■熱中症になったら、体を冷やすことが最優先
暑い。避暑地として名高い長野県に住む私も、梅雨開けとともに、昼間は気づけばつい「暑い」が口をついて出てくる。
気象庁のまとめによると、10年前の2015年には、最高気温が35℃以上になる「猛暑日」の日数は、6月~8月の間で東京都で11日、私が住む長野県で7日だった。一方、2025年の6月~8月の間では、東京都で25日、私が住む長野県では26日観測されている。2026年からは、気象庁が最高気温40℃以上の日の名称を「酷暑日(こくしょび)」とすることを決定した。日本は確実に暑くなっている。
熱中症は、厳しい暑さの中で、熱が体に吸収されることで引き起こされる――と勘違いしている人も多いのではないだろうか。しかし、熱中症の専門家である医師の永島計さんによれば、熱中症とは、自分の体が常に作り出している熱を体の外に出せない状態になることによって起こる、体温調節の障害だという。暑さは、体が作り出す熱を体外に逃がせなくなる環境要因の一つに過ぎない。
永島さんによれば、たとえ健康な人であっても、体温調節が機能しなくなって体の中心温度が上がると、重要な臓器や組織がダメージを受け、短時間で健康状態が悪化して、死に至ることもあるという。
熱中症は誰もがかかる可能性がある、侮れない病気なのだ。永島さんは「熱中症で大切なのは、初期対応です」と指摘する。では、熱中症になってしまった場合、どんな対応をすればいいのだろう。
熱中症の重症度によって対処方法の詳細は異なるものの、いずれの場合も共通しているのが水分補給と体の冷却だ。水分補給の必要性とそのポイントについては前編で紹介した。本稿では、「体を冷やす」方法と注意点について紹介する。
■熱中症対策には効果のない“冷感グッズ”
永島さんは、「実際に体を冷やすということと、感覚的に冷たいということを混同しているケースが本当に多いんです」と切り出した。
「例えば暑い所で運動した後にクーラーが効いた部屋に移動すると、体が冷え切っていなくても暑さを感じなくなりますよね。それは皮膚の温度が下がるからなんです。サウナのあとに水風呂に入ると、すぐに体が冷えたような気持ちになるのも同じです。どちらも、皮膚の感覚に騙されている状態なんです」
感覚神経の表面にある温度の受容体は、本来熱いものや冷たいものに反応して、その情報を脳に伝達する。
冷たさを受容する受容体が、メントールなどの冷涼感のある化学物質と結合すると、実際には冷たくないにもかかわらず、脳に「冷たい」という情報を伝達してしまうのだ。
同じ理屈で、冷却ジェルシートを貼っても、「冷たい感覚」が得られているにすぎず、「実際に冷やす効果は全くない」と永島さんは言う。
では、冷凍庫で冷やして首に回しかけるネッククーラーはどうだろう。冷凍庫で冷やしている分、冷却ジェルと比べるとたしかに冷たいような気もするが……。
「ひやっとして気持ちはいいけれども、実質的にはほとんど冷えないと思います。だって、どんどん熱をつくっている人間のからだを、同じ温度の同じ量のお湯だと想像してみてください。37℃で50リットルのお湯にネッククーラーを1つ入れたとして、そのお湯は冷えるでしょうか?」
……うーん、お湯は冷えないどころか、ネッククーラーの方が温まってしまいそうだ。こうした「冷やすこと」と「冷たい感覚」の混同が、熱中症対策の仕掛けにおける根源的な間違いを生んでいる、と永島さんは訴える。
■手のひらを冷やす効果は、限定的
最近は、複数のメディアで「手のひらを冷やすと効率的に体を冷やせる」という話もちらほら見かける。その真意はどうなのだろう。永島さんに尋ねると、「ああ、AVAですね」と解説してくれた。
AVA(動静脈吻合)は、毛細血管を介さずに静脈と動脈をバイパスのようにつなぐ血管で、体の中心温度と外側の温度を調節する役割を担う。毛細血管よりも太く、交感神経からの指令で、体温変化に応じてその太さが調節される。暑いときはAVAが太くなり、動脈から静脈により多くの血液が流れて、皮膚表面近くの静脈を介して熱を効率的に外に逃がす仕組みだ。
永島さんによれば、このAVAを冷やすことで、体温調節の働きをサポートしようというのが、「手のひらを冷やす」の正体だ。手足や口唇、耳介などに存在するAVAのうち、手のひらが最も冷やしやすい。
しかし永島さんは、「実は手のひらだけを冷やしてもあんまり意味はなくて、もうちょっと先、肘下ぐらいまで水につけて、5分くらいしっかり冷やさないと効果はないんです」という。
「しかも、血管ってとってもセンシティブなので、あんまり冷たいと収縮してしまって逆効果なんですよ。なので、自分の体温がものすごく上がって、体がAVAを開かせようとしているときじゃないと役に立ちません」
特に重症の場合は、氷水をいれたプール(アイスバス)に体を入れて冷やすことが有効だという。しかし実際は、プールを用意するのも氷水を管理するのもなかなか難しい。では、どうすればいいのだろう。
■効果的なのが「風」
永島さんは、まずは涼しい所に移動すること、そして濡らしたタオルで体を覆うなどの方法が有効だという。さらに、日常生活でもっと手軽に体を冷やす方法はないのかと尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「割と効率的なのは、風なんです。氷水で冷やすのは伝導性がいいので熱は逃げやすくなるんですが、日常では、いかに空気に熱を逃がしていくかっていうのが大切ですね。風を当てると汗が皮膚から蒸発する速度が速くなり、それによって体の熱を空気中に逃がしてくれますから、扇風機などを利用するのはいい方法です」
さらに、風によって対流がおこり、皮膚表面近くにある温かく湿った空気がより冷たい空気に入れ替わることも、体の熱を逃がす効果につながる。風を当てる時間や効果はその時の湿度や気温によって異なるものの、永島さんらがおこなった実験では、運動間の休憩中の送風が体の冷却に有効であることを示した。
永島さんによれば、風通しのいい服を選んだり、ファン付きの作業服を着用したりするのも、熱が逃げやすくなって効果的だという。
「しっかり体を冷やしたいときは、水で濡らした冷たいタオルで体を冷やしながら、さらに扇風機やうちわで風をあててあげるといいと思います」
うちわなら、日常の中で「ちょっと危ないかも」というときに手軽に活用できそうだ。
■暑さ指数をチェックする
最後に、環境要因をチェックすることの大切さにも触れておきたい。
普段私たちが何気なく口にしている「暑い」という言葉には、気温だけではなく、湿度や風、日射や衣服などが関係している。こうした要素を落とし込んだものが「暑さ指数」だ。
「暑さ指数」は、湿度や日射、風の影響を数値化する「WBGT(湿球黒球温度計)」で測定することが出来る。
WBGTは、気温を測る温度計に加え、気化することで下がる温度を反映する「湿球温度計」と、日光などの赤外線によって上がる温度を反映する「黒球温度計」を合わせたもの。3つの温度計の数値を計算式に入れて、「暑さ指数」を算出する。
永島さんは、「WBGTは、気温と湿度、日射、さらに風の影響を含め、まとめて『危険度』とした強力なツールだ」と言う。
WBGTによって測定した暑さ指数は、環境省の「熱中症予防情報サイト」で各地の予測と実況が確認できるので、判断基準の一つとして参考にしたい。同サイトには、危険度別の活動の目安も公開されている。
「ただ、WBGTはちょっとした場所の違いで、すごく変動するんです。例えばひとつの学校でも校庭の真ん中と風通しのいい中庭で危険度に違いが出たりするんですね。だから熱中症の危険が高いと思う場所では、現場ごとにWBGTを設置してもらうと良いのかなと思います」
調べてみると、WBGTは2000円~3000円で手軽に購入できるものがいくつも販売されていた。永島さんは、学校やスポーツの現場はもちろん、外仕事や身体活動が多い労働現場では、より正確な暑さ指数の把握のためにも、WBGTを設置しておくことを推奨している。
■自衛することも大事だが…
最後に永島さんは、「でも、熱中症対策は、もう個人だけの問題ではないんです」と訴えた。
「アメリカのシカゴで、1995年にヒートウェーブっていう熱波がきたことがありました。そこには同じようなバックグランドの2つの地域があって、教会を核としてコミュニティがしっかりあったところは被害が少なくて、コミュニティが破綻していた地域はたくさん人が亡くなっていたんです。自分は生理学者なので、スポーツドリンクや体温計をつくるアプローチでこれまで熱中症について考えてきました。もちろん気象の解析も大事です。
これだけ夏の暑さが恒常的になった今、社会の中でも熱中症対策への理解が広がっていくことが、鍵になってくる。
冒頭で、避暑地のイメージが強い長野県も年々暑さが増していることをぼやいた。ただ、私が住む標高800mほどのエリアは、それでも日が沈めば夜風が心地よいし、ご近所同士のつながりも強い。
近いうちに、熱中症という観点で住む場所を選ぶ時代がくるのかもしれない。
永島 計(ながしま・けい)
医師・博士(医学)。早稲田大学名誉教授、順天堂大学客員教授、バイタレート株式会社代表取締役。京都府立医科大学医学部卒業。同大学大学院修了後、国内外の大学・医療機関で臨床、教育、研究に従事した。専門は環境生理学、体温調節、運動生理学、熱中症予防。現在は、暑熱環境における人体反応の研究や、ウェアラブルセンサーを用いた体温モニタリング技術の開発に取り組んでいる。最新刊に『10代から知っておきたい熱中症の科学 酷暑からいのちを守る知恵と技術』(旬報社)がある。
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ざこうじ るい
フリーライター
1984年長野県生まれ。東京大学医学部健康科学看護学科卒業後、約10年間専業主婦。地方スタートアップ企業にて取材ディレクション・広報に携わった後、2023年よりフリーライター。WEBメディアでの企画執筆の他、広報・レポート記事や企業哲学を表現するフィクションも定期的に執筆。数字やデータだけでは語りきれない人間の生き様や豊かさを描くことで、誰もが社会的に健康でいられる社会を目指す。タイ・インド移住を経て、現在は長野県在住。重度心身障害児含む4児の母。
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(フリーライター ざこうじ るい)

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