習近平国家主席が語った「琉球との交流の縁」、党機関紙が投げかけた日本による沖縄統治への疑問、そして中国の研究者らが唱え始めたフィリピン領バタン諸島をめぐる新たな法理――。中国政府による正式な領有権主張とは異なるものの、台湾周辺では見過ごせない動きが相次いでいる。
外交で問われるのは何を取って帰ったか
日中関係が悪い時に議員同士が会う。それ自体は止める話ではない。むしろ会えばいい。だが、「パイプを維持する」ことを成果にしてはいけない。会談の席に着くことを仕事の終わりにしてはいけない。そこは仕事の入口である。
パイプは道具であって目的ではない。北京に行ける、中国共産党の幹部に会える、電話がつながる。それで何が変わるのか。何も変わらないなら、太いパイプがあっても意味はない。
外交で問われるのは、誰と会ったかではなく、何を取りに行き、何を取って帰ったかである。
中国外交部、日比境界画定交渉は「完全に違法で無効」
中国に行けば「親中派」と呼ばれることもある。そうしたレッテルを承知で、「関係が悪い時こそ自分たちが橋を架ける」という使命感を持つ議員もいるのだろう。その覚悟自体は否定しない。
問題は、その使命感が目的の代わりになることだ。目的さえはっきりしていれば、親中派でも反中派でもない。普通の外交である。外交は人脈自慢ではない。相手から結果を取るための実務である。
しかも、今は相手の言葉をかなり注意して聞かなければならない時期だ。台湾について中国の立場は明白である。
習近平は2026年7月にも「祖国完全統一」を中国共産党の歴史的任務と位置づけた。中国政府は従来から台湾を中国の一部とし、武力行使を放棄しない方針を明記している。
その台湾の東側で、今年は動きが続いた。
ところが翌29日、中国外交部は、この交渉を「完全に違法で無効」と断じた。6月1日には中国海警が台湾東方海域を巡航し、日比の境界画定交渉への対抗措置だと自ら説明している。
怖いのは主張の強さだけではない。主張の置き方である
さらに6月30日、広州の曁南大学でバタン諸島の主権を議論する会議が開かれた。
南京大学、浙江大学、中国社会科学院、中国南海研究院などの研究者が参加し、大学の公式発表は、会議が「国家の重大な戦略的需要」に応えるものだと説明している。そして参加者は、バタン諸島は法的に「我が国の台湾島に属する」と結論づけた。
フィリピン側は当然反発した。
無論、中国政府がバタン諸島の領有を正式宣言したわけではないが、中国の大学や研究機関で、フィリピン領の島を中国側に取り込む法理が組み立てられている事実は消えない。
ここで怖いのは、主張の強さだけではない。主張の置き方である。
沖縄については「中国領だ」と言い切らず、日本の主権取得は本当に正当だったのか、と問いを立てる。バタン諸島についても、中国外交部は島そのものの領有を宣言せず、まず周辺海域で中国の権利を主張し、学界が島の帰属を論じる。
この形なら、政府が正式な領有権主張を出していない段階でも、論点そのものは社会に残る。だから日本側も「政府の公式主張ではない」で思考を止めず、どこまでが政府方針で、どこからが党・大学・研究機関の発信なのかを分けながら見ておく必要がある。
習近平は「琉球との交流の縁が深い」
沖縄も妙な流れになっている。2023年、習近平は福建省勤務時代を振り返り、「琉球館、琉球墓を知っていた」「琉球との交流の縁が深い」という趣旨を語った。これも領有権主張ではない。
ところが2026年6月23日、共産党機関紙の人民日報は、中国社会科学院日本研究所の唐永亮研究員による長文を掲載した。そこでは1879年の琉球処分を19世紀の国際法に反するとし、カイロ宣言やポツダム宣言まで持ち出して、日本による沖縄統治の歴史的、法的な正当性に疑問を投げている。
この並びは警戒すべきだ。
習近平が領有を宣言し、その命令で一斉に動いている、とまでは確認できない。だが、国家主席が琉球との歴史的な縁を語り、党機関紙が琉球処分の正当性を攻撃し、別の大学や研究機関ではバタン諸島を台湾に属するとする理屈が作られ、中国外交部と海警は台湾東方海域で日比の動きを「違法」として押し返す。別々の話として片づけるには、話が近すぎる。
中国は「明日からここは中国領だ」と言う必要がない
中国は、いきなり「明日からここは中国領だ」と言う必要がない。まず歴史を掘る。法理を作る。研究者や党系メディアが「そもそも帰属には議論がある」と言い始める。
公式な領有権主張の一歩手前でも、相手国の社会に疑問を植え付けることはできる。沖縄やバタン諸島をめぐる今の動きを、その程度には重く受け止めておくべきだ。
だから、今回北京へ行く議員には、会談の前に目的を決めておいてほしい。沖縄が日本領であることを中国側に確認するのか。バタン諸島について中国政府の立場をただすのか。日比の境界画定交渉をなぜ「違法無効」とするのか説明を求めるのか。台湾海峡での武力による現状変更をやめるよう迫るのか。尖閣周辺の中国公船、日本人拘束の問題を扱うのか。
全部やる必要はない。
もちろん、訪中前に交渉目標をすべて世間にさらせという話ではない。交渉には相手に見せられない手の内がある。だが、だからといって目標そのものが曖昧でいいわけではない。
少なくとも議員団の内部では、「これを求める」「ここは譲らない」「この答えを取れれば成果とする」という物差しを持っておくべきである。
そうでなければ、たまたま中国側から出た発言を帰国後に拾い、「関係改善への一歩になった」「一定の理解を得た」と成果に仕立てることができる。最初にゴールがなければ、後からゴールポストをどこにでも立てられる。
「自分たちが最後のパイプを守る」という妙な使命感
これは議員外交だけの問題ではない。政府外交を見る時にも同じ注意が必要である。外交交渉には公開できない部分が多く、国民が会談の全容をその場で検証することは難しい。結局、最初に目にするのは政府や参加した政治家自身による発表になる。
だからこそ「成果があった」という当事者の説明は、そのまま受け取るのではなく、何を要求していたのか、相手から何を引き出したのか、日本側は代わりに何を渡したのかまで見なければならない。
「率直な意見交換をした」「対話の重要性を確認した」「関係改善の一歩になった」といった言葉は便利だが、それだけでは成果の中身が何も分からない。
今回の訪中議員にも、そこは厳しく言っておきたい。「自分たちが最後のパイプを守る」という妙な使命感を持たない方がいい。
「自分たちだけが対話をつなげられる」という自己満足
まして、パイプを維持しただけで、日中関係を陰で支えているような顔をされても困る。パイプはただの手段だ。維持するだけなら電話帳を持っているのと大差ない。
その回線を使って何を要求し、相手の行動を何センチ動かしたのか。評価されるのはそこだけである。
これは対中外交だけの話でもない。アメリカにも同じ基準を当てればいい。「日米同盟は重要だ」「大統領との信頼関係がある」「ワシントンに太いパイプがある」。それだけでは成果ではない。
関税、防衛負担、投資、在日米軍、半導体、エネルギーで、日本が何を要求し、何を渡し、何を守ったのかを見るべきである。中国なら会うだけで「親中」と疑い、アメリカなら会えただけで喜ぶ。その態度では外交を評価できない。
相手が北京でもワシントンでも、政治家が自分で発表する「外交成果」には同じ物差しを当てればいい。
北京へ行くことを止める必要はない。中国共産党の幹部とも会えばいいし、人間関係も作ればいい。親中派というレッテルも気にしなくていい。むしろ、獲得目標が明確なら堂々と行けばよい。
その代わり、「自分たちだけが対話をつなげられる」という自己満足には陥らないでほしい。関係が悪い時に北京へ行くこと自体には、勇気も手柄もない。パイプを持つ政治家が偉いのでもない。日本に必要なものを決め、そのためにパイプを使い、結果を持ち帰る政治家が必要なのである。
何を取りに行くのか。それを決めずに北京へ行くなら、最初から「成果」は作らない方がいい。
文/小倉健一 写真/shutterstock

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