元ロッテで今季7年ぶりメジャー復帰を果たしたレッドソックスのタイロン・ゲレロ投手が、中継ぎの要として遅咲きの成功を収めている。22、25年とロッテでプレーし、2度目のロッテ退団後にマイナー契約を結んだレ軍で、招待選手として春季キャンプに参加。

5月にメジャー昇格し、1946年の球団記録に並ぶ15連勝中には、ホールドを積み重ねるなど、ここまで31試合に登板し、1勝2敗、防御率3・19、15ホールド。12日(日本時間13日)のブルージェイズ戦では、岡本和真内野手と対戦。味方野手がファウルフライを落球する不運もあり、5月24日以来となる敗戦投手となったが、35歳のメジャー再挑戦について語った。

 ーマイナー契約から再出発し、「勝利の方程式」の一員となった。

 「シンカーを思い通りに投げることが出来るようになって、投球が安定しました。マウンドでは落ち着いて投げることを心がけています。ここまで色々な経験がありました。何とかチームがプレーオフに進めるように貢献したいし、長くメジャーで投げたいと思っています」

 ーここまでチームの15連勝、9連勝に大きく貢献した。

 「ブルペンにいると、中継ぎの結束を感じます。それぞれ役割を果たして助け合っています。連投もあるが、体をケアしながら皆が一体となって戦っています」

 ー35歳。遅咲きの成功の秘訣は。

 「毎日の準備です。しっかりと調整してパフォーマンスの精度を上げること。(同僚の)チャプマン投手を見ているとよく分かります。彼は生きた手本です」

 ー12日のブルージェイズ戦、岡本に6球連続高速シンカー勝負。一邪飛の当たりも味方失策でファウルとなり、次の球で中前打を打たれた。

 「誰もエラーなんてしたくないですが、野球では起こること。岡本選手には最後、少し甘く入った。ハードコンタクトではなかったけれど、これも、野球の一部なんです」

 ー地元のコロンビアで地震がありましたが、ご家族は。

 「幸い家族が住んでいる町は離れていて、皆無事ですが、今も被害者が増えているので、とても心配ですし、心が痛みます。救助活動が進むことを願っています」

 ー日本での経験は。

 「日本で学んだ一番大事なことはディシプリン(規律)。人々はみんな親切で、日本は大好きになりましたから、ロッテから2度目のオファーがあった時、迷いはなかったです。

吉井監督、建山コーチに助けて貰いました。最初の監督だった井口(資仁)さんとは今年シカゴで会いましたよ。挨拶して少し話しました。メジャー経験のあるコーチに恵まれたことも幸運だったと思います」

 ー日本時代に楽しんだこと、大変だったことは。

 「ラーメン、ヤキニク。妻も息子も好きでした。どの都市に遠征に行っても楽しかった。大変だったのは、シャワーヘッドに頭をぶつけること。ちょっと屈んでシャワーを浴びるんですよ(笑)。ベッドから足がはみ出るので延長用のマットレスを使っていました。心残りは京都に行く機会がなかったこと。いつか休暇を取って桜の季節に行きたい」

ー代名詞の剛速球。

自己最速は。

 「104・2マイル(約167・7キロ)です。(日本語で)メチャメチャ、クレイジーでしょ!」

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