■『トイ・ストーリー5』を超えるハイペース
夏休み映画の話題を独占中の『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』が、7月24日の封切りから30日間で興行収入100億円を突破したことが発表された。
今夏No.1ヒット作『トイ・ストーリー5』(7月3日公開)の100億円到達までの34日間を上回るハイペース。一方、これまでにも興行推移が比較されてきた『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』(4月10日公開)の公開27日間(108億8000万円)よりはわずかに落ちるが、ほぼ同ペースで数字を伸ばしている。
それぞれの現在の興収は、『トイ・ストーリー5』が公開8週目の8月23日時点で121億円。『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』は7月時点で135億円を超えている。
100億円までの推移からは、『ちいかわ』の最終興収は『トイ・ストーリー5』を超え、『名探偵コナン』にどこまで迫るかがひとつの焦点になりそうだが、興行の内情を見ると、そんなに簡単ではない。
■最終的に“コナン超え”もありえる?
『ちいかわ』が夏映画No.1の座を『トイ・ストーリー5』に取って代わるかは、まだまったくわからない。封切り当初は、作品性の話題が異例の規模で拡散し、世間を大きくざわつかせた。しかし、瞬発力は高かったものの、すでにコアファンを除いた一般層への人気拡大はひと段落した感がある。現状の推移を見ると、記録的ヒットとなった昨年の劇場版『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座(あかざ)再来』(403億6000万円)にはまず届かない。
では、『ちいかわ』は『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』を超えるのか。
■「推してくれるファンが熱心」という共通点
興行推移が比較される『ちいかわ』と『名探偵コナン』には、ファンダムの構成に共通点がある。
原作が『週刊少年サンデー』(小学館)連載の少年漫画である『名探偵コナン』は、その内容もキャラクタービジュアルも、子ども向けのファミリー層をターゲットにした作品だ。しかし、その劇場版は、物語の骨子になる本格的なサスペンスミステリー要素と、毎回のど派手なアクションシーンが話題になり、子どもの頃から読者だった大人たちのほか、現代の若い世代にもじわじわとファン層を拡大した。
■意外に残酷な世界観の『ちいかわ』
SNS発の漫画からショートアニメになった『ちいかわ』は、かわいいビジュアルのキャラクターたちによる日常系の何気ない話が物語のメイン。子どもたちが楽しめる、一見子ども向け作品だ。同時にそこには、幼い子どものようなキャラクターたちがお互いを思いやる心やその間の友情や絆を、少ないセリフの間や前後の行動の余白から考えさせる物語性があり、女性を中心に若い世代のファンがついている。また、自然の摂理や残酷な生き物の捕食の話がさらりとエピソードに入り、その残酷さとビジュアルのギャップが一定層の大人たちも掴んでいる。
両作とも、ベースは子ども向けの作品でありながら、そこに大人も楽しめるそれぞれの要素がクオリティ高く埋め込まれた、尖った作品性がある。それがファミリー層だけでなく、若い世代をはじめとする大人層を取り込む。そんなファンダム構成がある。
■両作の劇場版としての相違点
『ちいかわ』と『名探偵コナン』には対照的な点もある。
まず『名探偵コナン』にあって『ちいかわ』にないのは、歴史を重ねてきたファン層の厚さだ。1994年に漫画連載がスタートした『名探偵コナン』は、テレビアニメは1996年から放送され、劇場版アニメ第1作は1997年に公開された。
以降、劇場版は毎年公開され、今年で29作目となり、2023年の26作目から4年連続で100億円を突破。コロナ後のアニメブームも追い風になり、いまやファンだけでなく、流行に敏感な一般層が毎作映画館に足を運ぶ。そんな確固たる下地がある。
一方、2020年にSNSで生まれ、2022年のテレビアニメ化でブレークし、今回が劇場版1作目の『ちいかわ』には、ファンダムの“深さ”がある。公開前のタイアップの数は異例の多さであり、多くの企業とのコラボグッズや、限定ショップ、イベントなどがファンを盛り上げた。
■「ちいかわらんど」はどこも大盛況
全国16店舗のオフィシャルショップ・ちいかわらんどは、基本的に整理券入場になるが店舗には常に入場行列ができ、映画館限定で発売された専用のポップコーンボックスとドリンクカップホルダーは早々に完売する劇場が続出。東京スカイツリーのコラボイベントは、予約が取れないというファンの悲鳴が上がっている。
さらに、とくに熱狂的なファンは、台湾や香港のコラボイベントにまで足を運び、限定グッズを入手している様子をSNSで発信しており、その数は少なくない。そのような熱量高い“推し活(ちい活)”がSNSで広く伝播し、さらなる熱を生み出している。
■原作の世界観を崩さないという信頼感
また、映画化の製作過程においては、タレント声優や劇場版主題歌を入れず、声優や監督、プロデューサーの劇場イベントも一切行わないなど、映画業界の慣例や商習慣にとらわれず、徹底したファンファーストを貫き、原作の世界観の純度を落とさなかった。その結果の大ヒットぶりからは、ファンと作品が稀に見る強い絆で結ばれていることがわかる。
映画公開手法でいえば、『名探偵コナン』は王道だが、『ちいかわ』は正反対を行く異端だ。そんな両作が近しい興行収入で“つばぜり合い”を繰り広げているのは、興味深くもある。
■特典第3弾も、コアファンのリピート頼み
現時点で両作は、100億円までの興行ペースがほぼ同じだが、内実を見ると違いがある。
『ちいかわ』は、封切り当初の話題性が落ち着きつつある2週目以降、興行も同様の流れを見せた。そこから数字を牽引しているのは入場者特典だ。すでに第1弾の「チャームミニフィギュア」、第2弾の「ボンボンドロップシール」、第3弾「プルバックカー『ごきげんセイレーン♪』」までの特典が配布され、とくに2~3回目の特典で数字を押し上げていることからは、新規層の流入がひと段落し、コアファンのリピート鑑賞に頼るターンに入っていることがうかがえる。
■『コナン』は追加特典を出さない
一方、基本的にグッズなどの特典配布を行わない『名探偵コナン』は、初回の限定デジタルイラストの1回のみ。ファンにリピート鑑賞を促す特典商法に頼らずに、100億円まで『ちいかわ』よりハイペースで数字を積み上げた作品力とファン層の太さがある。
つまり、『ちいかわ』が『名探偵コナン』を超えるかは、この先の特典次第になると推測される。もちろん、いまなおさまざまな話題が飛び交うなか、再び大きな風が吹く可能性もある。
ちなみに、昨年の劇場版『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』は、通常上映特典と限定上映特典をあわせて20回前後実施していた。もし『ちいかわ』がそこまでやれば、『トイ・ストーリー5』も『名探偵コナン』も『ズートピア2』(155億7000万円)も超えて、今年のNo.1ヒット映画になるかもしれない。
■“ちい活”のファンは何度も映画館へ
逆に、ここまでの3回で特典が終わりであれば、これまで高水準をキープしていた興行の流れと勢いは変わる可能性がある。
ただ、もうひとつ付け加えるとすれば、『ちいかわ』が特徴的なのは、女性層を中心にしたファンダムの熱量の高さだ。キャラクターたちが一生懸命生きる姿に、共感や感情移入を通り超えた愛が生まれている。それは、親や親戚が子どもを見守り、世話をして育てるような視線であり、物語の世界を一緒に生きているのだ。
そんなファンが多くいる本作の興行ポテンシャルは計り知れない。それ故に、たとえ特典が終わっても、別の力が働く可能性もある。この先の興行がどのように動くかは予想が難しい。
■ジブリ後の夏の定番アニメになるか
両作を比較してきたが、映画業界のもうひとつの視点として、『ちいかわ』は『名探偵コナン』になれるのか、という期待がある。
夏休み興行は、映画会社にとって年間を通してもっとも重要な位置づけの興行のひとつになり、ファミリー層から若い世代向けの1年の勝負をかける大作を各社がブッキングする。
振り返れば、かつて夏休み映画といえばスタジオジブリのアニメ作品だった。1986年の『天空の城ラピュタ』以降、ほぼ1~2年毎に7~8月に公開される夏休みアニメの定番となり、2014年の制作部門解散以降は、“次のジブリ”が待たれてきた。
■新海誠や細田守の新作は数年ごと
これまでに、新海誠監督や細田守監督の作品のいくつかがその時々の夏休みアニメになった。しかし、新作が出せるのは数年ごとという公開スパンが要因のひとつになり、ジブリに代わるスタジオやタイトルは出てきていない。
そんななか、東宝は初の劇場版となる『ちいかわ』に今夏を託し、まずは大成功を収めた。次に求められるのは、GW映画の定番の『名探偵コナン』のように、毎年新作が公開され、固定ファンに支えられる安定した大ヒットシリーズになることだ。
『ちいかわ』には、ファンの間で映画化への期待が高い原作エピソードがいくつもある。夏休みアニメの定番になるポテンシャルは高いだろう。興行関係者からは、『ちいかわ』が“夏の名探偵コナン”になることが期待されている。
■東宝の定番アニメの4本目の柱へ
東宝が毎年公開する定番アニメシリーズには、『名探偵コナン』のほか、『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』がある。そこに『ちいかわ』が加わり、4本目の柱になるかもしれない。
何より『名探偵コナン』規模のファンダムを持つ新たなヒットコンテンツを手にしたことは大きいだろう。それが夏の定番になれば、東宝の年間興行をより盤石にするだけでなく、映画業界にとっても大きな意義がある。
ただ、劇場版『ちいかわ』の次作もシリーズ化も、まだ何もアナウンスされていない。製作幹事は東宝ではないうえ、これまでの映画化の経緯を見れば、この先の劇場版がどうなるかは予断を許さない。
■『ちいかわ』の続編映画は?
それでも、今回の映画を鑑賞した多くのファンが幸福感や充足感を得ていることは間違いない。この作品の良さに気づいた新たなファンも多く生まれている。映画化によって、より多くの人を喜ばせ、幸せにした。であれば、ファンファーストを貫く『ちいかわ』だからこそ、次作がないはずはない。
一方、次作に対しては別の不安もある。今作の大ヒットでその作品性が広く知れ渡った。1作目のような未見の人たちを驚かせた話題性からの集客は、次は見込めないだろう。一方で今回の劇場版でファンの裾野を広げたことは間違いない。もしかしたら、時間をかけてじわじわとそれが続くかもしれない。劇場版『鬼滅の刃』しかり、シリーズ続編の2作目が1作目を超えるのはどんな作品でも難しいが、『ちいかわ』がその流れを変えるかも注目ポイントになりそうだ。
まずは今回の興行の結果とともに次作の発表が待たれるところだ。
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武井 保之(たけい・やすゆき)
ライター
エンターテインメントビジネス・ライター、編集者。音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスで活動中。映画、テレビ、音楽、お笑いを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを分析や考察する。
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(ライター 武井 保之)

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