今年の夏も、愛媛代表は甲子園で勝てなかった。

 県内で無敵を誇った新田は、1回戦で花巻東(岩手)に2対4で惜敗。

これで愛媛勢は、2021年に新田が静岡を破って以来、夏の甲子園で初戦5連敗となった。

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【消えた"野球王国"の面影】

"奇跡のバックホーム"で松山商が日本一に輝いたのは、1996年夏。

 この15年では、済美が2013年に1勝、2017年に2勝を挙げ、2018年には4勝してベスト4に進出した。だがそれ以降、愛媛を"野球王国"と呼ぶ声は、いつしか聞かれなくなった。

 宇和島東、済美を率いて2度の日本一を成し遂げた名将・上甲正典はこの世を去り、1996年夏に松山商を日本一へ導いた澤田勝彦も監督職を退いた。現在は、今治西を11度の甲子園出場に導いた大野康哉監督が松山商の再建に取り組んでいるものの、いまだ聖地には届いていない。かつて"夏将軍"と呼ばれた名門は、2001年を最後に甲子園から遠ざかっている。

 だがこの夏、新田は愛媛大会で5試合を戦い、打ってはチーム打率.429、投げては5試合でわずか4失点、守っても無失策と、完成度の高いチームをつくり上げた。それでも甲子園常連の花巻東の牙城を崩すことはできなかった。

「今回はくじ運が悪かった」
「新田の選手たちはよくやった」

 愛媛県内では、そう見る向きが大半だろう。

 返球のスキを突かれ、三塁走者の生還を許す致命的なミスはあったが、新田は正々堂々と立ち向かい、力を尽くした末に敗れた。その奮闘は、十分に称えられるべきものだ。新田の岡田茂雄監督は試合後、「花巻東のスキのなさを、試合を通して感じました」とコメントした。

【受け継がれなくなった全国で勝つ経験】

 私はかつて、愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(愛媛新聞社)の編集長を務めていた。絶対的な優勝候補だった大阪桐蔭に準決勝で敗れた2018年夏の済美の戦いも、間近で見てきた。それだけに、"野球王国"と呼ばれた愛媛の現状には、寂しさを覚える。ひと昔前なら、たとえ相手が強敵であっても、初戦で敗れたチームに「よくやった」という言葉がこれほど向けられることはなかったはずだ。

 1996年夏に松山商を率いて日本一に輝いた澤田は、その年の春の選抜では初戦敗退を喫している。敗戦後、バスに乗り込んだ選手たちは、思い詰めた表情を浮かべる澤田を見て震え上がったという。「夏までの100日あまり、いったいどれほど厳しい練習になるんやろう」と。

 かつての愛媛には、本気で日本一を狙う高校があり、その牙城を崩そうと闘志を燃やすライバル校があった。松山商と今治西、松山商と新田、そして済美と宇和島東など、時代ごとにしのぎを削るライバル関係があった。

 しかし、ここ10年の愛媛代表を見ると、2年連続出場を果たしたのは済美(2017、2018年)だけ。それ以外は毎年のように異なる高校が甲子園の土を踏んでいる。同じ学校のなかで、全国レベルの経験や、そこで味わった敗北の教訓が次の世代へと受け継がれにくくなっているのだ。

 済美を率いて甲子園で6勝を挙げた中矢太監督は高校野球の現場を離れ、帝京第五を2度の甲子園出場に導いた小林昭則監督も、香川の蓬莱高校へと移った。

全国を知る指導者が、愛媛の高校野球界から相次いで姿を消していることも要因のひとつかもしれない。

【鳴門渦潮の1勝が示した復活への道】

 低反発の新基準バットが導入されたのは2024年3月。地方大会でも甲子園でも本塁打が激減し、打球が飛ばなくなったことで、高校野球そのものが変わるとも言われた。堅い守りをベースに、機動力や小技を駆使する伝統的なスタイルで勝利を重ねてきた愛媛勢にとっては、復活への追い風になるのではないか──。そんな期待もあった。しかし、現実には甲子園で勝負どころをものにできず、黒星を重ねている。

 また、愛媛の有望な中学生が県外へ流出していることを、勝てない理由に挙げる野球関係者は多い。だが、櫻井頼之介(聖カタリナ→東北福祉大→中日)、河内康介(聖カタリナ→オリックス)、有馬惠叶(聖カタリナ→中日)、矢野泰二郎(済美→愛媛マンダリンパイレーツ→ヤクルト)、宇都宮葵星(松山工→愛媛マンダリンパイレーツ→巨人)など、愛媛県内の高校からプロ野球へ進む選手は相次いでいる。少なくとも、「愛媛に人材がいない」のひと言で片づけられる状況ではない。

 春の選抜には5大会連続で出場できず、夏の甲子園では初戦5連敗。その厳しい現実を冷静に見つめ、愛媛の高校野球界全体で強化に取り組む時期に来ているのではないか。

 同じ四国から徳島代表として甲子園に乗り込んだ鳴門渦潮は、1回戦で八王子実践(西東京)にサヨナラ勝ち。

2回戦では霞ケ浦(茨城)に1対5で敗れたものの、最後まで粘り強く食らいついた。

 鳴門第一(現・鳴門渦潮)、城南、鳴門渦潮と、3つの公立校を甲子園に導いた森恭仁監督は言う。

「甲子園は『あわよくば』ではどうにもなりません。やっぱり実力がないと。今回は、旋風を起こすほどの力はなかったと思います。それでも、多くの観客の前で高校最後の試合を迎えられたのは、生徒たちが成長してくれたからです。甲子園で野球を見ることができて、采配を振るえたことには、感謝しかありません」

 2回戦で敗退したものの、鳴門渦潮が甲子園で挙げた1勝は、徳島県の高校球児たちにとって希望になるはずだと、森監督は言う。

「(徳島大会をノーシードから勝ち上がった)うちのようなチームが甲子園で勝てたことで、徳島大会で対戦した高校や、普段から練習試合をしているチームも、『俺たちでもやれるんじゃないか』と思えたんじゃないでしょうか。甲子園で1勝できたこと、そして霞ケ浦という強いチームと戦えたことが、いい効果をもたらすんじゃないかと思います」

 甲子園に出ることを目標にしていては、全国の頂点を本気で狙うチームには勝てない。とはいえ、初戦敗退が続く今の愛媛にとって、「日本一」だけを見据えても、その道筋はなかなか見えてこない。

 だからこそ、まずは甲子園で1勝すること。その1勝が「自分たちにもできる」という自信を県内に生み、次の世代へとつながっていく。

鳴門渦潮が徳島にもたらしたような小さな希望を、愛媛もひとつずつ積み重ねていくしかない。

 かつての"野球王国"を懐かしむだけでは、強さは戻ってこない。再びそう呼ばれる日が来るとすれば、その始まりはきっと、甲子園でつかむひとつの勝利からなのだ。

元永知宏●文 text by Tomohiro Motonaga

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