※本稿は、櫻井かすみ『不安通貨 貯金や投資で消えない「お金の不安」を最新科学で解決』(Gakken)の一部を再編集したものです。
■「人生うまくいっている。だけど…」
「年収が高い人ほど幸せなのか?」。そう聞かれると、多くの方が「きっとそうだろう」と感じるかもしれません。確かに、お金が増えれば生活は安定しやすくなります。しかし現実は、どうやらそれほど単純な話ではないようです。
例えば、高級マンションに住み、周囲からは「成功している人」に見られていても、夜になると、「もっと結果を出さなければ」「今の生活を維持できなくなったらどうしよう」そんな不安で眠れなくなる人もいます。
アメリカのギャラップ社が世界規模で行った大規模な幸福度調査では、興味深い結果が報告されています。高所得者ほど「自分の人生はうまくいっている」という人生全体への評価は高い傾向にありました。しかし同時に、日々のストレスや不安、怒りといったネガティブな感情が低くなるとは限らないことも明らかになったのです。
「人生を振り返れば順調だ」と頭では思っていても、毎日の暮らしの中では心が落ち着かない、安心できない。
■生活水準は高いのに心が休まらない
なぜこんなことが起こるのでしょうか。
高所得者ほど、仕事の責任が重く、常に成果を求められ、自由に使える時間が少なく、競争や比較にさらされ続けるという環境に置かれやすいことが指摘されています。収入が上がるにつれて期待されるパフォーマンスも上がり、プレッシャーも増大していきます。その結果、生活水準は高いのに心が休まらないという、一見矛盾した状態に陥りやすくなるのです。
国際的な視点でも、同じ傾向が確認されています。OECD(経済協力開発機構)は人間の幸福を、「所得」「生活の質」「主観的な満足感」という3つの柱で捉えるモデルを採用しています。そこで一貫して指摘されてきたのは、所得が一定の水準を下回ると幸福度は大きく下がるということ。
特に長時間労働、睡眠不足、人間関係の希薄さ、心身の不調がある場合、高所得であっても幸福度は低下するといわれています。
■幸福度を左右するのはお金ではない
OECDは所得の役割をこう位置づけています。「所得は人生の選択肢を増やすが、それ自体が幸福を保障するわけではない」。お金は困らないための条件にはなっても、満たされるための答えにはならないということです。
複数の調査では、経済的に恵まれた富裕層であってもある一定数が「今の人生に十分満足していない」と回答していることが報告されています。お金があるからといって、全員が幸せなわけではないのです。
ギャラップ社とOECD。立場の異なる2つの調査機関が共通して示していることをまとめると、こうなります。お金が増えると人生全体の評価は上がります。でも、日々の安心感や感情の安定は、お金だけでは守れないことがあります。幸福度を本当に左右しているのは、お金の額以上に、人間関係の質、心身の健康、自由な時間、そして自分でコントロールしているという感覚なのです。
高所得であっても不安が消えない人は、お金の力が足りないわけではありません。お金にはできない領域にまで、お金に役割を求めてしまっていることが原因なのかもしれません。
■お金で解決できること、できないこと
そのような場合、お金の役割を正しく切り分けることが解決の糸口となるケースがあります。お金で解決できることと、お金では満たせないことを、はっきり分けて考える必要があるということです。
例えば、生活の安定や安心、選択肢の広がり、未来への備えといった「土台」は、お金が支えてくれます。
一方で、安心できる人間関係や、自分らしくいられる時間、意味ややりがいを感じる生き方といったものは、お金では直接作ることができません。
それにもかかわらず、私たちは不安を感じるたびに、「もっとお金があれば解決できるのではないか」と考えてしまいます。しかし実際には、お金で埋められない領域の不安まで、お金で解決しようとしていることが少なくありません。
だからこそ必要なのは、お金を増やすことではなく、お金の“使いどころ”を変えることです。不安を埋めるために使うお金には終わりがありませんが、安心を育てるために使うお金は、人生を確実に豊かにしていきます。
■「最初の1杯目」が満足感のピーク
お金は、人生を満たす“答え”ではありません。しかし、人生を整える“土台”にはなります。その土台の上で何を大切にして生きるのか。その選択こそが、あなたの幸福を作っていくのです。
お金が増えれば、私たちの生活は確かにラクになります。住む場所の選択肢が増え、経済的な不安定さは減り、できることも増えていきます。
しかし、ある地点を超えると、お金が増えても安心感や幸福感の伸びは緩やかになっていくのです。
経済学には「限界効用逓減(ていげん)の法則」という基本原理があります。同じものを追加していっても、1単位あたりから得られる満足度は次第に小さくなっていくという考え方です。のどが渇いているときの最初の1杯の水は、身体中に染み渡るような満足感をもたらしてくれます。でも2杯目、3杯目と飲み進めるうちに、最初の1杯ほどの感動は薄れていくものです。
■15万→20万円と100万→105万円の違い
これと同じことが、お金と幸福の関係にも当てはまります。生活にゆとりがない状態から少しお金が増えたとき、不安が減り、安心感や満足感は大きく高まります。月末に「今月は乗り越えられた」とほっとできる瞬間は、お金が心にもたらす大きなプラスの力です。
しかし、ある程度の水準に達すると、そこからさらにお金が増えても、安心感や幸福感の伸びはだんだん小さくなっていきます。
例えば、手取りが月15万円から20万円に増えたときの安心感の変化と、月100万円から105万円に増えたときの安心感の変化を想像してみてください。同じ5万円の増加でも体感はまるで違うはずです。前者は生活の不安が大きく和らぐ変化ですが、後者はほとんど実感がないかもしれません。
2023年に発表された、ダニエル・カーネマン、マシュー・キリングスワースらによる共同研究でも、年収が上がるにつれて幸福度は上がり続けるものの、その上がり方のカーブは次第に緩やかになっていくことが確認されています。
■分岐点は「年収1000万円台前半」
また、世界160数カ国のデータを分析した2018年の別の研究では、年収約9万5000ドル(当時のレートで1000万円台前半)あたりで人生全体の満足度の伸びが特に鈍くなる傾向が報告されています。
ここから導かれる結論では、お金は安心の土台を作ります。しかし、幸福を無限に生み出す源泉ではありません。お金には「幸福の天井」があるのです。天井がないように見えるのは、まだ天井に届いていないか、天井の存在に気づいていないかのどちらかです。
お金を増やすこと自体に意味がないわけではありません。しかし「もっと増やせばもっと幸せになれるはずだ」という思い込みのまま走り続けると、ある地点から先は、頑張っても頑張っても幸福感が思ったようには増えないという、不思議な疲労感に直面することになります。
■「100万円もある」「100万円しかない」
私たちはつい「いくら持っているか」で、自分の安心や幸せを測ろうとします。けれども、同じ年収、同じ資産額でも、ある人は満ち足りた気持ちで暮らしていて、ある人は不安を抱えています。この違いを生んでいるのは、金額そのものではありません。
幸福研究が一貫して示しているのは、幸福とは「どれだけ持っているか」ではなく、「お金をどう感じ、どう受け取っているか」によって大きく左右されるという事実です。
例えば、同じ100万円の貯金があったとしましょう。ある人は「これだけあれば、しばらくは大丈夫だ」と感じてほっとします。別の人は「まだ足りない、すぐなくなるかもしれない」と感じて不安になります。金額はまったく同じなのに、心の中に生まれる体験は正反対です。
幸福は通帳の残高に直接書き込まれるものではありません。そのお金が自分の中でどれだけ「安心感」に変換されているかによって変わるのです。残高が1000万円あっても「足りないかもしれない」と感じていれば心は不安定ですし、300万円でも「今の自分には十分だ」と感じていれば、心は穏やかでいられます。
では、同じお金なのに感じ方が変わるのはなぜでしょうか。大きな要因の1つが、「基準をどこに置いているか」です。
■不安の種から安心の土台へ
他人の資産額と比べて自分の数字を見ている人は、常に「足りない」という感覚にさらされます。比較の相手は無限に存在しますから、この感覚に終わりはありません。
しかし、自分の生活に必要な金額や、自分が大切にしたいことを基準に置いている人は、同じ数字を見ても「これで十分だ」と感じることができるのです。
お金を数字だけで見ているとき、他人と比べる道具として使っているとき、不安を打ち消すためだけに使っているとき、そのお金は安心や幸福に変換されにくくなります。不安をまとったまま使われるお金は、金額が増えても安心を生まず、むしろ次の不安を引き寄せながら静かに増えていきます。
反対に、「このお金で私は何を守れているのか」「この生活をどう感じているのか」「何があれば十分だと思えるのか」。こうした問いを自分に向けることが、安心を生む軸を作ることにつながります。この軸があると、お金は不安の種ではなく、安心の土台として機能し始めます。同じ金額でも、自分なりの基準を通して受け取ることで、お金は初めて幸せを支える力を持つようになるのです。
幸福を決めるのは、通帳に印字された数字ではありません。その数字を、自分がどう受け止めているか。ここにこそ、幸福の鍵があります。
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櫻井 かすみ(さくらい・かすみ)
法政大学大学院ファイナンシャル・ウェルビーイング研究者
投資の学び舎「トウシナビ」代表。大阪府出身。投資詐欺被害3回、貯金ゼロ、離婚&無職、再婚直後に不妊治療でもっと貧乏に……などドン底を経て、極度のお金恐怖症になるも、4年で1000万円まで貯めることに成功。それから投資を本格化し、純資産は1億円になった。お金の増やし方&守り方を、延べ2000人に直接指導している。SNSフォロワー3万人以上。著書に『投資への不安や抵抗が面白いほど消える本』(Gakken)。
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(法政大学大学院ファイナンシャル・ウェルビーイング研究者 櫻井 かすみ)

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