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電報がなくなる日は来るのか!?

(写真上から)弔電の「刺しゅう電報」と「うるし電報」。どちらも豪華できれいです。
昭和30年代、母が受け取った結婚祝いの祝電。「ゴケツコンヲシュクシ、スエナガクサチアレトイノル=ご結婚を祝し、末永く幸あれと祈る」。
他にも「トマル ヒデオ=泊まる ヒデオ」と書かれた家に帰れないことを伝える電報も(父が家に宛てた電報なのであて先も父の名前)

春は卒業、入学の季節。社会人にとっては組織変更・人事異動の季節である。
そんなこの季節によく目にするのが電報のコマーシャル。
卒業、入学のお祝い電報を贈りましょうというものだ。そして贈る電報はキャラクターぬいぐるみのついたものという設定だ。以前コネタでも電報についてお伝えしたように、やはり近年は贈り物の意味合いが強いものが主流だ。

ところで、私が社会人になりたての頃、一度だけ緊急連絡ということで電報を利用した例を間近に見た。新入社員が何の連絡もなく突然会社に来なくなったので心配した会社の人が自宅に行くより電報の方が早いからと「会社まで連絡請う」みたいな内容を送ったのだ。
当事は携帯電話はおろかまだポケベルもそれほどカジュアルに使われていた時代ではなく、緊急の連絡は固定電話が一般的だったけれど、一人暮らしの若者は全員が固定電話を持っていたわけではなかった。
最終的には「仕事が合わない、もう会社に行きたくない」ということだったので「何か大変なことが起こっているのではないか!」という会社側の心配は杞憂に終わったのでよかったけれど……。
こんな経験があるせいか、やたらとこの時期電報が気になるのだ。
今から十数年前のことではあるけれど、私の中で緊急用の電報というのはとても新鮮だった。

今では固定電話はもちろんのこと携帯電話はインターネットなど一般の人たちが気軽に使える通信手段がたくさんある。
そんな中、アメリカでは昨年ウェスタン・ユニオン社が150年以上続けていた電報サービスを廃止したという。

日本では電報のコマーシャルをやっているくらいだから今すぐ電報がなくなってしまうということはないだろうけれど、いずれ電報がなくなる日というのは来るのだろうか。
そこで日本の電報について調べてみた。
東西NTTが公表している資料に電報発信通数の推移というデータがあるのだが、これによると1965(昭和40)年は総数8,525万通(一般6,748万通、慶弔1,777万通)だったのが、以降1975(昭和50)年には4,525万通(一般1,620万通、慶弔2,905万通)と徐々に減っていき、2006(平成17)年には2,026万通(一般149万通 慶弔1,877万通)と最盛期の4分の1となっている。

う〜ん、でもこの数字思っていたより多い。
Hotwiredの報道によると、アメリカではウェスタン・ユニオン社がサービスを廃止する前年2005年に取り扱った電報の総数は2万通となっている。数字の上では日本はまだアメリカの1000倍もの利用があることになる。
NTT東日本に今後の電報について伺ったところ「数字を見ていただければおわかりいただけるように年々利用通数が減っているという現状はあります。かつては24時間配達を行っていましたが、緊急時の通信手段としての一般電報の利用が減少したこともあり1991年に夜間配達の見直しがされ、現在は24時間の配達サービスは行っていません。今後はやはり慶祝やお悔やみなどギフト的なものに特化していくと思われます」とのこと。

電報のサービスがなくなってしまう可能性があるのか、については総務省の「国民の必要最低限の通信手段」とする見解があるので、東西NTTで独自に判断するようなものではありません、とのことだった。
そこで、さらに総務省の担当部署である総合通信基盤局料金サービス課に問い合わせてみた。
「電報サービスが未来永劫続くということはありませんが、現時点で電報のサービスを見直すとか、廃止案が出ていることはありませんので今後すぐになくなるというものではありません」ということだった。

総務省によると「国民の必要最低限の通信手段」とはわかりやすく言えば電話やFAX、パソコンなど通信に必要なものを何も持っていなくとも配達できる場所さえあれば情報を受け取ることができる、ということのよう。
ちなみに、受け取る場合は国内どこにいても受け取れるが、送る場合は「国民の必要最低限の通信手段」といってもちょっと制限がある。公衆電話から電報を申し込む場合にはクレジットカードでの支払いしか受け付けてもらえない。テレフォンカードや通話料金で払えないのが残念。

今月末にはもう一つの通信手段であったポケットベルのサービスが終了。時代とともに通信手段は変わっていくけれど、電報には「必要最低限の通信手段」としての役割のほか、慶祝やお悔やみという使い方がある。NTT東日本の方がおっしゃっていたようにこれからも日本の電報は「言葉のギフト」として残っていくのかもしれませんね。
ちなみに日本で緊急時の通信手段として電報サービスがスタートしたのは1869(明治2)年、冠婚葬祭などでのメッセージを伝達する(祝電・弔電)のサービスが開始されたのは1936(昭和11)年。後から付加価値のあるサービスとして始めたものが今や主流になっているというのは何とも日本的ではありませんか。
(こや)

2007年3月25日 00時00分

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