「夢を追うためだった」 欧州で一時代を築いたサラーが14歳か...の画像はこちら >>

リヴァプールのスーパースターだったサラー Photo/Getty Images

世界的スター誕生の原点

リヴァプールからトラブゾンスポルへ移籍したモハメド・サラーの半生を描いた新刊から、壮絶な少年時代のエピソードが明らかになった。英『The Guardian』が、ジャーナリストのメリッサ・レディ氏による著書の一部を公開している。



現在ではエジプト史上最高のサッカー選手とも称されるサラーだが、その成功は想像を絶する犠牲の上に築かれたものだった。

サラーは14歳の頃から、カイロにあるアル・モカウルーンの下部組織へ通うため、週5日、往復約9時間をかけて練習へ向かっていた。

自宅があるナグリグ村から練習場まで、少なくとも4本のバスを乗り継ぎ、約100キロを移動。練習を終えると、再び同じ道のりを帰宅していた。

サラーは2022年のインタビューで当時を振り返り、こう語っている。

「子どもの頃、移動で疲れを感じたことはなかった。自分が本当にやりたいことをしていたし、叶えたい夢を追いかけていたからだ。僕は状況ではなく、目標を見ていた。今でもあの日々を思い出すと笑顔になる」

一方で、母親は毎日の長距離移動を心配していたという。当時のエジプトでは交通事故も多く、大きな事故のニュースを耳にすると、サラーの携帯電話に20回以上電話をかけたこともあった。しかし、サラーは疲れて車内で眠っており、電話に気づかなかったという。

さらに本書では、これまであまり知られていなかった秘話も紹介されている。


ある日、チームメートの親戚宅に泊まる予定だったものの、到着すると家主は不在。お金もほとんどなく、別の知人宅を訪ねると、そこは墓地の中にある住宅だった。

そこでサラーは宿泊を断念し、クラブ関係者の助けを借りて練習場へ戻ることを決断。グラウンド脇にシーツを敷き、靴を枕代わりにして一夜を過ごしたという。翌朝は誰にも気付かれないよう早朝に起床し、何事もなかったかのように練習へ向かった。

18歳でトップチームの寮に入ることが決まった時、サラーは「ようやく自分もスターになれた気がした」と振り返っている。

ナグリグ村から始まった少年の夢は、その後リヴァプールで数々のタイトルを獲得し、エジプト史上最高のサッカー選手と呼ばれるまでになった。成功の陰には、誰にも負けない努力と犠牲の日々があった。

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