スタンフォード大の佐々木麟太郎内野手(21)が19日、岩手県花巻市内の屋内野球施設「King of the Hill」で会見し、8巡目(全体235位)で指名された米大リーグのマーリンズに入団することを表明した。
「私、佐々木麟太郎はこのたび、マイアミ・マーリンズでプレーすることを決断しました」と自らの口で進路を明かし、「新たな道の開拓が私、佐々木麟太郎の使命宿命だと思い、アメリカで頑張って参ります」とはっきりとした口調で述べた。
ソフトバンクから1位指名を受けた麟太郎は今夏、マーリンズから8巡目(全体235位)で指名され、進路が注目されていた。家族や代理人とも相談し、熟考を重ねた上で導きだされた結論は、やはり幼い頃から目標にしていたメジャー挑戦だった。
中学時代は同じ左打者で、大好きだったバリー・ボンズのスイングを参考にした。また幼少期から間近で見ていた花巻東OBの菊池雄星(エンゼルス)や大谷翔平(ドジャース)のプレーに、何度も刺激を受けた。
花巻東3年時はプロ志望届を提出せず、23年9月に複数のメジャー球団の施設に加え、複数の名門大学も見学した。24年にスタンフォード大へ進学後はMLBへの扉を開くため、同大の恵まれた機材も利用し肉体を鍛え、打撃データとも向き合いながらさらなる成長を目指してきた。
スタンフォード大進学を決断した後、入部前に好きな背番号を選ぶことができたという。「背番号を選択できる最初の機会だった。背負うものですので、こだわって決めようと」。最終的には敬愛する長嶋茂雄さんへの思いもあって「3」を選んだが、「25もいいなと思った」と明かしている。25番はボンズがジャイアンツ時代に着用した背番号だ。
以下、佐々木のマーリンズ入団表明の全文。
私、佐々木麟太郎は、今回、マイアミ・マーリンズでプレーすることを決断しました。自分自身に力がないことは、皆様以上に自分自身、かなり理解はしていると思います。
この道が結果として失敗だったとしても、私自身、後悔は一切したくありません。
自分自身を軸にして、失敗したかしなかったか、ではなく、挑戦したかしなかったかを、選ぶ人生にしたいなという思いで、最終的にこの道を決断いたしました。
改めまして、こんな未熟な私をドラフト1位でご指名いただいた福岡ソフトバンクホークスさん、ならびに横浜DeNAベイスターズさんに、高いご評価をいただいたこと、深く感謝申し上げたいなというふうに思います。ありがとうございます。
特に福岡ソフトバンクホークス様には、ドラフト指名以前から、何度もアメリカまで足を運んでいただき、資料の準備から前回の福岡の施設見学にあたっていろいろご案内をご丁寧に、そしてご誠実にご説明いただきました。大変心から感謝しています。新たな道の開拓が佐々木麟太郎の使命、宿命だと心に刻み、アメリカで頑張ってまいりたいと思います。
◆佐々木 麟太郎(ささき・りんたろう) 2005年4月18日、岩手・北上市生まれ。21歳。幼少時から野球を始め、江釣子(えづりこ)中では大谷翔平の父・徹氏が監督を務める金ケ崎シニアに所属し、2年夏に「4番・三塁」で東日本選抜大会優勝。花巻東では1年春からレギュラー。高校通算140本塁打。24年秋、米スタンフォード大に進学。184センチ、120キロ。右投左打。家族は両親と妹。










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