※本稿は、板倉京『女税理士が教える 女性のための自分の資産のつくり方』(BOW BOOKS)の一部を抜粋・再編集したものです。
■それ、本人はやってくれません
離婚は「3組に1組」ともいわれるほど身近な問題となりましたが、夫の認知症と死は、もっと高確率のリスクです。
認知症になる人は、65歳以上で5人に1人、85歳を超えると3人に1人(厚生労働省推計)。亡くなるのは全員です。そして、女性のほうが長生きなので、多くの妻が夫の相続を経験します。
この本は、女性が自分の資産を築き、損をしないための本です。それなら、これだけ確率の高いリスクを放っておくわけにはいきません。
ところで、多くの人が、夫の相続対策や認知症対策は、夫がするものだと思い込んでいます。そして、「夫が相続対策をしてくれない」「夫に任せるしかない」と目をそらしてしまう。
正直言って、夫自身は、自分が認知症になっても、死んでも困りません。だって、死んじゃうわけですから。
夫の認知症や相続で困るのは周りにいる家族、おもに妻です。
だからこそ、夫の相続対策と認知症対策は、妻が主導権を握るべきです。
40代でも50代でも突然倒れる人はいます。「まだ大丈夫」は、危険な思い込みです。
■相続の困りごとに備える
では、まず相続から。
相続で困ることは大きく、次の3つ。それに備えていけばいいのです。
① 相続手続き
② 遺産分割
③ 相続税
① 相続手続き
一度でも経験のある人なら、大きくうなずいてくれると思いますが、人ひとりが亡くなった後の手続きは、膨大です。
葬儀の手配から始まり、役所の手続き、財産の名義変更、公共料金の口座切り替え、生命保険の請求、クレジットカードや電話、インターネット、サブスクの解約などなど。
こうした手続きを、何の情報もなしに行うのは本当に大変です。
Cさん(55歳)のケース
Cさんは共働きの会社員でした。お金はそれぞれ自分で管理していたため、夫の銀行口座や証券口座の情報はほとんど把握していませんでした。
夫が突然の心筋梗塞で亡くなったあと、Cさんの苦行が始まりました。
まず、夫の口座がいくつあるかもわからない状態からスタート。心当たりの銀行・証券会社を1つずつ当たって残高や自動引き落としを調べ、解約や名義変更の手続きを進めます。仕事の合間を縫って書類を集め、金融機関を回る日々が続きました。
さらに大変だったのが、契約の解除です。
なんとなく把握していたスポーツクラブや動画配信サービスに加えて、細かいアプリや定期購入・何枚もあるクレジットカードをすべて洗い出し、解約の手続きをします。
中には、ネット経由でしか手続きができないものもありました。しかしCさんは、夫のパソコンのパスワードさえ知りません。そのため、解約ができず、無駄な料金が引き落とされ続けることになったものもありました。
「夫を亡くした悲しみの中で、仕事をしながらの相続手続き。
【対応策】財産リストを作る
「夫婦の財産リストを作ろう」というのは、すでにお伝えしてきました。でも、相続の観点からは、もう一歩踏み込んだリストがあると助かります。
あるといいのは、契約しているサービスの情報。クレジットカード、サブスク、携帯電話、ネット回線、公共料金の引き落とし口座など。夫名義の口座が凍結されると、これらが全部止まります。
いざというとき、何を止めて何を切り替えればいいかがわかるリストが一枚あるだけで、混乱の中で一から探し回らずにすみます。
お金が定期的に出ていくものについては、連絡先や対応方法、パスワードまでリスト化しておくことをおすすめします。
■“欲張りだから”もめるのではない
② 遺産分割
相続で「もめる」と聞くと、欲張りな人がいてみんなを振り回す、みたいなイメージを持つかもしれませんが、そんなことは滅多にありません。
みんながいい人で空気を読んで本音を言えず、モヤモヤと気まずさだけが残る、実際は、そんなケースが圧倒的に多いのです。
たとえば、夫の遺産が自宅3000万円+預貯金1000万円、相続人が妻と子ども2人の場合。法定相続分通りなら妻2000万円、子が1000万円ずつです。
家は母に譲るとして、現金をどう分けるか。
子どもたちにも住宅ローンや教育費があり、「お母さんが全部取っていいよ」とは言えない。妻は、家があっても預金がないと老後が不安。誰かが譲らなければいけないけれど、誰が譲ればいいのか。誰も本音を言い出せない。誰が悪いわけでもないのに、気まずい空気だけが残る。これが、実際にいちばんよくある相続の「もめ方」です。
■子供がいない夫婦のケース
これとは違い、本格的にもめ事になりやすいのが、子どものいない夫婦です。
子どものいない夫婦の場合、法定相続人は配偶者と故人の親(両親ともに他界していれば兄弟姉妹)になります。
法定相続分は、
・親が相続人の場合 妻2/3、親1/3
・兄弟姉妹が相続人の場合 妻3/4、兄弟姉妹1/4
です。
夫の死後、義父母や義理のきょうだいと夫の遺産を分ける話し合いをする……想像しただけでゾッとしませんか?
Dさん(59歳)のケース
Dさん夫婦は、子どものいない共働き夫婦でした。
自宅マンション(時価8000万円)の名義は夫8割・Dさん2割。夫名義の預貯金は約3500万円、Dさん名義は約800万円。
Dさんの口座を生活費口座にして、夫の口座を預金口座としていました。ふたりで貯めたお金はふたりのものという認識でいたそうです。
その夫が突然のくも膜下出血で亡くなりました。遺言書はなく、相続人はDさんと夫の両親です。葬儀のあと、義父母から「私たちにも相続分があるんだから、きちんと話し合いましょう」と言われました。
総額9900万円(夫のマンションの持ち分6400万円+預貯金約3500万円)の遺産のうち、Dさんの法定相続分は6600万円、両親は3300万円。Dさんがマンションの持分(6400万円)を相続すれば、預貯金のほとんどを両親に渡すことになります。
「夫の口座には、私が稼いだ分もたくさん入っているのに……」
でも、夫名義で預貯金を積み上げてきた以上、どうすることもできません。
恐ろしいですよね。でも、これは実話です。
■では、どうすればよかったのか
【対応策】遺言書を書く
もし、「すべての財産を妻に相続させる」という遺言書があれば、両親が請求できる金額は遺留分の約1650万円に抑えることができました。だいたい、そういった遺言書があれば、親御さんも「相続権がある」などと言い出さなかったかもしれません。
遺留分とは、相続人に最低限認められる相続分のこと。この場合の親の遺留分は、法定相続分の2分の1。兄弟姉妹には遺留分がありません。
遺言書はどんな家庭にも必要ですが、子どものいない夫婦には必須アイテムです。
未成年の子がいる方にも、遺言書は必須です。
この年代だと「まだ遺言書なんて……」と他人事に感じるかもしれません。でも、遺言書がないまま亡くなると、非常に面倒な手続きが発生します。
未成年の子どもは法律行為ができないため、遺産の分け方を決めるためには「特別代理人」を家庭裁判所で選任しなければなりません。
ちなみに母親が代理人になることはできません。なぜなら、母親自身も相続人で、子どもと遺産を取り合う相手となるからです。
特別代理人を選ぶには、家庭裁判所に書類を提出し、「なぜこの人にお願いするのか」という理由書を書く必要があります。しかも特別代理人は子どもの権利を守る立場なので、基本的には法定相続分通りの分け方になりやすく、柔軟な話し合いが難しくなります。遺言書があれば、こうした面倒な手続き自体が不要になります。
■書き方ひとつで無効になるリスクがある
「すべての財産を妻に相続させる」というシンプルな内容なら、自筆証書遺言(自分で手書きで作る遺言書)で十分です。書き方はこれだけです。
・PCは用いず、自筆で書く。(財産目録など一部は例外あり。)
・日付を書く。
・署名して押印する。
これだけで有効な遺言書になります。
財産が多い場合や相続人が複雑な場合は、公正証書遺言(公証人に依頼して作る遺言書)をおすすめします。
自筆証書遺言は、書き方ひとつで無効になるリスクがあります。公正証書遺言なら、公証人が作成するので、そのリスクはほぼゼロ。費用は数万円から十数万円かかりますが、安心を買うと思えば高くありません。
■インフレで控除額を超えてしまうケースも…
③ 思わぬ相続税
「相続税なんて、うちには関係ない」と思っている人は多いようですが、今では全国で亡くなった方の10人に1人が相続税の申告対象です。東京都に限れば、5人に1人。
ここ数年の地価や株価の上昇で、以前なら基礎控除(3000万円+600万円×法定相続人)以内に収まっていた家庭でも、超えてしまうケースが増えているのです。
【対応策】相続税を試算しておく
財産リストをもとに、ざっくりでいいので試算してみてください。(詳しい方法は本書で解説しています)
夫名義の財産の合計額が、基礎控除を超えるかどうか。超えそうなら、税理士に相談する。超えなければ、それだけで安心材料になります。確認して損することはありません。
相続税がかかるとわかれば、生前贈与をする、生命保険の非課税枠を活用するなど、できる対策があります。
■相続で困りにくい夫婦の特徴
この本でずっと書いてきたのは、家事や育児の負担、そして、その結果として生じる収入の差を放置せず、夫婦の財産のバランスを整えておくこと。お互いの財産をオープンにして、話し合いながら名義を整えていくことでした。
これはそのまま相続手続きの備えになります。
情報が共有されていれば、まず、「何がどこにあるかわからない」ということがなくなり、手続きの負担はぐっと軽くなります。
また、夫婦の財産のバランスがとれていることも、相続には効果があります。
財産が夫に集中していれば、遺産分割の対象も大きくなり、相続税もかかりやすくなる。夫婦の財産バランスが取れていれば、妻が最初から持っている財産がある分、遺産分割で追い込まれにくく、相続税も抑えやすい。
Dさんのケースを思い出してください。
Dさん夫婦は、協力して財産を築いていました。でも、夫が亡くなったあと、義父母に多額のお金を渡すことになってしまいました。
問題は、財産が夫名義に偏っていたことです。
毎月の生活費はDさんの口座から出して、夫の口座は貯める口座にしていた。ふたりで稼いだお金なのに、お金はほとんど全部「夫名義」になっていたのです。
多分、深い意味はなかったと思います。「夫のほうが収入が多いから」「夫の口座にまとめたほうが管理しやすいから」、なんとなくそうしている……。
でも、その「なんとなく」が、相続のときにDさんを追い詰めてしまいました。
仮に、逆の使い方をしていたら。
夫の口座から生活費を出して、Dさんの口座にお金を貯めていく。同じ夫婦で、同じだけ稼いで、同じだけ貯めても、貯まっていく先は妻名義になる。そうしておけば、夫が先に亡くなっても、Dさんの手元には最初から自分名義のまとまった預貯金があります。義父母との話し合いも、ぐっと楽になっていたはずです。
名義の偏りは、相続税にも効いてきます。
たとえば、同じ「夫婦で8000万円」でも、夫1人の名義で8000万円あるのと、夫婦それぞれ4000万円ずつ持っているのとでは、相続税が変わります。
相続税は、家庭全体の財産ではなく、亡くなった人の名義の財産にかかるからです。
財産が誰の名義になっているのかが重要だ、ということがおわかりいただけたのではないでしょうか。
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板倉 京(いたくら・みやこ)
税理士、マネージャーナリスト
保険会社・財産コンサルティング会社、税理士法人等で税理士業務に携わる。開業独立している女性税理士の組織、ウーマン・タックス代表。テレビ出演や全国での講演、書籍の執筆などの活動も多数。著書に『夫に読ませたくない相続の教科書』(文春新書)、『定年前後のお金の正解』(ダイヤモンド社)など。
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(税理士、マネージャーナリスト 板倉 京)

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