“ガチャ”のような「選ばない消費」が社会に浸透したが、長引く景気の不透明さの中で、「頑張れば報われる」といった価値観が揺らぎ、「思い通りにならないこともある」と失敗を受け止める風潮が社会全体に広がっていったことが背景にあるのでは?と指摘するのが、消費者行動を研究する久我尚子氏だ。
AIが選択を肩代わりできるようになった今、私たちは本当に「自分で選ばなくていい」のだろうか? 書籍『選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観』より一部を抜粋・再構成して考察する。
選ばない消費と自虐の相関性
選ばない消費を「本当に賢いのだろうか」という懐疑的な視点で見ていきましょう。アプリなどで見られる、ガチャ的な要素においては、失敗を引き受けなくてはなりません。「こんなの来ちゃったよ」はいわば失敗です。
失敗を引き受ける意識が社会で広く認識されるようになったのは「こんなの来ちゃったよ」と楽しめる素地が広がったことが関係しているのではないでしょうか。
こうした意識の変化の背景には、バブル崩壊以降の経済環境があるでしょう。長引く景気の低迷は、それまでの「頑張れば報われる」「成功こそが正解」といった価値観を少しずつ揺るがし、「思い通りにならないこともある」「そういうものだよね」と受け止める、ある種の達観や慎重さが社会全体に広がっていったように思います。
挑戦する気持ちにブレーキをかけるような時代の空気が、どこかで「期待しすぎない」姿勢を作ってきたのかもしれません。
そのような時代に広がってきたのが「自虐」というスタイルです。
2000年代頃から、テレビではお笑い芸人の存在感が増していますが、彼ら・彼女らが定着させたのが「自虐」ではないでしょうか。
典型的なお笑いでは、ボケ役が非常識的なことをして、ツッコミ役が「おかしいだろ」と指摘して、常識に引き戻します。観客はボケのおかしさに気づきながらも、ツッコミによってそれが言語化されることで、笑いが生まれるのです。そしてボケ役の非常識な言動というのは多くの場合、失敗に依拠しています。つまり、自虐です。
今はこのようにボケの力が強いのですが、80年代の漫才ブームの際には、ツッコむ側の論理の方が強かったように思います。たとえばビートたけしさんの笑いには非常識や社会の矛盾に対する強烈なまなざしがありました。
不条理やシュールな笑いの中にも「それはおかしいだろ」と糾弾する姿勢があり、非常識を肯定するのではなく、批判的に扱っていたように思います。もちろん自虐的な語りもありましたが、共感を誘うためではなく、非常識を際立たせる手段でした。
しかし、バブル崩壊後、非常識を糾弾する「正しさ」への信頼が揺らぎ、「非常識」や「失敗」そのものが許容されるようになっていきました。それまで「いじけてる」とされてきたような自虐的な語りが、逆に面白がられ、共感を呼ぶようになったのです。
今やテレビやYouTubeでは、自虐を笑いに変えるスタイルが一般的になっています。人気YouTuberに共通しているのは、「うまくいかない自分」や「失敗してみた自分」をうまく見せていることです。完璧なリア充よりも、どこか抜けたところや、少しドジな面を持つ方が親しまれ、支持される傾向が強くなっています。
このようにして、「自虐」や「失敗への寛容さ」が当たり前になってきた社会では、「選ばない消費」につきものの偶然やズレ、外れすらも「あるある」「分かる」と受け入れられるようになっていったのではないかと思うのです。
ダメな自分と対峙する力
近年では「失敗学」という学問も登場し、ビジネス書の世界でも長く、失敗の効用がもてはやされています。「失敗は成功への近道」といった、ある種古典的ともいえるコンセプトも、今なお多くのビジネス書で語られています。
さて、ここからは少し視点を変えて、小説家や表現者の言葉に耳を傾けてみたいと思います。
先ほど触れた「失敗は成功への近道」という考え方は、失敗を学びや成長の糧として前向きに捉える姿勢です。しかし、そうした前向きな失敗観を軽々と超えるような思想を体現していたのが小説家の西村賢太さんです。
「自分自身のことを書く」という私小説は純文学の大きな柱の一つとして存在しますが、そういった私小説は戦後、あまり書かれなくなりました。
高度成長期は、後に映画『ALWAYS三丁目の夕日』で描かれたようなみんなで前を向こうとする時代で、自虐的な作風は受け入れられなかったのです。
その後、バブルが崩壊しデフレが定着した2011年に『苦役列車』で芥川賞を受賞し、文壇に登場したのが西村さんです。
彼が異彩を放っていたのは、ご自身が「陰惨」と表現されているような不都合なことも逃げずに書いたからではないでしょうか。
それまでの美化が混じった私小説の流れをひっくり返せた、もしくはありのままの描写が受け入れられたのには、自虐に対して寛容となった世相が関係しているのでしょう。飾らずに、自虐的にもがく姿をさらけ出した作風が、時代にうまくマッチしたのです。
芥川賞を受賞した際、読者から「こんなにダメな人がいるんだから、自分はもっと頑張れる」という声が寄せられたことについて、西村さんは「それじゃ、ダメなんですけどね」と返したそうです。他人の失敗を見て安心するのではなく、自らの不完全さと向き合うことが大切だという示唆が、そこには込められていたのでしょう。
レジリエンスといった言葉を耳にすることが増えた今、金原ひとみさんの言葉を借りるとすれば、私たちは「絶望からしか起爆できない」のかもしれません。
そして、こうした「失敗を受け入れる力」が育まれてきたからこそ、選ばない消費も、社会に広く浸透してきたのではないでしょうか。
AIが代替できないこと
なかなか選ばない消費の賢くない部分が見えてきません。むしろ、これまで見てきたように、選ばないことには効率性や合理性、偶然を楽しむ柔軟さなど、現代的な知性が垣間見える場面が多くありました。
ですが、今一度、視点を少し変えてみたいと思います。選ばないことによって発生する、ほころびや不都合はないのか。私たちは本当に何でもかんでも選ぶことを避けていいのか。その中で「選ばなくてはならないこと」とは何なのか。その問いに向き合いながら、選択の意義についてあらためて考えていきたいと思います。
AIについて、社会学者の橋爪大三郎さんは、生成AIの登場でビジネス、学校、国民国家の形が様変わりする中で、AIに置き換えられない役割として、「裁判官」を挙げています。著書『上司がAIになりました―10年後の世界が見える未来社会学』に関するインタビューの中で、こう語っています*1。
生成AIは何も考えていないし意識もないんです。(中略)生身の人間をそっくりさんで代替することはできない。たとえば、子どもが欲しいけど、子どものそっくりさんが作れるから子どもは産まなくてもいいや、ということにはなりませんね。
(中略)本当の人間同士の関係は生成AIに置き換えることができない。だから裁判官をそっくりさんに置き換えたら、それはルール違反なんです。生身の人間が生身の人間を判断する、法的判断をするというのは、一元化できない、判例をまねすることとは違う。だからそれは人間がやらなければならない。
橋爪さんはAIを良し悪しで論じていませんが、AIは万能ではないこと、どこまでをAIに任せてよくて、どこからは自分で選び、判断しなければならないのかを問い直しています。
理論物理学者のスティーヴン・ホーキング博士もAIの進化は人類にとって脅威になり得ると警鐘を鳴らしていました。始まってしまったAIの開発に歯止めをかけることはもはや難しい、という現実はありますが、「これで良いのか?」という視点を持ち続けることの大切さを多くの識者が訴えています。
「選ばない消費」について丁寧に考察してきたのも、単にライフスタイルの変化を追うためだけではありません。なぜ私たちは選ばなくなったのか、選ばないことで、どう楽になり、何を手放したのか。そして、これから、どんな社会を生きていくのか。こうした問いを私たち自身が考え続けることが必要だと思うからです。
AIの進化によって、選ばないことがどこまでも可能になる時代だからこそ、「あえて選ぶ」「自分で判断する」ことの価値も、忘れずにいたい。
文/久我尚子
註
*1 NHKラジオ「マイあさ! 著者からの手紙」二〇二四年一二月放送。
選ばない消費 AI時代の暮らしと価値観
久我 尚子
「選ぶことから解放されたい」という感覚は、音楽のストリーミングやファッションのサブスクサービス、生成AIによる最適解の形をとって、若者だけでなく全世代に波及している。
シンクタンクで消費者行動に関する調査・研究に取り組む著者は、その行動を「選ばない消費」と名付けた。
なぜ私たちは「選ばない」ことを選ぶようになったのか。「選ばない消費」にはどんな可能性があるのか。
その実態と背景を解き明かし、私たちの暮らしや価値観のゆくえを考察する。
【目次】
はじめに
第一章 選ばない消費とは何か
第二章 私たちが選ばなくなるまで
第三章 選ばない消費の良いところ
第四章 選ばない消費の意識調査
第五章 選ばない消費は賢い消費なのか
第六章 選ばない消費の今後
おわりに

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