ドイツ・バイエルンに所属するサッカー女子日本代表「なでしこジャパン」のMF谷川萌々子(21)は、大宮との親善試合(25日・NACK)でW杯イヤーのスタートを切る。18日までにオンラインで取材に応じると、自身が志す「個の打開」の向上、来年6月に開幕する女子W杯ブラジル大会への意気込みなどを語った。

(取材・構成=浅岡 諒祐)

*  *  *  *

 2011年7月17日。ドイツ・フランクフルトで行われたW杯決勝で日本は米国をPK戦の末に破り、初の世界一に輝いた。当時6歳の谷川は多くの日本人と同様、歓喜する選手の姿に感動を覚え、同時に自身の夢も定まった。

 「小さい時だったが、あのシーンはテレビで見ていた。本当にかっこよかったですし、自分もこうなりたいと思った」

 ドイツで初のフルシーズンを戦った昨季は主力としてチーム2位の8得点を記録。チームのリーグ4連覇を含めた国内2冠、欧州女子CL4強入りに貢献した。バルセロナなど数々の強豪との対戦を経た上で、W杯イヤーの今季は「個の打開」をテーマに掲げる。

 「去年プレーしてみて、マンツーマンで守備してくるチームが多かった。高い強度の中でもストレスを感じずにボールを扱える技術、インテンシティーをもっと高めていきたい。味方に余裕を与えるような細かいプレーにもこだわっていきたい」

 個の能力の向上は常に志してきた目標だ。22年のU―17(17歳以下)女子W杯、狩野倫久監督(現なでしこジャパン監督)率いるチームの一員として優勝を狙ったが、準々決勝でスペインに1―2で逆転負けした。同年代の世界トップレベルを肌で感じた谷川は、高校卒業後すぐに欧州挑戦を決断。

国内プロクラブを経由しない“異例”の挑戦は、U―17W杯で味わった悔しさから生まれた。

 「(スペイン戦は)ずっと1対0で勝っていたが、どういう風にチームとして試合を終えていくか、その時はほぼ知識がなかった。その中で、ビッキー・ロペス(現バルセロナ)に最後の最後で2点決められた。(ロペスの)個人の能力があってこそ、あの試合はスペインが勝った。個人の能力でチームを勝たせる力が、(ロペスと)比べてまだまだと思った。こういった選手に勝ちたい、と17歳の時に強く感じ、海外でプレーしようと決めた」

 前回の23年大会は、JFAアカデミー福島の同僚のDF古賀塔子(現トットナム)とともにトレーニングパートナーとして帯同。練習では短期間での連戦を戦い抜くリカバリーへの理解を深め、スタンドではW杯ならではの熱気も体感した。準々決勝スウェーデン戦では4万人超、それ以外の試合でも多くの観客が詰めかける姿を見た当時18歳の谷川は、夢舞台への思いをさらに強めた。

 「1番良かったのは、試合会場に毎試合行くことができて、そこで大会の盛り上がり方を肌で感じることができたこと。より、この大会に出たいと思うようになった。また五輪とは違って、W杯はサッカーだけのお祭りなので、盛り上がりが本当にすごかった。その前でプレーできる喜びはすごくあるのかなと感じた」

 24年のパリ五輪では、1次リーグ第2戦のブラジル戦で約30メートルの距離から決めた衝撃のロングシュートを沈め、強烈なインパクトを残した。

当時は将来有望な若手の1人で、決して中心選手だったわけではないが、その後も結果を残し続け、来年のW杯は紛れもない主力となる。

 フィジカルの強さ、左右から繰り出すシュート力、決定力などは規格外で、まだ成長の余白も残す。世界一奪還を志すW杯まで残り1年。レジェンド・澤穂希さんの“後継者”との呼び声も高い21歳は、中心選手としての自覚を示した。

 「チーム内での競争はあると思うが、しっかりと自分の良さを出して、チームの中心としてプレーしたい。自分の良さである決定力はもちろん、守備も個人として意識してやっている。そういったところでチームに貢献したい」

◆谷川 萌々子(たにかわ・ももこ) 2005年5月7日、愛知・名古屋市生まれ。21歳。J1名古屋の下部組織、JFAアカデミー福島を経て、国内リーグを経由することなく24年1月にドイツ・バイエルンに加入。同年はスウェーデンのローゼンゴードに期限付き移籍し、20試合16得点で得点王を獲得。25年1月にバイエルンへ復帰。23年11月になでしこジャパンデビュー。

24年パリ五輪代表。国際Aマッチ23試合7得点。168センチ。右利き。

編集部おすすめ