※本稿は、出口治明『老いと死をファクトで考えてみた』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■「骨は海にまいて」とだけ伝えている
本書の「はじめに」では、僕は終活をほとんどしていないと言いました。
一方、世の中は終活ブームです。エンディングノートを書き、生前整理をして、遺影を選び、お墓を決めて、葬儀の形式まで指定しておく。書店に行けば終活の棚があり、終活の資格やセミナーまであります。誤解のないように言っておくと、僕はそれらを否定しません。準備をすることで安心できる人は、すればいいのです。
死後について僕が家族に伝えている望みは、1個だけです。それは、死んだあと、火葬して残った骨は、海にまいてほしいというもの。墓は入りません。
■手元に残したのは数着の衣服だけ
なぜ、海にまいてほしいのか。
もっとも、これも「遺言」というほどのものではなく、好みの表明です。実行するかどうかは、残された人が決めればいいのです。散骨には決まりごとや作法もあるようですが、そこは残された人が、そのとき調べてくれるでしょう。
そのほかしたことは、荷物の整理です。何年か前に部屋のものを整理したときには、コレクションしていたワインボトルもすっかり捨てました。段ボール25箱分あったものを、自分の部屋に入るものだけに厳選し、最後は1箱までに減らしました。そのほか、僕が持っているものは、スーツ、冬用のセーターを数枚、下着くらいのものです。
■脳の場所を空けるために手放している
学長の職を退くにあたって整理したのが、膨大な本です。まずは、1000冊を超える蔵書をAPUの図書館に贈りましたし、いまも読み終えた本は、手元にためず、次々と大学へと送り続けています(そのため、APUの図書館には「出口文庫」があるそうです)。
長年旅行の折に連れ添った英国製のグローブ・トロッターの旅行鞄も3つ持っていたのですが、こちらも手放しました。この先、昔のようには頻繁には旅に出るまい、と見切りをつけたからです。
絵に描いたような生前整理だと思われるかもしれません。ところが、当の本人に言わせれば、これは終活とは似て非なるものなのです。手つきは同じでも、目的がまるで違います。
僕がモノを手放すのは、死に備えるためではありません。脳の場所を、空けるためです。持ち物というのは、不思議なもので、部屋の一角だけでなく、頭の一角も占領します。どこにしまったかを覚え、手入れを気にかけ、いつか使うかもしれないと思い続ける。一つひとつは小さくても、積もれば、頭の中の立派な間借り人です。
この間借り人たちに出て行ってもらうと、空いた部屋に、新しいものが入ってくる。だから僕は、いま使っていないものは、手放すのです。
■捨てた後の棚に何を並べるつもりか
その証拠に、この習慣は病気とも老いともほとんど関係なく、その始まりははるか昔でした。腕時計をいくつも持っていた30歳前後のころ、その大半をまとめて処分しました。
42歳になって転勤(連合王国でした)のとき、たまりにたまった蔵書を、思い切って古本屋に運びました。このとき、古本屋に買い取られた約段ボール箱50箱分の本は思いがけない60万円という値段がつきました。そのとき、僕の本というのは大した財産だったのだなと驚いた覚えがあります。
世間の生前整理と僕の荷物整理は、外から見れば同じ「捨てる」でも、向きが逆です。あちらは人生の店じまいに向かって、棚を畳んでいく。こちらは、明日の新しい仕入れのために、棚を空けておく。閉店の支度(したく)をする店と、棚卸しをして繁盛し続ける店の違い、と言えばわかりやすいでしょうか。捨てる行為が終活かどうかは、捨てた後の棚に何を並べるつもりか、で決まるのです。
■過去をため込む日記・記録も書かない
もう一つ、僕は日記というものを、生まれてこのかた、書いたことがありません。記録の類(たぐい)も、残しません。モノだけでなく、過去そのものもため込まない流儀なのです。この流儀には最近、手痛いしっぺ返しがありました。
先日、日経新聞夕刊に自分のAPU時代を振り返る連載を持つことになったのですが(2026年1月~26年6月まで)、いざ書き始めると、日付も数字も、確かめる手がかりが手元に何一つないので、我ながら、かなり苦労しながら書くことになりました。
それでも、後悔はしていません。記録の置き場まで空けてきたからこそ、80歳を目前にしたこの頭にいまも新しいものが入り続けているのだと思うからです。
■貴重な時間を「今日」のために使う
さて、いま紹介した以外のことは、僕は一般的に終活と呼ばれるものは、ほぼしていません。理由は二つあります。
一つ目の理由としては、死んだ後のことは、原理的に、僕の問題ではないからです。僕の葬儀をどうするか、僕をどう偲(しの)ぶか、あるいは偲ばないか。それらはすべて、残された人たちが、残された人たちの都合と気持ちで決めることです。
僕が細かく指定するのは、いわば自分がいない会議の議事進行に、あらかじめ口を出すようなものです。死後の自分がどう扱われるかは、自分が決めることではない。残された人が決めることだと考えています。
二つ目の理由としては、終活の準備に使った時間は、今日を生きる時間から差し引かれるからです。人生の残り時間は誰にもわかりませんが、有限であることだけは確かです。その貴重な時間を、まだ来ていない「終わり」のために使うのか、確かに来ている「今日」のために使うのか。僕の答えは「今日」のためにと決まっています。
とはいえ、「これだけは決めておいたほうがよいのではないか」と思う例外が一つだけあります。それは、財産についてです。
■家族の平和な関係を守るための実務
財産はたくさん残されれば残されるほどに、揉めるものです。これは僕の意見ではなく、無数の家族が実証してきた事実です。それ以前は仲のよかった兄弟が、親の遺産の分け方ひとつで口をきかなくなる。
これには、金額の大小は関係ありません。むしろ「うちには揉めるほどの財産はないから」と思って何も対策を取ってこなかった家ほど、揉めたりするものです。
ですから、何かしらの財産をお持ちの人は、誰に何を渡すのかを決めて、法的に有効な形で書面にしておくことをお勧めします。書き方に不安があれば、専門家に相談すればいいです。数万円の相談料で、家族の何十年の平和な関係が守れるなら、安い買い物です。これは終活というより、争いの種を残さないという実務です。残された人への、最後の思いやりと言ってもいいかもしれません。
僕自身はどうかといえば、残念ながら家族や親類が揉めるほどの大きな財産はありません。なので、仮に何かが残っている場合は、すべてその処遇は妻に任せると決めており、本人にもそれを伝えています。それだけです。
細目を全部決めて指示書を残すことより、信頼できる人に「あなたに任せる」と一言伝えておくことの方が、残される側はよほど動きやすいものです。過去に作った指示書は現実の状況とずれることがありますが、その人への信頼はズレることはありません。
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出口 治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)名誉教授
1948年、三重県生まれ。学校法人立命館顧問。京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任。2008年、ライフネット生命保険株式会社を開業し、代表取締役社長に就任(2013年より会長)。2018年1月、APU学長に就任(2023年12月退任)。主な著書に『哲学と宗教 全史』(ダイヤモンド社)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎新書)、『仕事に効く教養としての「世界史」』Ⅰ、Ⅱ(祥伝社)、『人類5000年史』Ⅰ~Ⅵ(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義(古代篇、中世篇、戦国・江戸篇、近・現代篇)』(文春文庫)など多数。
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(立命館アジア太平洋大学(APU)名誉教授 出口 治明)

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