かつて都市にあったはずの高さ規制や容積率のルールは次々と骨抜きにされ、日照や景観といった概念は片隅に追いやられた。そして今、オフィス、ホテル、商業施設、果ては小学校まで飲み込んだ巨大複合ビルが「新しい街」を標榜して次々と生まれている。しかし、それらは本当に「街」と呼べるのだろうか――。
※ この記事は、牧野知弘氏の著書『家が買えない ―高額化する住まい 商品化する暮らし―』(早川書房、2024年)より一部抜粋・構成しています。
なぜ高層ビルやマンションが乱立するようになったのか?
かつて丸の内界隈と言えば、階数8階のオフィスビルが規則正しく並び、屋上部分がきれいなスカイラインを描いていた。1963年に建築基準法が改正されるまで、新しい建物を建設するには31mという高さ規制があり、以降も美観をめぐる不文律があったからだ。ところが現在は、このエリアにも超高層ビルが林立している。そこにいたるまでの歴史を見れば、日本人が都心の建物に高さと容積率を追い求めてきた様子がうかがえる。
特に1990年代半ばから都市計画や再開発に関する各種法規制が改正され、東京都心部の容積率は大幅に緩和=嵩上げされた。たとえば工場や倉庫が林立していた東京の湾岸エリアは、用途地域で言えば工業地域で、従来は容積率200%程度であったものが軒並み400%や600%に改正された。
当時は急激に進む円高を嫌って、工場をアジア諸国などに移転する動きが活発だった。もともと工場や倉庫は広い敷地面積に建てられており、空いたスペースに同じような工場や倉庫を誘致するにはハードルが高い。
ところが、様々な規制暖和策によって、広い敷地に一度に数百戸から1000戸 を超えるようなマンションを供給できることになり、湾岸エリアにタワマンが林立することになる。
容積率は都心部でも軒並み上昇し、さらに地区ごとに定めた誘導用途(オフィス以外の用途、たとえば商業やホテルなど)であれば容積率の割り増しをもらえるなど、多くの特典が施されたことで、建物は天の高みへと向かっていったのである。
追いやられる「景観の保護」
また、建物の高さ規制も緩和、撤廃されるところが増加した。東京・表参道にある神宮外苑では、再開発によって野球場やラグビー場が建替えられるのみならず、超高層ビルやホテルが建設され、外苑内の多くの樹木が切り倒されることで悶着(もんちゃく)が起こっている。この問題は伐採される樹木の本数と植栽される本数の比較など、何やら矮小(わいしょう)化されて語られているが、本来この地区には高さ規制が設けられていたところから、東京五輪で新しい国立競技場を建設する際、建築家ザハ・ハディッド氏のプランがこの高さ規制を大幅に超えていたことに端を発する。
ハディッド氏の案は結局採用されず、隈研吾(くまけんご)氏の案で新国立競技場は建設されることになるのだが、この案も高さ規制をまったく無視したプランだった。
東京都はこうした規制をたてに指導することなく、競技場の建設を認可しただけでなく、国立競技場建設部分だけ規制をはずす特例措置は取らずに、高さ規制を大幅緩和している。その思惑を考えると、行政が積極的に高さ規制をはずし、民間デベロッパーが開発しやすいように誘導しているとも受け取れる。
容積率緩和を施し、さらに地上高くそびえ立つ摩天楼を許可していく。こうした方針がこの30年間ほどで浸透し、都市部において日影規制や景観の保護といった概念は徐々に片隅に追いやられ、無視されるようになってきたのである。
「縦」に稼ぐ不動産開発では街の価値は生まれない
最近の東京都内は再開発ラッシュである。戦後の高度経済成長期以降に建設された数多(あまた)のオフィスや住宅、店舗などが築50年を超え、建替え時期に差しかかったうえ、容積率や高さ規制が大幅に緩和されたことなどにより、再開発の内容は「より広く、大きく」がテーマとなっている。森ビルでは東京23区内での大規模オフィスビル(延床面積1万㎡以上)の新規供給予測を行っており、2025年には119万㎡もの新しい大規模ビルが完成する予定である。
注目すべきは1棟あたりの面積だ。平成バブル期を含む1986年から95年までの10年間で、計1013万㎡ものオフィスビルが建設されたが、棟数は351棟で1棟あたりの平均延床面積は2万8860㎡だった。
それが2014年から23年までの10年間で供給されたオフィスビルは、延床面積については計1001万㎡とさほど変わらないが、棟数は190棟しかない。1棟あたりの平均延床面積は5万2684㎡と、その規模がおよそ2倍になっている。オフィスビルは巨大化しているのだ。
巨大化しているばかりでなく、最近の開発事例ではオフィスのみならず、同じ建物内にホテルや商業施設、住宅、美術館やホールなどの公共施設を取り込んだ建物用途の複合化が顕著になっている。
2023年3月にグランドオープンした東京・中央区八重洲にある東京ミッドタウン八重洲を例に取ろう。この建物は、敷地面積1万2390㎡、建物延床面積28万3900㎡、地上45階、地下4階にもおよぶ巨大ビルだ。
この施設の中身は、上層階にブルガリホテル東京という超高級ホテル、中層部にワンフロア貸付面積4099㎡(1240坪)の大規模オフィス、地下部分には商業施設とバスターミナルなどを備える。さらに低層部には中央区立城東小学校、別棟にはこども園まで設置されている。事業者のコメントでは、これはただのオフィスビルではなく「一つの街」を体現しているのだと言う。
だが、この建物を本当に「街」と呼べるかというと、疑問符を付けざるをえない。
街と「街っぽいビル」の決定的な違い
たとえば、東京ミッドタウン八重洲 に通勤するオフィスワーカーにとって、上層階にあるブルガリホテル東京を使う機会はほとんどないだろう。子どもをビル内の小学校に通わせる人も稀だろう。地下部分の商業施設や低層階には飲食店も入居しているが、東京ミッドタウン八重洲から一歩出れば、八重洲仲通りと呼ばれる充実した飲食店街が広がっている。ビル内の飲食店は小洒落てはいても価格が高く、多くのワーカーはランチの際にコンビニや弁当で済ませるか、八重洲仲通りに出向くという。
大規模複合ビルは最近の大規模開発の定番であるが、実はデベロッパーが掲げるような街、タウンとしての機能を発揮できているところはほとんどないのが実態である。ビル内の各用途が有機的につながっていないのは、どの複合開発物件でも見られる現象だ。
同じビル内に美術館があったからといって、平日にオフィスワーカーが訪ねることはほとんどない。ホールも今や多くの開発で設置されているが、株主総会の開催会場や各種製品を発表する会場として利用する機会はあっても、多くのテナントが喜んで使用する施設でもない。用途がそれぞれ独立しているがゆえに、そうした施設がテナントにとってどんな効用があるのかが不明なのだ。
オフィスワーカーの通勤動線からみれば、この事態はさらに明らかなものとなる。
エレベーターで昇る途中に、美術館、ホール、保育所などがあっても、エレベーターは高速で上層階までするするとワーカーを運び上げてくれるため、そうした施設を目にすることも意識することもなく、目指すフロアに到着する。ランチタイムも取引先に出向くときも、移動は常に「縦」方向に機械移動を繰り返す。つまり、途中階に何があるかを意識することはほとんどない。
これを平面的な街として考えてみよう。オフィスに行くまでの間にある飲食店、学校、住宅、物販店、ホテル、美術館、ホール、すべてが平面上に並ぶがゆえに、移動中にいろいろな箇所に目線が移動する。
美術館に向かうカップル、物販店をのぞくご婦人、子どもの迎えに来る親御さん、新しい飲食店に並ぶ行列、ホテルの喫茶ルームで寛ぐ観光客。
そうした姿を視覚的に認識できるため、たとえそれぞれのお店や施設を利用せずとも、それらが一体となって一つの街を形成していることが感じられる。日々、街で繰り広げられる動きを目にすることで、今度の休日は美術館に出かけてみようか、ホテルの喫茶店にもたまには足を向けてみようか、などなど、人はいろいろな発想をめぐらす。
このように考えれば、大規模複合ビルがそのまま「街」の機能を果たせるはずがないことがわかるだろう。不動産デベロッパーは不動産の価値を「縦」で稼ごうとするが、それと「横」の視点でとらえるべき街の価値との間には、大きな違いがあることに気づくはずだ。

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