日本初のグランピングリゾート「星のや富士」では、命の営みを見つめるツアーがあり

ます。

富士北麓の森で行われる「狩猟体験ツアー」。
狩猟を通して命と向き合い、その命を感謝とともに食す——単なるアクティビティを超えたこの体験は、多くのゲストに「食と命」のあり方を問いかけています。

富士北麓で急増するシカやイノシシ。農林業被害をもたらす一方で、捕獲された個体の約9割が捨てられている、そんな深刻な地域課題に向き合う原点は、開業直後に地元のベテラン猟師・滝口さんから届いた一塊のジビエ肉でした。当時の担当者がその肉の力強い味わいと背景にあるストーリーに感銘を受け、取引を開始。さらに、自身も狩猟の世界へ興味を持ち始めます。そこから、「猟師の方々の普段の仕事に同行するツアーをつくれば、この地域の現状と命の尊さをゲストに伝えられるのではないか」というアイディアが芽生えたのです。

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富士北麓の森に溶け込む、日本初のグランピングリゾート「星のや富士」

「プロの言葉を理解したい」。知識ゼロから猟友会へ飛び込んだ決意

「狩猟って、興味ない?」

2017年、星のや富士で料飲の責任者を務めていた梶川洋祐は、当時の総支配人からそう尋ねられました。狩猟の知識はほとんどありませんでしたが、施設のレストランで提供していた鹿肉の美味しさに可能性を感じ、「このお肉がどう生産されているのか興味がある」と二つ返事で引き受けました。

梶川はまず、ジビエを納品してくれていた滝口さんのもとへ足を運びます。滝口さんは狩猟歴40年以上を誇り、ジビエ加工施設の立ち上げやガイドライン作成に尽力した第一人者。梶川はツアー準備の段階から弟子入りするように寄り添い、動物の生態や解体法、食肉としての留意点を貪欲に学んでいきました。


「狩猟って興味ない?」から始まった。日本初のグランピングリゾートが、命の営みを「森の学び」へ変えた舞台裏


狩猟歴40年以上の地元のベテラン猟師・滝口雅博さん

「狩猟って興味ない?」から始まった。日本初のグランピングリゾートが、命の営みを「森の学び」へ変えた舞台裏


猟師の滝口さん(左から2番目)と並ぶ、スタッフ 梶川(一番右)。滝口さんの元で狩猟を学ぶ。

「プロと同じ視点に立たなければ、ゲストに本当の価値を伝えられない」

そう決意した梶川は自ら狩猟免許を取得し、地元の猟友会へと加入します。しかし、意気揚々と準備を進めて実施した社内トライアルで、チームは壁にぶつかります。

「星のや富士だからこそ届けられる価値とは」。言葉と体験の試行錯誤

「一般開放されているツアーと何が違うのか。星のや富士だからこそ提供できる価値とは何なのか」

「滝口さんのお話はすごく深いけれど専門用語が多くて難しかった。どこまで歩くのか分からず不安な部分もあった」

トライアルで寄せられたのは、より高い完成度を求める社内からのフィードバックでした。狩猟歴40年を誇る滝口さんの知識と言葉は本物だからこそ、専門用語や甲州弁(山に入った梶川が「これを『ふてーき(太い木)』に持っていけ」と言われ呆然としたことも)は、山に慣れていないゲストには少し難しく感じられてしまう可能性がありました。

滝口さんが持つ深い哲学や地域の現状を、いかにゲストの心に届く言葉へと「翻訳」して伝えるか。ツアーを重ねる中で滝口さん自身も分かりやすい表現を意識してくれるようになり、地元のプロの現場と星のや富士の間に立ち、梶川をはじめとするスタッフもまた「想いをともに伝える通訳者」としての役割を磨いていきました。

「狩猟って興味ない?」から始まった。日本初のグランピングリゾートが、命の営みを「森の学び」へ変えた舞台裏


森の中で滝口さんから説明を受けるスタッフ。
ともに試行錯誤し、ツアーの内容を練り上げていった。

不確実な自然との闘い

体験の土台を磨き上げる一方で、チームの前に立ちはだかった最大の壁は、「自然は人間の都合に合わせてくれない」という揺るぎない現実でした。

「やばい、今日の罠、全部空だ……!」

ある日の早朝、スタッフの顔には焦りがにじんでいました。前日までの気配から「確実に獲れる」と踏んでいたポイントが見事に空振りだったのです。ゲストを案内して「今日は何もいませんでした」で終われば、せっかくの体験が台無しになってしまう——。1年目は、もし獲物がかからなかった場合「罠を設置する作業をお手伝いしてもらい、後日かかった様子を写真で送る」という苦肉の策をとっていました。しかし、「後日の写真で、本当の命の現場を体感してもらえるのか」という悔しさがチームに残り続けました。

「もっと地域全体に目を向けられないか」と考え、翌年、チームは猟友会とのつながりを最大限に生かす方向に舵を切ります。もし狙いの場所で捕獲がなければ、有害鳥獣の罠が仕掛けられている別の畑の持ち主や、広域のネットワークを持つ別の猟師へまで即座にアプローチ。参加者に命の営みを感じてほしい、とオペレーションを確立させていったのです。

「狩猟って興味ない?」から始まった。日本初のグランピングリゾートが、命の営みを「森の学び」へ変えた舞台裏


狩猟体験ツアーの様子。滝口さんからは鹿のオスとメスの鳴き声の違い、季節による捕獲の変化など、狩猟にかかわる様々な話を聞ける。

この試行錯誤は、ツアー後に提供するジビエディナーを担当する今井大介の挑戦にもつながっています。
ジビエを扱うなかで「狩猟の現場を知っておいた方が、お客様に料理を提供する際により深い背景を伝えられる」と考え、梶川のように自ら狩猟免許を取得。免許取得後は、獲物の鮮度を保つ連携や、当日はゲストが猟師とマンツーマンで向き合う解体体験のプログラムを練り上げていきました。

「狩猟って興味ない?」から始まった。日本初のグランピングリゾートが、命の営みを「森の学び」へ変えた舞台裏


狩猟用の罠を仕掛ける今井

終わりなき「森の学び」

2026年の秋からは、新たに狩猟体験ツアーの担当となった堀川直人を中心に、さらなる広がりを見せます。「命の現場を見るだけでは、富士山麓の狩猟の背景を伝えきれていないのではないか」という葛藤から、地元の林業家を新たに招く試みをスタート。狩猟体験の前日に森を共に歩き、富士の森の成り立ちや動物たちの棲み処、なぜ狩猟という文化が必要とされてきたのかという「森の根本」に触れる体験を組み込みました。

「狩猟って興味ない?」から始まった。日本初のグランピングリゾートが、命の営みを「森の学び」へ変えた舞台裏


梶川、今井からのバトンをつなぐスタッフの堀川

あるツアーの終わり、ゲストのひとりがこう語ってくれました。

「ツアーに参加して、普段の『食に対する印象』がガラリと変わりました」

森の課題に正解がないように、星のや富士が仕掛ける「森の学び」にも終わりはありません。日本初のグランピングリゾートが挑むのは、単なるアウトドアの楽しさを超えた、自然と人が心地よく共生するための未来の模索です。
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