整然と並べられた穴蔵のようなスペースに、疲れきった男たちがこもるように体を横たえ、ひとときのやすらぎを得る……。「カプセルホテル」といえば、そんな昭和の哀愁すら漂う簡易宿泊施設のイメージが強い。



 しかし、最近では、そのレトロフューチャーな雰囲気が若い世代に見直され、施設やシステムを刷新した「ネオ・カプセルホテル」ともいえる新規店舗が増えているという。外国人観光客からも「ジャパンオンリーのワンダーなホテル」として注目を浴び、海外メディアで取り上げられることが増えているようだ。

 そんな新たなムーブメントによって盛り上がりを見せるカプセルホテル業界のなかで、特に注目されているのが「IoT(Internet of Things/モノのインターネット)」を導入したホテルだ。話題の最先端技術が、カプセルホテルにどう生かされているのか。そもそも、最先端技術がカプセルホテルに必要なのか。実際に「IoTカプセルホテル」に宿泊してきた。


●業界初のIoT導入店に潜入!

 IoTとは、さまざまなモノがインターネットに接続されることで、ネットを介してモノをコントロールしたりモノ同士で相互に制御したりする仕組みのこと。実例としてよく挙げられるのが、「外出先からネットを介してエアコンを操作する」「冷蔵庫が、少なくなっている食材の情報を自分でネットに発信する」といったIoT家電だ。

 このIoT技術を業界で初めて導入したのが、「安心お宿 プレミア新橋汐留店」。カプセルホテルチェーンの「安心お宿」は新橋に2店舗あり、IoT技術導入店はJR新橋駅から少し離れている。広告には「最寄駅から徒歩240秒」と書いてあったが、筆者の足では5分以上かかってしまった。

 なんとかホテルにたどり着き、外観を見ると、看板や内装から謎のアジアン感が漂っている。
首都圏在住の方であれば、「アジアン感」と聞くだけで、このカプセルホテルが「パセラ系」であることに気づくはずだ。

 ニュートンという運営会社が展開する「パセラリゾーツ」は、都内でカラオケやパーティスペースを10店舗以上かまえており、バリ風の内装や過剰なサービス、名物「ハニトー(ハニートースト)」などでおなじみだ。ほかにも、「パチスロ グリンピース」やレストラン、カフェなどを手がけている業界の風雲児である。

 同グループでホテル事業を手がけているのが、サンザだ。都内にラブホテルとシティホテルの中間のような業態「バリアンリゾート」を展開し、伊豆にも「アンダリゾート伊豆高原」などのリゾートホテルを運営している。このサンザが手がけているカプセルホテル業態が、「安心お宿」なのだ。


●浴場やトイレの混雑ぶりが一目瞭然のIoT端末

「安心お宿」の宿泊料金は「バリュー」プランで1泊4980円。付近のカプセルホテルの平均価格が5000円程度なので、ほぼ相場通りといっていい。

 IoTが導入されているのは5部屋限定の「プレミア」タイプのみ。料金は1泊6480円となるが、横から入れるキャビンタイプのカプセルベッドに、デスク&チェアを完備したプライベートスペースもあるという、まさにプレミアムな仕様だ。この最先端かつ最高級の部屋に、迷わずチェックインした。

 パセラ系の特色でもあるが、フロント周辺やエレベーターなどのあらゆるところに案内や使い方を記したインストラクションカードが貼ってある。
バーコード認証によってドアを解錠すると、カプセルが並ぶ宿泊エリアに到達。もっとも、端に位置するプレミアタイプのスペースは角部屋なので窓もあり、デスク&チェアもしっかりとしたつくり。まさに、ビジネスホテル並みの設備だ。

 カプセルホテルのため、完全個室ではなくカーテンで仕切られているだけというのが難点だが、予想以上に清潔で快適そうだ。

 キャビンタイプのカプセル内には、足元に40インチの大型液晶テレビがあり、ワイヤレスヘッドホンも付属している。さらに、全室にタブレット端末が設置してあるため、ネットやビデオオンデマンドサービスを楽しめるようになっている。
そして、肝心のIoTも、この端末で操作できるようだ。

 さっそくIoT画面を呼び出してみると、「トイレ」「浴場」「カフェ」の表示があり、それぞれ人数の目安になるアイコンが光っている。この画面を見れば、各施設の混雑具合がリアルタイムで把握できるシステムだ。

 想像していた近未来的な雰囲気とはだいぶ違うが、確かに風呂は空いているほうが心地いい。そこで、混んでいる浴場は後回しにして、空いていそうなトイレに行ってみた。確かに誰もいない。
個室に入って座ってみたが、トイレットペーパーのホルダーにも「お肌に優しい『ふわふわ』仕様です。」などとインストラクションカードが貼ってあり、パセラ特有のスキのなさを堪能することができた。

 カプセルに戻り、とりあえず浴場の人が少なくなるまで端末とにらめっこ。最初はバカにしていたが、「あ、減った」「増えた」と変化が激しく、意外と目が離せない。準備を終え、表示がゼロになった瞬間に浴場に向かったら、確かに誰もいなかった。

 ちなみに、風呂は「安心お宿」自慢の人工温泉だ。やや温水プールのようなにおいがするが、清潔で気持ちいい。ミストサウナも併設されており、水蒸気がムンムン状態の中に突入して思いきりむせてしまったが、1人だったので恥ずかしさはなかった。

 風呂上がりに最上階のカフェに行こうと思ったが、混雑していると嫌なので一度カプセルに戻ってIoT画面をチェック。自分でも「わざわざ何をしているんだ?」と思ったが、このIoT端末の存在によって、その後も空いているところを狙って行動するようになってしまった。

●浴場やトイレの混雑、どうやって確認?

 実際に宿泊した感想は、確かにIoTシステムは便利だということ。ただし、ひとつ残った疑問は、混雑情報をどうやって確認しているのかという点だ。浴槽がネットに接続されていたりするのだろうか。

 従業員に聞くと、「足元や天井部にセンサーが付いていて、それでだいたいの人数を把握するシステムになっています」という。非常に単純な仕組みだが、IoTには違いない。

 そこで、あらためて気づいたのが、このIoT情報を得ることができるのはプレミアタイプの5部屋のみということだ。情報を得て効率よく行動できるのは5名だけで、そのほかの一般客は混雑具合などは実際に行ってみないとわからない。

 わずかながら、情報格差が生まれているといえるわけだ。今回は“情報強者”の立場でメリットを享受することができたが、今後IoTが大幅に進化したとしても、その情報を効率よく得て活用することができなければ、あまり意味はないのかもしれない。
(文=ソマリキヨシロウ/清談社)