プロ野球の秋は別れの季節だ。

2017年も多くの選手たちがユニフォームを脱いだ。
引退表明後、みんなで見送る最後のマウンドや打席。
ある意味、予定調和の有終の美アングルと思いきや、過去の引退試合で強烈に印象に残っているのが、2006年10月1日に仙台で行われた楽天vsロッテの野村克則のケースである。

この日、現役最後の先発マスクを被った克則は、なんとロッテに1試合6盗塁を許すという悲惨な終わり方をする。
しかし、この結果に克則は逆に吹っ切れたという。あの「野村克也の息子」として過ごした、プロ野球人生はいかなるものだったか?

「おまえじゃ無理」父・克也の忠告


「おまえじゃ無理だ。苦労するのは目に見えてる。ちゃんとした会社に勤めて、安定したところに行け」

2011年末に出版された克則の自伝本『プロ失格』(日本文芸社)の中で、そのダメ出しの様子が詳しく書かれている。
明治大学4年時、「プロに行きたい」と当時ヤクルト監督を務めていた父・野村克也に相談した克則は、はっきりと忠告を受ける。

当時の克則は六大学リーグで首位打者や打点王も獲得したことがあるチームの主力選手だったが、捕手経験は大学2年秋からで守備面は不安視されていた。それにしても実の父親から、そしてプロ野球の一流監督からプロ入り前に就活相談したら「おまえじゃ無理」と言われる悲劇。

それでも、やってみなければ分からないと父を説得。結局、克則は95年ドラフト会議でヤクルトから3位指名を受けることになる。

カツノリを悩ませた"問題"とは?


登録名は当時イチローが流行らせたカタカナ名ブームの流れで「カツノリ」。ドラフト後、初めて顔を合わせた野村監督は、「息子だからと言って、一切おまえを特別扱いしないからな。
覚悟しておけ」
と宣言する。

今日から、親父じゃなくボス。やってやるぞ。だが、プロ入りした克則はいきなり絶望する。なぜなら、当時のヤクルトには全盛期バリバリの球界No.1キャッチャー古田敦也が絶対的正捕手として君臨していたからである。さらに第2捕手にものちに日本ハムへ移籍してオールスター戦に出場する野口寿浩がいた。

73年生まれの克則と古田は8歳差、野口とはたったの2歳差。のんびり引退を待っていたら自分がクビになっちまう。追い打ちをかけるように、ある問題が克則を悩ます。

サッチー問題である。90年代中盤から後半にかけて、『笑っていいとも!』出演などお茶の間の人気毒舌タレントとなっていた野村沙知代。ノムさんの妻にして、克則の母の強烈なキャラ。
イースタンで打席に入ると、人もまばらな二軍戦で観客席からこんな野次が飛んだ。

「ピンチヒッター、サッチー!」

23歳の新社会人の男にとって、これはしんどいしマジ恥ずかしい。父親が監督を務める球団で“親の七光り”と揶揄され、母親の存在を笑われ、マスコミからは「えこひいき」と面白おかしく書き立てられる。

だが、そんな辛い日々で克則を支えていたのは「俺は野村克也の息子である」というプライドだった。苦しむ原因も、苦しみから耐える術も偉大な親父の存在(長嶋一茂の自伝本『三流』でもほぼ同じ記述があったのは興味深い)。

三度、父親と同じユニフォームを着た野球人生


結局、99年までヤクルト在籍4年間で1軍計51試合出場、2000年には再び父が監督を務める阪神へ移籍することになる。

移籍初年度には43試合で打率.265、2本塁打と1軍の控え捕手として定着も、01年シーズン終了後に妻サッチーの脱税問題で野村監督が辞任。明治大学の先輩でもある星野仙一新監督のチーム改革で出番を失った克則は04年に巨人へ。

移籍後1年で戦力外もトライアウトで2打席連続アーチを放ち、新球団の楽天へ。すると、運命の皮肉か翌年には野村楽天が誕生することになる。プロで三度、父親と同じユニフォームを着ることになった数奇な野球人生も06年限りで現役引退。

6盗塁を許した引退試合では野村監督から「11年間、よくがんばったな」と労いの言葉を贈られたという。


常に偉大な父の背中を追い続けた男のプロ野球人生は通算222試合、打率.185、4本、17打点。引退翌年、楽天の二軍バッテリー担当育成コーチとなったシーズンに入団してきたのが、嶋基宏である。
自著ではその嶋を「コーチになって最初の教え子」と思い入れたっぷりに紹介してるが、のちに解説者ノムさんがやたらと嶋に対して厳しいのも、その向こう側に息子・克則の姿を見ているから……というのは邪推しすぎだろうか。

最後に克則が小学校3年生の時に書いた作文を紹介して終わりにしよう。

「ぼくが大きくなったら、プロ野球せんしゅになります。巨人の王さんにまけた、お父さんのかたきをとって、王さんの記録をやぶります。ゆめホームラン900本。お父さん、ぼくに力をかしてください」

(死亡遊戯)


(参考文献)
『プロ失格』(野村克則著/日本文芸社)