「9月11日という日付を見ると、すぐにあのテロを連想する」という人もまだまだいると思う。だが、そんな衝撃が風化する前に、ISによるテロや人質事件なども最近起こっている。


そんな状況で、イスラム教徒に対する偏見はどうなっているのか。10年以上に及ぶ、立場の異なるさまざまな人や組織への取材をおこなった『日本の中でイスラム教を信じる』という本が、とても面白かった。
同時多発テロから14年…イスラム教徒に対する偏見はどうなっているのか『日本の中でイスラム教を信じる』
『日本の中でイスラム教を信じる』佐藤兼永/文藝春秋

イスラム教徒は、16億人いる


日本人にも殺人事件を起こす人間がいるように、イスラム教徒にもろくでもない人間はいる。しかも、イスラム教は世界中に信者が16億人いる。そんな集団に、何かレッテルを貼ることに意味があるだろうか。彼らに共通することといえば、人間であることと、あとはイスラム教徒であることぐらいしかない。

この本は、そんな当たり前の、しかし忘れてはいけない地点からスタートする。
ある人に取材をして聞いた話は、イスラム教徒の「16億分の1」でしかない。そういう謙虚な姿勢が、一冊を貫いていて、読む方も誤解が少なくて済む。

日本にいる、多様なイスラム教徒


日本在住のイスラム教徒は、本書によれば推定11万人。そして、年々イスラム教に興味を持つ人は増えているという。よくイメージされる、「日本にやってきた外国人イスラム教徒」だけではない。

外国人同士から日本で生まれた子ども、生まれも育ちも日本人のイスラム教徒、イスラム教徒と結婚して入信した日本人、さまざまな形がある。見た目が日本人だと、会社でスカーフを身につける許可が得られにくい。
宗教に慣れていない日本社会の課題も多い。

歩み寄って日本に溶け込む


食事問題では、豚肉はもちろん、料理酒やみりんなどのアルコールかどうか微妙なものなども悩ましい。ある子は、その日その日の学校給食と同じメニューのお弁当を親に作ってもらっていたり、努力や工夫がすごい。

理解されるだけではなく、自分からも歩み寄っている。イスラム教では仕事も非常に大切とされているので、「スカーフは許されていないけど、仕事を優先」という人もいる。一人一人が、置かれた状況に合わせて考えて生きている。ただ教えに従うなんて単純な世界じゃないから、みんな頭を使っている。


ある子は、給食で食べられない物も多いが、「あまったパンや牛乳をじゃんけんで取り合う」日本でおなじみの「牛乳ジャンケン」などには積極的に参加しているという。参加できるところで参加して、みんなと時間を過ごす。こういう工夫こそ「協調性」そのものだ。

他にもいろいろなルールが


イスラム教では「女性は肌を見せない」というルールがあるが、外国で売っている「手首や足首まで覆えるような水着」を日本で入手するには値段が高い。スカートが制服になっている学校も多い。

ある職場では、スカーフが工場設備の機械に巻き込まれる心配があったり、イスラム教徒を迎えている組織にも悩みがある。
その職員は、ゴム付きのスカーフで頭をぴったり多い、上着も着て対応した。

また、誤解しやすい「一夫多妻」(歴史的には寡婦や孤児の救済措置のためであり、限定的な特殊ルール)や、「ジハード」(「聖戦」はその一部でしかなく、「奮闘努力」という意味。「自分の心の弱さと戦う」など、困難に立ち向かうことを意味する)などについても、いろいろな知識を得ることができる。

「島国の外」にあったものが、今までさんざん、メディアによって好き勝手に宣伝された。おもしろおかしい部分や、過激な部分だけが編集されて「商品化」され、今でも人の偏見を生んでいる。
(香山哲)