ハードボイルド。

真夜中にひとり呟いてみると、残念ながら軽く死語だ。

少なくともここ10年、メディアで「ハードボイルド」なんて単語をほとんど聞いた記憶がない。すでに「アバンギャルド」と同レベルで昭和臭がある。しかし70年代、いや80年代前半あたりまでは邦画にもハードボイルド映画というジャンルがメインストリームにあった。

その代表格が、故・松田優作の一連の作品だろう。先日もWOWOWで『最も危険な遊戯』『殺人遊戯』等の代表作が一挙放送。40年近く前の映画が2016年になっても観られ続ける、いまだ人気健在の遊戯シリーズ。
そして、この松田優作が若かりし頃に死にたいくらいに憧れた俳優が、故・原田芳雄だった。

松田優作が真似た原田芳雄


松田優作と同時代に人気を二分していた萩原健一は、自著『ショーケン』の中でこう書いている。自宅にやってきた優作がやたらと原田芳雄はもうダメだと言う。だけど「あの憎まれ口は、憧れの裏返しだったんだろう。デビューしたてのころは、ヘアスタイル、レイバンのサングラス、しゃべり方にジーンズの上下というファッションまで、優作はとにかく原田さんの真似ばかりしていた」と。

そんな原田芳雄が90年代にバリバリのハードボイルド映画に主演したのが、今回取り上げる『われに撃つ用意あり READY TO SHOOT』である。
佐々木譲の小説「真夜中の遠い彼方」をあのピンク映画界の天才・若松孝二監督が好き勝手に映像化。
そして、出演は当時50歳の原田芳雄、桃井かおり、故・蟹江敬三という濃すぎる面々。なにせDVDパッケージには銃を構える原田芳雄と「国際都市SHINJUKUが戦場になる!」というなんだかヤバそうな煽りコピー。この作品をバブル真っ只中の90年11月に公開する、流行なんて知らんがな感には心から拍手を送りたい。

『われに撃つ用意あり』のストーリーは


映画の舞台は新宿・歌舞伎町。20年間続けた店を閉めるスナックのマスター郷田(原田芳雄)の元に逃げ込んで来た、ルー・シュウリン演じるひとりのアジア人美女(卓球の福原愛に激似)を巡り物語は展開していく。

ジャズ・バー風の店には、桃井かおりを始めとした閉店を惜しむ学生時代の全共闘の仲間たちが集結。68年10月21日の新宿騒乱から早20数年。
それぞれ40代中盤の大人になり、現実と折り合いを付けて生きている。機動隊と衝突して折られた前歯は学生時代は武勇伝でも、社会人になれば新しい歯をいれなきゃならない。ちきしょう、店内に流れるボブ・ディランの『風に吹かれて』が身に沁みるぜ……みたいな終わらない精神的モラトリアム。
その昔、新宿で暴れる学生達と対峙した刑事(蟹江敬三)も好景気に浮かれる平成の世に馴染めず、後輩刑事に「おまえなに着てるんだ?」と尋ね、一応ブランドモノだと返されると「おもえもブランドか」と寂しそうに吐き捨てる。誤解しないで欲しいのは、この映画は「あの頃(60年代)は良かった」ではなく、「あの頃はなんだったんだろう……」といい年こいた大人たちがガチで悩む映画である。
 

ハードボイルド=原田芳雄


世界を変えようとしたけど、結局どこにもいけなかった中年男女の物語。
青春を消化しきれない切なさ。思わずしんみりと画面を観ていると、終盤で美女を追う組織の殺し屋(『暴力教室』時の松田優作コスプレ風)に仲間が拳銃で撃たれてから、唐突に原田芳雄と桃井かおりのバディムービーに変貌する。しがないバーのマスターと雑誌ライターのはずが、いきなり最強のコンビと化して組織のアジトに乗り込むハードボイルド展開。
ここで、なんで赤いTシャツにオーバーオール姿のおっさんが、拳銃の扱いに慣れてるんだなんて真っ当な突っ込みは野暮だろう。装備は雑誌をガムテープで巻いた簡易防弾チョッキのみ。それでも銃をぶっ放し敵を倒すと絶叫。
あっさり美女も救出。もはや、原田芳雄は日本のジョン・ランボーである。

映画公開から26年。『われに撃つ用意あり』で時に楽しく優しく、誰より強い傷だらけのヒーローを演じた原田芳雄は2011年に癌のため71歳で死去。監督の若松孝二も翌12年に車にはねられ76歳で事故死。14年には蟹江敬三も69歳でこの世を去った。


『シン・ゴジラ』『君の名は。』『この世界の片隅に』と歴史的傑作揃いの2016年邦画界。今の日本映画には何でもある。だが、ハードボイルドだけがない。もしかしたら、原田芳雄の死と同時に「ハードボイルド」という言葉も死んだのかもしれない。

『われに撃つ用意あり READY TO SHOOT』
公開日:1990年11月17日
監督:若松孝二 出演:原田芳雄、桃井かおり、蟹江敬三、ルー・シュウリン
キネマ懺悔ポイント:35点(100点満点)
原田芳雄が駆け回る90年の新宿の街が懐かしすぎる本作。コマ劇場前でのベタな待ち合わせ風景、某都知事の浄化作戦前でエロと熱気ムンムンの歌舞伎町。石橋蓮司演ずる(なぜか)熱狂的ジャイアンツファンの派手な死にっぷりにも注目!
(死亡遊戯)


(参考文献)
ショーケン (萩原健一著/講談社)

※イメージ画像はamazonよりあの頃映画 「われに撃つ用意あり」 [DVD]