産婦人科医の88.1%が「懸念あり」 緊急避妊薬“薬局販売”で「性暴力見逃し」リスクも…望まない妊娠防ぐ「学校での性教育」の必要性
緊急避妊薬を処方せん無しで薬局で購入できる制度が、今年2月2日から始まった。
望まない妊娠を防ぐため、必要な人が速やかに薬へアクセスできるようにすることの重要性が叫ばれる一方、医師たちからは「性暴力やDV、児童虐待などの被害を見逃さず医療や相談支援につなげられるのか」「適正な使用をどう確保するのか」といった点を懸念する声も上がっている。

単に「買いやすくなった」と評価するだけでは済まない現実が浮かび上がる。(ライター・松田隆)

処方せん無しの購入が可能になったが…

緊急避妊薬とは、避妊に失敗した場合や、避妊措置を講じなかった性交、性暴力被害などの後に用いる薬である。
通常の避妊法のように性交前から計画的に妊娠を避けるものではなく、性交後に取られる手段であることから、「最後の避妊手段」と位置づけられている。性交後72時間以内の服用が重要であり、時間との勝負になる場面も少なくない。
その効能について、日本産婦人科医会の安達知子副会長は、緊急避妊法の種類の1つであるLNG製剤(レボノルゲストレル)に関し「安全性と妊娠阻止率は比較的高く、仮に妊娠継続しても、妊娠経過や胎児には悪影響はない」としつつも、「LNG1.5mg(1回服用量)は通常の低用量ピル17~18錠分にあたり、月経周期は乱れやすく、また、妊娠継続も1~2%の確率で起こる。その際、正常妊娠で継続するとは限らない」と説明する。
そのような薬が、処方せんが無くとも薬局で購入できるようになる、「スイッチOTC(Over The Counter)化」(※)が実現したのである。
※スイッチOTCとは、もともと医師の処方が必要な医療用医薬品で使われていた成分を、薬局などで処方せん無しに購入できる医薬品(一般用医薬品や要指導医薬品など)の有効成分として転用したものをいう。今回スイッチOTC化された緊急避妊薬は要指導医薬品として販売されており、購入時には薬剤師による説明・指導が必要となる。
日本産婦人科医会の種部恭子常務理事によると、スイッチOTC化の議論のきっかけとなったのは、2017年と2021年に消費者団体などから出された要望だった。これを受けて政府の男女共同参画基本計画へ検討項目として追加され、厚生労働省の評価検討会議での議論が始まった。
その後、2023年から2024年にかけて実施された薬局での試験的なモデル販売調査を経て、2025年にスイッチOTCとして正式に承認され、2026年2月2日から要指導医薬品として、全国の要件を満たした薬局の店頭にて、処方せん無しでの販売が開始された。
2026年5月13日時点で販売薬局は1万4203軒に上り、各都道府県で1か所以上の産婦人科医療機関が連携医療機関として協定に協力している(種部恭子「緊急避妊薬スイッチOTC化を巡る課題 ~予期せぬ妊娠の現状およびSRHRの視点を踏まえて~」スライド8、日本産婦人科医会第207回記者懇談会、2026年5月13日)。

緊急避妊薬のスイッチOTC化により、夜間や休日に産婦人科を受診できない場合でも、研修を受けた薬剤師のいる薬局で説明を受けた上で購入できるようになり、服用までの時間を短縮できるようになった。また産婦人科医の側にも、休日・夜間の処方負担を軽減するメリットがある。
もっとも、緊急避妊薬へのアクセスを改善するだけで、すべての課題が解決するわけではない。
利用者にとっては性交後72時間以内に服用できる可能性が高まる一方、適正な使用を確保するとともに、医療や相談支援を必要とする人につなげるための制度設計が不可欠となる。
今回の制度変更をめぐる安達氏、種部氏の説明に共通するのは、「薬へのアクセス改善を認めつつも、それだけで終わらせるべきではない」という問題意識である。
つまり、薬局販売を単なるゴールと捉えるのではなく、義務教育段階からの包括的性教育の充実や、医療・福祉・行政が緊密に連携した社会的セーフティネットの構築、さらには性と生殖に関する健康と権利(SRHR=Sexual and Reproductive Health and Rights)の実現に向けた取り組みを一体的に進める必要があるということである。

16歳未満が緊急避妊薬を必要とする背景に「性暴力」等の可能性


産婦人科医の88.1%が「懸念あり」 緊急避妊薬“薬局販売”...の画像はこちら >>

身振り手振りを交えて説明する種部恭子常務理事(撮影・松田隆)

医会側の懸念は、数値にもはっきりと表れている。過去のアンケートでは、産婦人科医の88.1%がOTC化に何らかの懸念があると回答している。
その内容としては、「転売や性暴力への悪用」「妊娠への対応の遅れ」「性暴力やDVに気付く機会の喪失」「性感染症リスクの増大」などである(日本産婦人科医会・緊急避妊薬のOTC化に関する緊急アンケート調査、令和3年(2021年)8月25日~9月12日実施、有効回答5249件)。
今回のスイッチOTC化では、特に16歳未満への販売が問題となっている。これまでの試験的販売は研究扱いのため、16歳未満は対象から除外されていた。しかし、2026年2月2日以降は、16歳未満でも氏名と連絡先を追加で記録・保存すれば販売可能とされ、親権者の同意は不要と整理された。
医療界は、未成年が緊急避妊薬を必要とする場面の背景に、不同意性交等罪に該当し得る加害行為や性暴力、児童虐待が潜んでいる可能性があるとして、根強い懸念を示している。

なお、厚労省法務室は「同罪(不同意性交等罪)は年齢に関わらず被害者となりうる犯罪であり、性交同意年齢未満者(16歳未満)の方への販売を控えるべき理由にはならない」(厚労省医薬局医薬品審査管理課から医会への2025年2月25日の説明資料から)と判断している。
一方、医会側は性交同意年齢未満者へのケアを、薬局販売のなかでどこまで担保できるのかという課題を示している。
医会側の懸念の背景には、日本の若年層における予期せぬ妊娠と中絶の深刻な現状がある。2024年度の統計では、15歳以下の性交同意年齢未満における妊娠件数は588件に上り、そのうち約83%にあたる489件で人工妊娠中絶が選択されている。さらに16歳の出産も215件だった(厚生労働省・令和6(2024)年度衛生行政報告例、令和6年人口動態統計から)。
また、2020年度の心中以外の虐待死を見ると、生後0か月児の虐待死亡事例が16例あり、その半数が10代の母によるものであった(子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第18次報告)から)。

「面前服用」の徹底を求める

同医会では、産婦人科医の88.1%が同薬剤のスイッチOTC化に何らかの懸念を抱いている現状を踏まえ、転売や悪用、妊娠への対応遅延を防ぐ安全装置の徹底を求めてきた。具体的には、購入者本人がその場で服薬する、「面前服用」の徹底である。
面前服用は「飲まない者には売らない」という厳格な統制として求められ、導入された。
「薬剤師さんのなかには『持って帰ればいいのではないか』という意見もありましたが、私はそれは望まれる姿ではないと思いました。『1分でも早い方が効果があるのだから、先に飲みましょう』でいいと思います。
次の日の性交のために必要という時は、もっとリスクが低く、もっと避妊効果の高い薬を飲んでた方がいいわけです。ピルだと100%近いわけですから。
そのための(緊急避妊薬の場合は)面前服用なんです」(種部氏)
面前服用の徹底の他にも、「男性への販売を禁止する」というルールが、適正使用を担保するための安全措置として盛り込まれた。
ただし、医会側が示した懸念は転売や悪用にとどまらない。前述したように、妊娠への対応の遅れ、性暴力やDVに気付く機会の喪失、性感染症リスクの増大など、薬局販売を医療機関や相談支援につなげられるかが課題となる。
種部氏は、スイッチOTC化の経緯として、第5次男女共同参画基本計画に緊急避妊薬をめぐる検討項目が追加されたことを紹介した。
同計画では、緊急避妊薬を必要とする女性の背景に性犯罪・性暴力、配偶者等からの暴力がある場合も想定され、ワンストップ支援センターや医療機関等との連携、義務教育段階を含む性に関する教育の推進が重要とされている。
緊急避妊薬を処方せん無しで購入できるようにすることは、単なる利便性向上にとどまらない課題を伴っている。

必要なのは「望まない妊娠」を防ぐこと

産婦人科医の88.1%が「懸念あり」 緊急避妊薬“薬局販売”で「性暴力見逃し」リスクも…望まない妊娠防ぐ「学校での性教育」の必要性

日本産婦人科医会・安達知子副会長(2025年撮影・松田隆)

安達氏は「すべての子どもたちは望まれて生まれてくるべきで、妊娠しても出産できない時期には確実な避妊が必要である」とし、72時間以内という時間制限のなかでのアクセスの良さや緊急避妊法の存在意義自体は認めている。
その一方で、若年層では予期せぬ妊娠や中絶が多いこと、また生まれてきた子どもが虐待を受けるリスクが他の年代に比べて高いという実態を、安達氏は憂慮する。そのために「性交・妊娠の背景等も含め、学校の包括的性教育は必須である」と訴える。単に薬を販売して終わりにするのではなく、教育現場からのアプローチによる根本的なセーフティネットの構築が不可欠とする。
緊急避妊薬は「最後の避妊手段」であることは間違いない。それを必要とする若年層の女性を助けることになるのは確かであるが、より必要とされるのは、そもそも若年層の女性がそうした助けを必要とする状況を作り出さないこと、望まない妊娠をしない環境を整えることである。

緊急避妊薬のスイッチOTC化に関する安達氏・種部氏の指摘は、利便性の向上の一方で多くの課題が残されており、適正な取り扱いが前提となるという点で、多くの示唆を含んでいると言えよう。
◾️松田隆
埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。日刊スポーツ新聞社に約30年在職し、退職後にフリーランスとして活動を始める。2017年に自サイト「令和電子瓦版」を開設した。現在は生殖補助医療を中心とした生命倫理と法の周辺、メディアのあり方、冤罪(えんざい)と思われる事件の解明などに力を入れて取材、出稿を続けている。


編集部おすすめ