サッカー北中米W杯に出場し、オランダ1部NECからJ1町田に加入した日本代表FW小川航基(29)が27日、東京・町田市内で入団会見に臨んだ。3年ぶりの国内復帰について「W杯に出るため、活躍するために帰ってきた」と新天地での決意を示した。

背番号は9。選手登録の手続きを経て、最短で29日の敵地・水戸戦で町田デビューする。

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 全盛期の日本代表のストライカーがW杯直後になぜ、欧州から国内へ戻るのか。小川は、代表から遠のくのでは、という周囲の声について「全くの逆」と明確に否定した。テレビカメラが10台が並んだ前で、北中米大会でも見せた自信を再びみなぎらせ、迷いなく言い切った。

 「W杯に出るため、活躍するために帰ってきた。自分の選択肢の中でW杯に一番近いところを選んだ」

 オランダに渡る際、2つの夢があった。「欧州5大リーグへ行くこと」、そして「W杯出場」だった。代表で活躍し、後者の夢はかなえたが、欧州クラブからの評価は得られず。5大リーグへ挑戦した自分を想像しながら、ある考えを巡らせた。

 「僕は行けて、5大(リーグ)の下位(クラブ)。そのチームはおそらくカウンターサッカー。

僕みたいなタイプの選手が活躍できるかと言われたら、そう感じない。僕が一番輝いて、点を取れて、W杯に近いところが町田だと最終的に判断した」

 町田は国内屈指の待遇を用意し、年俸3億円(金額は推定)を超える好条件を提示した。ただ、決め手となったのは、オランダに3度足を運んだ原靖FD(58)の熱意、そして神奈川・桐光学園高時代から知る黒田剛監督(56)の勝ちに徹する姿勢だ。徹頭徹尾、サッカー選手としての信念を軸にJ1復帰を決断した。

 30年の次回W杯では32歳となる。年齢、過去にない選択など、さまざまな困難が待ち受けるが「1つ言いたいのは、何事も別に諦めたわけではない」と小川。強い決意をもとに、新たなスタートを切る。(浅岡 諒祐)

 ◆問答

 ―町田での意気込みは。

 「このクラブに来られてすごくうれしいし、優勝に貢献できるように頑張っていきたい。全てを出しつつ、ゴールという数字を残さないといけない」

 ―北中米W杯はどんな大会だったか。

 「人生最大の大会、瞬間だった。もう一度出たいと強く思った」

 ―古巣の水戸との対戦がデビュー戦の可能性も。

 「水戸がJ1に上がった時はすごい可能性を感じたし、素直にすごくうれしかった。復帰戦になるかもしれないのは縁を感じる」

 ―オランダでの成長は。

 「タフさ、底力。歯を食いしばって、何も助けがないところで踏ん張ったことで、人間力がついた」

 ―黒田監督の印象は。

 「サッカーの恐ろしさをよく分かっている監督。高校サッカーからある勝ちに徹底する美学にはリスペクトがある」

 ◆小川 航基(おがわ・こうき)1997年8月8日、神奈川・横浜市生まれ。29歳。神奈川・桐光学園高から2016年に磐田加入。19年夏に水戸へ期限付き移籍を経て22年に横浜FC入り。同年26得点でJ2得点王と同MVPを獲得。23年7月にオランダ1部のNECに期限付き移籍し、24年7月に完全移籍。3シーズンで26得点を記録。

代表通算18試合11得点。右利き。186センチ、78キロ。

 ◆小川航基の26年北中米W杯 開幕直前に行われたアイスランドとの壮行試合でゴールを奪うと、本大会は全て途中出場で3試合に出場。1次リーグ(L)第1戦のオランダ戦ではCKからの豪快なヘディングシュートにより、MF鎌田大地の劇的な同点弾を演出した。1次L第3戦のスウェーデン戦では後半21分、決勝T1回戦のブラジル戦では逆転を許した後半アディショナルタイム7分から出場した。

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