※本稿は、山岡淳一郎『マンション 狙われる修繕積立金』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。
■タワーマンション大規模修繕の大問題
それから8年後の2025年6月30日、私は橋本友希氏(※)を、市民ネットメディア「デモクラシータイムス」の番組にコメンテーターとして招き、タワーマンションが抱えている問題について多角的に討論をした。番組の収録前後の打ち合わせで、さまざまな資料をやりとりした。
※橋本友希氏:1958年に和歌山県で生まれ、東京大学大学院〈建築学専攻〉を終了後、大手不動産会社に31年間、勤務した。設計者として半導体工場や美術館、集合住宅、超高層建築に携わる。再開発事業ではマネジメント業務にも取り組んでいる。退職後は、フリーランスの超高層建築の専門家として活動しており、『タワーマンションの真実』(建築画報社)という本も著している。
橋本氏が、自身が暮らすタワーマンションの管理組合の修繕担当理事や理事長を務め、大規模修繕工事を仕切った。その物件は、東京湾岸の1000戸、約3000人が暮らすタワーマンションで2002年竣工。
その過程で、再認識できた「タワーマンションの大問題」を、以下に対話形式で記述しよう。
――東京のタワーマンションでも、大規模修繕の受注を狙う施工業者や設計コンサルが、住民になりすましたり、住戸を買って区分所有者になったりして、理事会に加わっています。外からマンションのお金を狙って入ってくる者にどう対処していますか
「そうした行為を管理組合が防ぐのは、難しい。
■業者と癒着してひと儲けしたい人
――住民の皆さんのマンションへの思いもいろいろでしょう。なかには業者と癒着して、ひと儲けしたい人がいても不思議ではない
「うちのマンションも、築後20年以上が経過して、住民の老いは確実に進んでいます。新築の住戸を40代で買った人も、いまは60代です。大雑把に言って、1000戸のうち、新築時に購入してずっと住んでいる人が3分の1、中古を買って入居した人が3分の1、あとの3分の1は賃借で住んでいる人です。まぁ、住民のマンションへの意識は、バラバラです。なかには修繕工事に一枚かんで甘い汁を吸おうとする人も過去にはいましたが、それは恥しい行為で本人の信用を損う、と何度も申し上げ、モラル遵守を徹底しました。住民の意識は多様ですが、全員に共通していることが一つある。それは『資産価値の向上』です。資産価値が上がれば、住戸を賃貸するにしても、売却するにしても、メリットは大きい。高齢になって、介護施設に移るときも、資産価値の高さは活かせます。誰にとっても、資産価値の向上はありがたい。
――「資産価値の向上」が住民共通のゴールだとしたら、そのために何をするのですか
「資産価値を高めるには、建物の維持管理をしっかりして、よい環境と穏やかなコミュニティを保たなくてはなりません。きちんと維持管理するにはコミュニティとの連携が不可欠です。たとえば、建物のデザイン面で竣工時のコンセプトを守る、エネルギー効率を高めて省エネ化を図るといった方針は住民総会で承認し、資産価値を向上させる指標としました。そこを外さなければ、理事会は同じ方向に進むことができます」
■タワマン住民3000人を納得させる方法
――実際に橋本さんは、一戸あたり約150万円の支出で、初回の大規模修繕をリードして実行されましたが、担当理事、さらには4年間、理事長を務めて、何に注力されましたか
「それはもう、合意形成に尽きます。うちの理事会は15人の理事で運営しています。15人の理事を、修繕にかかわる『施設』グループ、居住者の『コミュニティ』形成のグループ、お金の勘定を担う『財務』グループの3つに分けて、それぞれが執行機関として活動しています。ただし、すべての議案に関して、理事会で理事が全員一致しないかぎり、先には進めないルールにしました。15人がまとまらないと、3000人の住民を納得させるなんて、到底できませんからね」
――3000人の共同体を15人の理事が導くわけだ
「わたし自身は、これまでに培った超高層の設計や、管理のノウハウをすべて注いで、大規模修繕の『工程表』をつくりました。これは、みなさんの意見を反映して10回ぐらい書き直した。この工程表が3000人の合意を維持していく基盤の一つです。工程表を見れば、いつ、何をするか一目瞭然、進捗状況をリアルタイムで把握できます。外壁の修繕工程がメインですが、そのほかの設備の更新も含んでいることが重要なんです」
掲載した「大規模修繕工事 実施工程《課題の整理》」が、橋本氏が全住民の心をつなぎとめた連結器だ。
工程表には、まず、理事会、各委員会、(賃貸者も含む)居住者、(区分所有者の)管理組合員がどの時期に何をするかが、横軸の時系列に沿って記されている。
その下に、外壁の大規模修繕について、基本設計から実施設計、業者の選定、着工、竣工とプロセスが並び、それぞれのタイミングが時系列で記入されている。
確かに、この図を見れば、大規模修繕の全貌が把握できる。
さらに外壁の修繕もさることながら、目を引くのは下段の〈修繕工事(大規模除く)〉の項目である。ここに内装(照明)、エアコン、植栽、防犯については、〈大規模修繕工事を待たずに実施すべき工事〉と記され、先行して実施されている。
タワーマンションの特殊な設備を更新していくうえで、この一行は大きな意味を持つ。
■照明のLED化で年間5000万円節約
――ひと口に設備の更新といっても、タワーマンションの場合、共用部分の空調や、エレベーターとか、複雑ですよね。それらは、外壁の補修とは別に進めなきゃいけない、ということを〈修繕工事(大規模除く)〉で表記しているのですね
「はい。そうです。じつは、外壁の大規模修繕よりも設備の更新のほうが大変なんです。たとえば、防災のインターフォンや、共用部の換気扇などは数が膨大です。1個1万円の機器でも、2万個のオーダーになれば2億円かかります。
――確か、橋本さんのマンションでは、共用部の照明のLED化が、その後の修繕計画を立てるうえで大きな意味があったとお聞きした記憶がありますが……
「ええ。従来の白熱灯の照明では、共用部だけで、年間一億円以上の電気料金を費やしていたんです。これを一挙にLEDに替えると、電気代を半分程度に抑えられると試算でました。すぐにでもLED化したいと思いましたが、どのメーカーのLED製品を使うかでひと悶着あったんです。業者の選定でね。住民のなかには電機メーカーや、光学機器会社、量販店の役員や学識経験者がごろごろいます。それぞれの“専門家”が、この商品がいい、あの商品を使ってほしい、品質には自信がある、と言いだしたんです」
――それは大変だ。百家争鳴の状態ですね。下手な対応をしたら、あなた自身が癒着しているとか、袖の下をもらっているのではないか、と疑われますよね。どのようにして、LEDを選んだのですか
「最初に、あれがいいとか、これはダメだとやったら大ごとになります。ですから、推薦したいLEDがある方は、全員、申し出てください、と全方位で受け付けたんです。
■年間の電気代は1億1000万円→6000万円
――共用部の照明をLEDに替えて、電気代は半減できたのですか
「空調のエアコンも省エネタイプに交換しました。照明の更新は、外壁の補修よりも先にやったんです。それで、年間の電気代は、1億1000万円から6000万円まで下がりました。
――設備のなかでは、地下にガスの熱源があるセントラル給湯・暖冷房システムの更新には10億円以上かかるそうですね。巨額の工事の発注の透明性は、どう保てばいいのでしょうか。理事長に群がってくる業者も多いでしょうし、他のタワーマンションでは、理事長にキックバックをチラつかせて「落とし」にかかる業者もいるとか……
「うちでも、かつては業者の売り込み話はぜんぶおれにもってこい、と嘯(うそぶ)く管理組合の理事もいたようです。理事による業者の紹介は諸刃(もろは)の剣です。ステータスの高い住民が多いので豊富な人脈を生かせば、適材適所の業者を選ぶことができます。
けれども、理事のモラルが下がれば紹介料という裏金が飛び交います。いったん透明性が損なわれると、立て直すのは至難の業なんです。そこで、管理組合は、ルールをつくりました。一定の金額以上の修繕工事は、原則的に元施工の推薦業者と、業界最大手の会社、理事紹介の業者の3社を呼び、それぞれに現地調査を要請したうえでプレゼンテーションの場を設けます。その場に業者を紹介した理事も招き、わたしを含む七人の修繕委員が技術論とコスト管理の両面から徹底的に質疑し、精査することにしました」
――モラルを保つのは、なかなか大変でしょう
「理事と、その紹介業者への厳しい質疑を通して、もしも紹介料をやりとりしていたら、それがいかにみっともないことか、紹介料の授受が3000人の住民に知れたら本人も業者も社会的地位を失うことを、強く印象づけました。理事たちにモラルの大切さを刷り込み、共同体の規範を植えつけたんです。工事費が一定額以上の修繕に関しては、住民総会での発注承認を義務づけました」
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山岡 淳一郎(やまおか・じゅんいちろう)
ノンフィクション作家
1959年愛媛県生まれ。ノンフィクション作家。『炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅』(集英社)で、第48回講談社 本田靖春ノンフィクション賞を受賞。「人と時代」「公と私」を共通テーマに政治、医療、建築、近現代史と分野を超えて執筆。他の著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』(草思社文庫)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』『神になりたかった男 徳田虎雄-医療革命の奇跡を追う』(ともに平凡社)、『生きのびるマンション 〈二つの老い〉をこえて』(岩波新書)など多数。一般社団法人デモクラシータイムス同人。
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(ノンフィクション作家 山岡 淳一郎)

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