一本足打法を操って本塁打王と打点王を獲得。中日、阪神で活躍した大豊泰昭氏が18日、急性骨髄性白血病のため亡くなった。
51歳だった。

その早すぎる訃報を聞いたとき、驚いて読んでいた本を二度見した。
というのも、その時まさに、大豊泰昭の伝説について書かれた本を読んでいたからだ。

『プロ野球、伝説の表と裏』(長谷川晶一・著)。

昨年末に上梓された本書は、
第一章 「ドクターK」の真実
第二章 一本足打法の光と影
第三章 福本を、刺せ!
第四章 1993年の伊藤智仁
という四章構成になっている。

その第二章では、「王貞治はなぜ一本足打法でホームランを量産することができたのか?」という問いに迫るため、王以外で一本足打法に挑戦した選手たちにもインタビューを行っている。


その一人が大豊泰昭だ。

台湾での少年時代、球場の売店でたまたま見つけた雑誌で王貞治の美しい一本足打法に心を奪われ、(いつか、本物の王さんに会ってみたいな)と夢抱いた男が、どのような紆余曲折を経て来日することになったのか。

そして中日入団後、キャンプに臨時コーチとしてやってきた張本勲に才能を見込まれ、一本足打法を勧められたこと。
張本の口利きで憧れの王貞治から直接、一本足打法の指導を受けたこと。
はじめて一本足打法で臨むシーズンの開幕戦、試合前に「1年間頑張れ。陰ながら応援しているぞ」と王から電話をもらい、ますます王のことが好きになったこと……阪神時代にはなぜ一本足打法から二本足に変えたのかも含め、「大豊泰昭と一本足打法の物語」が大豊本人の口から語られていく。


「一本足のおかげで二冠王を穫ったのはいい思い出だけど、逆に一本足のせいで選手寿命も縮まりました。一本足打法は足への負担だけじゃなくて、目も疲れるんです。足を上げるタイミングを図るために常にピッチャーを凝視しなければならない。二本足のときの数倍も目が疲れるんです」

一本足打法の功罪について吐露する大豊。
だが、一本足打法に苦しんだのは彼だけではなかった。
本書では、片平晋作、駒田徳広といった、心身ともに削られながら一本足打法に挑んだ男たちの物語も綴られている。

彼らの苦労、悩み、挫折が大きければ大きいほど、一本足打法を操って「世界のホームラン王」にまで登り詰めた王貞治という光のまぶしさが鮮明になる。

本書の素晴らしさは、球界で長らく語り継がれてきた伝説のプレーや名勝負の光と影、表と裏の両側面を、丹念な取材と当事者たちへの徹底したインタビューを通して検証していくところにある。

たとえば、第一章。
「野茂英雄はなぜストレートとフォークだけで三振の山を築けたのか?」という疑問に対して、同じ近鉄の投手だった阿波野秀幸や吉井理人、実際にボールを受けていた光山英和、監督だった鈴木啓示らから当時の思い出やエピソードを聞き出し、そこで浮き上がった新たな疑問や発見を野茂英雄本人に直接ぶつけていく。

たとえば、第三章。
「なぜ“世界の盗塁王"福本豊の足を止めることはできなかったのか?」。
この問いを受けて立つのは、神部年男や東尾修、堀内恒夫といったクセの読み合いを繰り広げたライバル投手たち。福本を刺すことを目指して一流捕手にのぼりつめた梨田昌孝。世界一の盗塁王を陰ながら支えた世界一の二番打者・大熊忠義、そして同時代のセ・リーグ盗塁王の柴田勲といった面々だ。

そこから浮かび上がる「福本豊論」の真偽のほどを、直接、福本豊本人に確かめていく。福本が自ら語る盗塁技術論、そして「福本セーフ」「梨田アウト」「東尾ボーク」といった名フレーズからは、一時代を築いた男たちのプライドが垣間見える。

たとえば、第四章。

「伊藤智仁はなぜ“魔球"高速スライダーを投げることができたのか?」
同時期にヤクルトに在籍し、リハビリも共に経験した石井一久。さらには対戦した立浪和義や篠塚和典らの口から、伊藤智仁のスライダーが“いかに魔球だったか”を聞き出していく。
テレビ番組などでも取り上げられることが多い「伊藤智仁 対 篠塚和典」という名勝負の影でどんな心の読み合いをしていたのかを、伊藤と篠塚本人が語る……こんな贅沢な感想戦はなかなかない。

そして、ボールを受けた古田敦也は「伊藤のスライダーはすごかった。ナンバーワンでした。それは自信を持って言えます。
それは僕が証明します」と力強く語る。

去年、誕生から80周年を迎えた日本のプロ野球。
その中で、野茂英雄、王貞治、福本豊、伊藤智仁という4人のエピソードは、ある意味で「王道中の王道」の物語だ。野球にそれほど詳しくはない人であっても、その活躍ぶりやプレー映像をリアルタイムではないにせよ見たことがあるのではないだろうか。

そんな彼らであっても、まだまだ知らないことがある。
そのことに驚かされるとともに、嬉しくもなる自分がいる。
まだまだプロ野球には、楽しむべき要素や語り継ぐべきエピソードがたくさん残っている、と。

『プロ野球、伝説の表と裏』はそのことに気付かせてくれる良書だ。

最後にもう一度、本書の中から大豊の言葉を引用したい。
「台湾からやってきた僕が世の中で認めてもらうためにはホームランしかなかった。みんなを満足させられるのはホームランだけだった。僕は14年間で277本のホームランしか打っていません。でもね、僕のホームランはその一本、一本が涙と汗と血の結晶でした。一本のホームランを打つことに必死でした」

(オグマナオト)