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「昭和元禄落語心中」7話。菊比古助六みよ吉の危ない関係

2016年2月26日 10時30分

ライター情報:杉江松恋

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昭和の風俗を背景に描きつつ展開する「昭和元禄落語心中」、エピソード7は雲田はるこの原作から離れた、オリジナル回だった。

といっても、原作から完全に外れたわけではなく、描かれたのはそれを補強するエピソードである。まず、若き2人の二ツ目・有楽亭菊比古と同助六、そして芸者のみよ吉との三角関係が原作以上に念入りに描かれた。今回のハイライトは、デートの約束をしていたはずの菊比古が現われず、業を煮やしたみよ吉が下宿を訪れる場面だろう。菊比古は部屋にいた。酔いつぶれた助六を耳かきでおとなしくさせ、膝枕で寝かしつけていたのである。それを見て頭に血が昇ったみよ吉は、菊比古の膝から助六を引き剥がしにかかる。とんだ修羅場である。稽古に熱が入るばかりに恋愛どころではなくなった菊比古と、そんな男の心中を察するがために心が焦るみよ吉との距離は、この先縮まることがあるのだろうか。

もう1つは、菊比古と助六の関係である。鹿芝居の成功から芸に開眼し、人気も急上昇の菊比古と、逆に出る杭は打たれるとばかりに、生意気で上を上とも思わない態度が師匠方に疎まれるようになってきた助六、その2人の境遇の違いが明確にされた回でもある。2人が出世していけば真打昇進も夢ではなく、そうなれば前回も書いたとおり八代目有楽亭八雲の名跡を誰が継ぐかという問題も現実のものになってくる。2人が仲良く下宿で酒を酌み交わしていられる日々も、そう長くはないのだろう。

巡業甘いか酸っぱいか


今回の話の中で、菊比古が師匠の八雲から親子会で地方巡業に出ようと誘われる場面があった。東京・大阪・名古屋といった定席のある場所以外でも定期的に落語会が開かれる都市は少なくないが、六代目三遊亭圓生『寄席切絵図』を読むと、戦前には3都市以外にも定席のある町があったことがわかる。そうした街を行く旅もあっただろうが(たぶん八雲一行が出かけるのはこっち)、旅芸人の一座めいた巡業も少なくはなかったはずである。故・三遊亭円之助『はなしか稼業』には、旧正月に獅子舞と一緒に農家を周った話が出てくる。家々を訪ねて歩き、祝儀を貰うのである。多く祝儀をくれた家では、獅子舞だけではなくて落語もやるというわけだ。

──落語の途中で
「くださいな」
店の方から、女の客の声がした。
「はいはい、何ですかの」
お婆さんは大儀そうに立ち上ると、店の方へ行ってしまった。
お婆さん1人に聞かせていた落語である。そのお婆さんがいなくなっては落語を続けても仕方がない。

ライター情報

杉江松恋

1968年生まれ。小説書評と東方Projectに命を賭けるフリーライター。あちこちに連載しています。

URL:Twitter:@from41tohomania

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