はあってはならないと思います」

「ステレオタイプで多様性を認めない、息苦しい日本社会に風穴を開けるような判例をつくってください」

「おかしいことをおかしいと言える、そしてこれまでの考えをあらためて良くしていこうと努力する、そんな弁護士さんを応援したいから、そんな弁護士さんが必要だからぜひ使ってください」

「より寛容な社会をつくっていくため、職業として社会的に認知されうる地位を獲得するためにも頑張ってください」

「司法の世界とクラウドファンディングを結び付けるという発想に感銘を受けました」

「知らないうちに私たちの社会の包囲網が狭まっているんだと、初めて少し感じられ、じっとしているのは罪だと思い参加しました」

「これまで刑事弁護や行政訴訟は経済的要因により弁護士が好まない案件と言われてきましたが、今回の試みは現状を打破する大きな一歩になると確信しております」

「こうしたクラウドファンディングがあるのですね。自分の国、社会がどうあってほしいか、そうした思いを一個人が示すことのできる素晴らしい仕組みだと思います」

寄付とともにこうしたメッセージが届くたび、目頭が熱くなった。間違っていないんだと思えた。

有罪判決を受けようと、誰に何を言われようと、私たちは間違っていない。

たたかい続ける勇気を与えてくれた222人の支援者に、決してあきらめないことを誓った。

文/亀石倫子

はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール

井桁 大介 (著), 亀石 倫子 (著), 谷口 太規 (著), 丸山 央里絵 (著)
彫師は犯罪者か? 医師法違反でまさかの有罪、問われた職業選択の自由と日本初の訴訟費用クラウドファンディング
はじめての公共訴訟 社会を動かす、私たちのツール
2026/5/151,012円(税込)224ページISBN: 978-4087214109

社会の中で「おかしい」と感じたとき、不条理な壁に突き当たったとき、私たちは何ができるのか。差別、労働、環境問題、ジェンダー、社会保障──さまざまな課題に対し、裁判という方法で社会のあり方を問い直し、変革を働きかけるのが「公共訴訟」である。
本書は、実際の事例や当事者の物語を手がかりに、その歴史と役割を解説。公共訴訟はどのような戦略、連帯によって社会を変えてきたのか。裁判を「社会を動かすツール」としてとらえ、個人の声が制度や社会を変えていくプロセスと、その可能性を示す入門書。

同性婚訴訟、タトゥー裁判、大川原化工機事件、立候補年齢引き下げ訴訟……
もっと公正な社会を生きたいあなたへ

◆推薦◆
よりマシな社会をあきらめたくないすべての人へ。
ここに私と公共をつなぐ回路がある。
──哲学者 朱喜哲氏

少数の痛みは、「大したことない」ことにされやすい。
「こうなってほしい」が、感情の問題と一瞥(いちべつ)される。
公共訴訟はそんな社会の扉をこじ開ける、希望。
──NO YOUTH NO JAPAN創設者 能條桃子氏

自分たちの手で社会はどんどんよくしていくことができるなんて、なんだ、最高じゃないか。
──小説家 山内マリコ氏

◆目次◆
第1章 声をあげる人々、その物語──公共訴訟を知る
第2章 公共訴訟は社会をどう変えるか
第3章 公共訴訟の誕生と歴史
第4章 データで見る公共訴訟
第5章 なぜ数が少なく、勝ちにくいのか──公共訴訟の抱えるハードル
第6章 新たな動きが生み出す、新しい連帯
第7章 公共訴訟の未来

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