セザール・サンパイオ ロングインタビュー/第3回(全4回)
2004年に母国ブラジルの名門サンパウロFCで現役生活に終止符を打ったセザール・サンパイオ。インタビューの第3回では、引退後にサッカー界で経験してきたさまざまな職務について話した。
【選手経験を活かして解説や指導、クラブ運営などを】
──2004年にサンパウロFCを最後に現役を引退したあとも、あなたは常にサッカーの世界で生きていますね。
「選手としての経験を今に活かすことができているからね。たとえば、選手というのは、毎日何かを乗り越えていくものなんだ。すべての試合でいいプレーができるわけじゃないし、レベルを維持しようとしても、フィジカル面やチームの状況など、いろんなことが影響してくる。それでも、自分を証明し続けなければいけない。
同時に、素晴らしいこともたくさんある。プロとしてのデビュー戦は絶対に忘れられないし、初めてプロ契約をして、両親のために家を買ったこともある。それから、すごく迷いながら行った日本が、僕にとって第二の故郷になった。ワールドカップでプレーしたことも、いろいろなタイトルを獲った時のことも心に刻まれている。引退試合もそうだね。すごく悲しかったけど、何事も始まりがあれば、終わりもある。それを自分が決めなければいけない。そういうすべての経験が今につながっているんだ」
──現在は古巣のサントスFCで仕事をしていますね。
「クラブでアシスタントコーチを務めている。チームや個々の選手たちがうまく機能するために必要な、あらゆる面のサポートをしているんだ。監督の辞任や解任の際には、代行監督を務めることもあるし、監督が退場や出場停止で指揮を執れない時は、僕がその役割を担う。それから、U-20からプロに昇格する選手たちを、技術、戦術、精神面でサポートしている。仕事の幅は広いよ」
──過去には、ピッチの外でもさまざまな仕事をしてきましたね。
「そうだね。スポーツ団体の運営管理について講座を受けたあとには、実際、いくつかのクラブのディレクターを務めたり、アマチュアクラブのプロ化にも携わった。
サンパウロ州のサッカー連盟でも仕事をした。マウロ・シルバと一緒にアドバイザーをしていた時は、大会のレギュレーションやカレンダーの組み立て、選手の引退後のサポートなどに携わっていた。コパ・サンパウロというU-20の伝統的な全国大会を運営していた時期もある」
【セレソンでチッチ監督を補佐】
──元選手として、職業にはいろいろな選択肢があると思いますが、なぜ、その仕事を選んだのですか?
「僕は現役時代から、サッカーにはさまざまな仕事があることに注目していたんだ。重要なのは、今やサッカーはビジネスになり、それを統括するためには、勉強が必要だということ。僕は引退後に大学でそのメカニズムをきちんと学び、今も日々、勉強し続けている。サッカーは運営もビジネスも競技そのものも、生き物のように変わっていくものだから。
ブラジルに必要なのは、倫理的な概念だ。才能ある選手がピッチの外で自己管理できないとか、素晴らしい歴史を持つクラブが負債などで価値を落とす、ということのないように、目標に向けて念入りなプロジェクトを組み立て、真剣な仕事をするようにコーディネートしたいんだ。
テレビやラジオのコメンテーターをしたのも、いい経験になったよ。高いレベルでコミュニケーションを取るために工夫をした。さまざまなことに対して俯瞰的な見方をし、根拠をもって具体的に解説しようとしたんだ」
──そういう積み重ねが、別の仕事の糧にもなっているんですね。
「サンパウロ内陸部にあるコメルシアルFCというクラブで、社会プロジェクトもやっていた。貧しい家庭の子どもや、社会的に困難な状況にある少年少女たち──たとえば、親が刑務所に入っていたり、育児放棄していたり、そういうさまざまな状況にいる子どもたちの社会性を育てるために、サッカーを通して人間形成の手助けをして、雇用までの道筋をつけていたんだ。
そのうち、裕福な家庭の子どもたちも受け入れるようになった。何かの理由で不登校になったり、目標を見失うこともあるからね。そんなふうに常時500人近い子どもたちの育成に携わっていた」
──記憶に新しいのは、ブラジル代表でチッチ監督のアシスタントコーチをしていた姿です。
「チッチのことは以前から尊敬していたけど、監督ライセンスの講座を受講していた時に、一緒にいろいろな課題に取り組む機会に恵まれて、監督哲学やサッカーに関するさまざまな面で、考え方がとても似ていることがわかったんだ。それで、彼が誘ってくれた。
多くの選手と同じように、僕も監督になるということをひとつの目標として考えていたけど、まずはいろいろな形でサッカーと関わってみた。その後、チッチとともにブラジル代表を率い、自分が再びピッチに帰る時が来たと感じたんだ。3年2カ月間、代表で仕事をし、ワールドカップでも仕事をした。それがあったから、その後にフラメンゴ、そして今はサントスで、アシスタントコーチをしているというわけだよ」
【僕は日本が大好きなんだ】
──こうして話しているだけでも、とても充実しているのを感じるのですが、今、あなたの人生の最大の夢と目標とは?
「僕は監督として日本に戻りたいと思っている。僕は日本が大好きなんだ。素晴らしい経験をした国だからね。そのためにここでやるべきことをやって、準備を続けている。今はクカ監督と一緒に、サントスで勝負している。クラブは僕らに完全な自由を与えてくれているから、僕も結果を出すために全力を尽くすとともに、自分自身の仕事に磨きをかけているんだ。日本に監督として戻れるようにね。日本サッカーに、ポジティブな形で貢献ができるように。今日は午前中に勉強して、午後から仕事に行く。
ピッチ上では勝利のメソッドとスピリットを、そして人生においては勝敗の先にあるものを、僕の第二の故郷である日本の人々に伝えたい。それが、今の僕の目標なんだ」
(つづく)
第4回を読む >>> セザール・サンパイオ、北中米ワールドカップの日本とブラジルを評す「日本は大会を通して成長していた」
セザール・サンパイオ Carlos César Sampaio Campos
1968年3月31日生まれ、ブラジル・サンパウロ出身。現役時代は万能型のボランチとして活躍し、サントス、パルメイラスというブラジルの名門を経て、1995年に横浜フリューゲルスに加入した。同クラブ在籍中、1998年ワールドカップにブラジル代表のレギュラーとして出場し、準優勝に貢献。2002年に柏レイソルに入団、翌2003年からはサンフレッチェ広島でもプレーした。引退後はクラブ経営や指導者の職務を歴任し、大学で経営学なども学んでいる。
藤原清美●取材・文 text by Kiyomi Fujiwara

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