電波の届かない深海の潜水艦に命令を伝達する

 アメリカ軍には、他国の軍隊ではほとんど類例を見ない特殊な航空機が数多く存在します。そのなかでも、とりわけ異色なのがアメリカ海軍のE-6B「マーキュリー」でしょう。

外見は、ありふれた旅客機ベースの機体に過ぎません。しかし、本機に託されている任務は、通常の航空機とは比較にならないほど重大です。

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 E-6Bは、ボーイング707を基礎として開発された空中指揮・通信中継機です。最大の任務は、核戦力を構成する戦略ミサイル原子力潜水艦(SSBN)との通信を確保することにあります。

 アメリカの核抑止力は、戦略爆撃機、大陸間弾道ミサイル、そして戦略原潜という「核の三本柱」によって構成されます。なかでも戦略原潜は、敵から発見されにくい海中を長期間航行し、仮に敵の先制核攻撃を受けて地上の核戦力に大きな被害が出たとしても、生き残って報復核戦力を担うという極めて重要な役割があります。

 しかし、ここには根本的な通信上の問題が存在します。通常の無線電波は海水によって急速に減衰するため、潜航中の潜水艦と地上との通信は容易ではありません。そこで登場するのが、E-6Bです。

機体後部から全長数kmものアンテナを展開!?

 E-6Bが搭載する各種機器の中で、特に重要なのが極めて低い周波数帯を利用する「超長波(VLF)通信システム」です。これは潜航中の戦略原潜へ指令を伝達するための通信システムです。

パッと見は旅客機、実は米軍の“核戦争の司令塔”!? 国家レベルの役割を担う恐るべき特殊任務機とは
オハイオ級戦略ミサイル原子力潜水艦(SSBN)「メイン」。SSBNは核攻撃の第一撃から生き残り、第二撃を担う戦力(報復核戦力)として核抑止において重要な存在となっている(画像:アメリカ海軍)

 電波のなかで、これら低い周波数帯(超長波)は海水中に一定程度到達する性質があるため、潜水艦との通信手段に用いることができます。

一方、電波の波長がとても長いため、通信には原理上、巨大なアンテナが必要になるという欠点があります。

 E-6Bはその問題を、長さ数kmにも及ぶ長大なアンテナを2本用いることで解決しました。飛行中機体後方から長大なワイヤーを展開し、これを曳航しながら通信を行うのです。

 潜水艦側にも同種のアンテナが搭載されており、やはり海中に曳航することで機能します。通信速度はその他のデジタル通信と比較すれば極端に低いものの、ここで必要なのは動画や大容量のデータを送ることではありません。短く符丁化された国家指導部から発せられる核戦力運用上の命令「緊急行動メッセージ(EAM)」を、確実かつ認証可能な形で伝達できればよいのです。

核攻撃で破壊された地上施設から指揮を引き継ぐ

 さらにE-6Bは通信中継だけの航空機ではありません。地上の指揮施設が先制核攻撃等によって機能を失った場合に、核戦力の指揮権を引き継ぎ、地上の大陸間弾道ミサイルを指揮・統制するためのバックアップとしても機能します。

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E-6Bは地上指揮施設が壊滅した場合、その代わりとして大陸間弾道ミサイルの指揮を受け継ぐ任務も兼任している(画像:アメリカ海軍)

 この空中指揮任務は「ルッキング・グラス(Looking Glass)」と呼ばれます。つまりE-6Bが支えているのは、一つの兵器の運用ではなく、国家の核指揮統制そのものだと言えます。

 E-6Bは爆弾を投下するわけでも、ミサイルを発射するわけでもありません。しかし、その通信能力の先には、数千発規模の核兵器が存在します。

巨大な攻撃力を自ら搭載するのではなく、その攻撃力を発動させるための「意思と通信」を空中から支えているのです。

 E-6Bの前身としてアメリカ海軍が運用したEC-130Qも、やはり潜水艦との通信を担う機体でした。そして現在、E-6Bの後継機の開発がスタートしており、C-130JをベースとするE-130Jへ更新される見込みです。C-130から707へ、そして再びC-130へ。機体は世代を改めながらも、「海中に潜む核戦力へ、いかにして国家の意思を届けるか」という任務は受け継がれていきます。

【E-6B】純白の優美な機体に隠された恐ろしい任務(写真)

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