共謀罪(テロ等準備罪)が衆議院で可決し、現在参議院で審議が進められています。

政府はあくまでテロ対策の一環だとしていますが、一般市民への適用を避ける措置が不明確で、政府による恣意的な運用も可能と思われることから、様々な著名人や団体が反対を表明しています。
また、プライバシー権に関する国連特別報告者も、日本政府に対して懸念の書簡を送る等、懸念は国内だけに留まりません。


共謀罪に賛成する人々の「被害者心理」


なぜ、善良な市民たちが「共謀罪」に賛成するのか?【勝部元気のウェブ時評】

ところが、世論調査を見ると、賛成と反対はほぼ拮抗している状態です。担当大臣である金田法相が圧倒的に不安定な答弁を繰り返しているにもかかわらず、また、論点としてあがっている「文言や適用対象の抽象性」や「テロとは無関係のものも含むこと」等に関する説明が合理的なレベルでなされているとは言えないにも関わらず、それでも反対が多数という状況ではないのです。

では、なぜ彼らは共謀罪に賛成をするのでしょうか? 確かに海外で増加するテロに不安を覚えているから賛成するという側面もあるでしょう。でも彼らの不安というのは決してテロに限らず、日本の治安全般に対しても感じているように思います。

そう言うと至極当たり前のことのように聞こえるかもれません。より的確に表現するならば、共謀罪の創設によって仮に多少の恣意的な運用があったとしても、自分たちが「加害者になる可能性」よりも、現在実感として感じている「被害者から脱する可能性」のほうが高いと考えているのではないかと思うのです。


つまり、かなり強い「被害者側の視線」を持ち合わせているわけです。だからいくら野党や著名人が「加害者になる可能性」という視点から共謀罪の危険性を説明したところで、被害者側の視点から賛成している人々の耳にはなかなか届かないのだと思いました。


共謀罪賛成の裏にある治安対策への失望


もしそうだとすれば、なぜ彼らは被害者という視点を強く有するようになったのでしょうか? 実際の犯罪件数自体は減少傾向にあり、治安自体が悪化しているわけではなさそうです。おそらくその原因として考えられるのは、これまで脈々と続いてきた日本の治安対策の著しい欠陥にあると思います。

これまでにも再三にわたり指摘してきた論点ですが、日本は「法治国家」というよりも「人治国家」であり、同調圧力や相互監視をもとに社会秩序を維持してきました。つまり、「悪いものが悪い」わけではなく、「みんなに迷惑をかけることが悪い」としてきたのです。小さい頃から「悪いことをしてはいけません」ではなく、「迷惑をかけてはいけません」と言われて育った人も多いことでしょう。


もちろんそのメリットもありますが、デメリットも無数にあります。とりわけ、「悪いものが悪い」ということが社会のルールとして確立されていないと、声の大きな社会的強者が加害者で声の小さい社会的弱者が被害者になるようなケースでは、被害者の頼れるものが非常に脆弱で、泣き寝入りせざるを得ないという傾向が生じます。

また、ルールとして定められていてもそれが有名無実であることも少なくありませんが、それも被害者には大変不利な状況です。その代表例がイジメでしょう。殴る蹴るといったイジメは、本来は暴行罪という明確な罪ですが、学校の中ではなぜか法律が適用されず、暴力がまかり通っています。また、強制わいせつ罪に該当するセクハラが法的に問題になることとも少ないですし、ブラック企業も「社会人として当然のこと」として労働基準法に違反することを平気で行っています。
つまり、法治が全く機能していないわけです。

それに加えて、たとえ法律で禁止にしたとしても、罰則ではなく努力義務に留めることも多いことも問題と言えるでしょう。他の先進国では当たり前に罰則を設けられているものが、日本では野放しということが少なくありません。

このように、「法によるまともな治安対策」が機能しているとは言い難い社会であり、法という盾くらいしか自分を守る術の無い弱者からすれば、盾がほとんど無い社会なのです。要するに、社会的に弱い立場にある人ほど「体感治安が悪い」と感じているのではないでしょうか。


野党は「効果のある治安対策」を示して欲しい


このような事情から、多くの人がこれまでの治安対策に失望を抱いており、それが共謀罪に対する賛成に繋がっているのではないかと私は考えています。


テレビでとあるコメンテーターが「性善説に頼るのはもう限界だ」というセリフを述べて共謀罪に賛成していたことが非常に印象的だったのですが、彼の感覚はまさに治安対策に対する失望を表していると言えるでしょう。

ですが、もちろん、まっとうに治安対策を考えるのであれば、必要なのは決して共謀罪ではありません。

(1)悪いものは悪いと明確に規定する
(2)規定したものを例外なく全てに適用する
(3)努力義務ではなく厳しい罰則を設ける

という治安対策の最も基本的なことを個別具体的に行い、法治をしっかりと機能させ、確実に犯罪の芽を摘む刑事政策を実行することが必要です。

野党も反対するに留めず、共謀罪に賛成している人々に向けて、上記3つを明示した「本当に効果のある治安対策」という別の選択肢を対案として提示して欲しいと思います。
最後に、これを読んでくださったことで、反対派の方々が「賛成派の人に対して今までのような訴え方ではダメだ」と気が付くきっかけになれば嬉しいですし、賛成派の方々にも「自分のニーズに応えられるのは共謀罪ではないかも」と感じて頂ければ嬉しいと思っています。
(勝部元気)