人を殺すのは犯罪なのに、戦争における大量殺戮はなぜ正当化されるのか。マレーシアの元首相のマハティール・モハマド氏は、戦争を犯罪とし指導者を処罰する仕組みと、紛争の平和的解決を最優先とする反戦文化の浸透の必要性を訴えている。
書籍『マハティール 百年の思想』より一部を抜粋・再構成し、国家が戦争に代わる選択肢を持つことができるのかを考察する。
戦争の犯罪化
今日の国際関係には紛争を未然に防ぐ仕組みが整えられていないので、最終的には国家間の戦争に発展してしまいます。世界の多くの国に影響を及ぼしているいくつもの対立関係を、戦争ではなく解決へと導くには、新しいリーダーシップが必要です。指導者のあり方を変える必要があるのです。
国家間の紛争を解決するためには、国連にもっと影響力を与え、各国の行動を制限する優れた国際法を規定する必要があります。今のところ、そのようなことができそうな指導者はいません。
だからこそ、紛争の解決策として戦争に訴えることを不可能にするか、違法とすることが重要なのです。例えば日本には、日本が侵略戦争をすることを違法とする憲法があります。
他の多くの国々もまた、侵略的戦争を禁ずるそのような憲法を持つ必要があるのです。紛争は交渉、仲裁、裁判を通じて平和的手段によって解決されるべきなのです。
私はASEAN(東南アジア諸国連合)の例をよく出します。東南アジアの10カ国(2025年に東ティモールが加わり11カ国になった)は、その指導者たちが毎年会合を開いて紛争を解決することができる組織を作ると決めたので、それによって戦争を回避するモデルを持っています。
もしすべての国々がASEAN諸国のように、紛争や対立を交渉や仲裁、法廷を通して解決することが可能だと信じるようになれば、世界は国家間の紛争を戦争によって解決しようとはしなくなるでしょう。
ただ、最近ではタイとカンボジアの間の紛争(2025年5月~)があり、ASEANモデルに若干のほころびができてしまいました。それでも、この紛争も交渉によってひとまず落ち着きました。
ASEANは、紛争が起きた際に交渉や仲裁、法廷を通じて解決すべきことを世界に示す良いモデルだと言えます。
世界の各国は、紛争が起きた際に戦争ではなく平和的解決をめざすことができる指導者を選ぶべきなのです。今、すべての指導者に課せられた使命は、国家間の紛争を解決する手段として戦争に訴えることを犯罪化すること、戦争をしてはならないことを明示することなのです。
そうしつつ、各国は良好な国際関係を築くことにより注力し、世界中の国際貿易を増やしていくべきです。バランスの取れた貿易によってのみ、世界中の国にとって良い経済の状態が実現できるでしょう。
戦争へと傾倒するのは、強大国
戦争とは人を殺し、私たちの身の回りのすべてを破壊することです。それは、国家間の紛争を解決するための非常にネガティブな手段と言えます。
国家間で紛争が生じた場合、最も良いのは平和的な手段で解決することです。紛争の解決のために戦争をする必要はまったくありません。そして、戦争はいずれにしても紛争を解決しません。
たとえある国が勝利を収めたとしても、ただ勝利を喜ぶことはできません。
私は第二次世界大戦終結80周年となる2025年8月に長崎を訪問しました。長崎の博物館では、長崎に投下された原子爆弾によって引き起こされた被害の大きさとその犠牲者の多さを実感しました。
今では、全世界を破壊できる核兵器も存在すると思われます。国家間の問題や紛争を解決するために戦争に頼り続けていたならば、最終的には核兵器を使用することになり、全世界が影響を受ける可能性もあります。そうなれば、紛争当事国だけではなく、世界中の人々の命が失われることになるでしょう。
私は長年、戦争を犯罪化するための運動に取り組んできました。私たちは二度の世界大戦を経験し、7000万人の命と、数兆ドルに及ぶ財産を失いました。世界大戦は、紛争を解決するための戦争を終わらせることを目的としていました。けれども強大な国々は今なお戦争に訴えることで、世界的な覇権を確立しようとしています。
その犠牲となるのはたいてい軍事的に弱い国々です。
このように戦争へと傾倒するのは、強大国が持つ特徴です。彼らは、毎回勝利を収められると信じているからこそ、戦争を始めるのです。けれども、強大な国々は実際には勝利していません。実際には相手国の犠牲者による報復が続き、それは無差別なものになってしまうことが多いのです。
戦争における殺戮は正当化される
かつては、戦争による被害は今と比べれば軽いものでした。犠牲者の数も今と比べたら少なかったのです。しかし、今日の兵器は恐ろしいもので、その被害は甚大なものになります。都市全体や数十万人の住民が、文字通り数秒で消し去られてしまうこともあります。
一部の核保有国には、人類全体を滅ぼす能力さえあります。「普通の」兵器でさえ、一国のすべての住民を殺戮し、破壊する力を持っています。
私は戦争を憎んでいます。なぜなら、それは人々、主に罪のない人々を殺すことだからです。
殺戮者たちは、英雄とさえされています。これは正しいことではないはずです。私たちは、兵士を派遣して人々を殺させる人々もまた、戦犯としてあつかう必要があります。
こうした理由から、私たちは防衛戦争を除くあらゆる戦争を犯罪とし、戦争を起こす者を処罰するためのキャンペーンを開始しました。
このキャンペーンを推進するため、私たちは「戦争の犯罪化」に向けた取り組みに特化したNGO(The Kuala Lumpur Foundation to Criminalise War:KLFCW)を2007年に設立し、雑誌も発行しています。これを通じて、より多くの人々、特に「砲弾の餌食」として利用されることになる若者たちに、戦争の犯罪性と、それを非合法化する必要性を理解してもらいたいと願っています。
私たちは、紛争の平和的解決を最優先とする反戦文化を浸透させなければなりません。戦争を道徳的に間違ったものとしなければなりません。戦争は原始的です。それは成功を収めるために野蛮な人々が採る手段に過ぎません。
現代の文明化された社会において、戦争をする余地はありません。戦争は、私たちに与えられた自然の恵みを傷付け、破壊し、すべてを荒廃させます。戦争を仕掛ける者たちは野蛮人と何ら変わりなく、最も厳しい処罰に値する犯罪者として非難されるべきなのです。
著者/マハティール・モハマド 編・訳/久志本 裕子
マハティール 百年の思想 イスラーム、日本、脱植民地主義への道
マハティール・モハマド (著), 久志本 裕子(編・訳)
1世紀を生き、植民地支配、日本占領、独立、国家建設と発展をその目で見つめてきた彼の思想の核心は、単なる反欧米でも経済成長至上主義でもなく、イスラームの倫理を基盤とした公正な社会と世界平和への希求にあった。
本書は、彼の日本への高い評価とルックイースト政策の真意、植民地主義を超える視座、宗教間共生への提言を立体的に描く。混迷する国際社会のなかで、日本とアジアが果たすべき役割を問い直す、百年の知恵が凝縮された1冊。
◆「はじめに」より◆
今日の日本は、地域の大国間で高まりつつある緊張を背景に、自国の役割を模索して、内なる葛藤に直面しているように見えます。
日本は、明確な立場を打ち出し、いかなる影響にも左右されないだけの勇気を持たなければなりません。
日本には独自の強みがあり、地域の緊張や紛争、さらには戦争の可能性を高めるような特定の陣営に与するべきではありません。
ーーマハティール・モハマド
◆目次◆
第1章 イギリス植民地統治下の少年時代
第2章 日本との出会い
第3章 思想の原点
第4章 イスラームはなぜ誤解されるのか
第5章 宗教の共生は可能か
第6章 モデルとしての日本
第7章 公正な世界に向けた日本とマレーシアの役割

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