歯痛専門の地蔵が、ある
(写真上)古道沿いにたたずむ小さな「歯痛地蔵」。悩んでいる方は、ぜひどうぞ。(中)こっちが腰痛の地蔵さん。真ん中がパックリ割れています。
歯痛に効くという、お地蔵さまがあるらしい。
それにしても、ずいぶんご利益を絞り込んだもんだが、そのお地蔵さんは、世界遺産に登録されている熊野古道にたたずんでいる。


熊野古道にある熊野九十九王子社のひとつ、水呑王子。ここは、弘法大師が杖で地面を突くと、そこから水が噴き出したという言い伝えのある場所。その水呑王子の近くの道沿いにある小さな祠の中にあるのが、その「歯痛地蔵」。看板には「歯痛の地蔵さん」と書かれている。

熊野古道の伝説や、そこに咲く花などを散策しながら解説してくれる、熊野本宮語り部の会の方の解説によると、この地蔵、江戸時代からあるのだという。
「このあたりはずっと歯医者さんがなかったんですよ。
そんなときは、新宮や田辺まで、泊まりがけで行ってたんです」
歯の治療のために、泊まりがけでまではなかなか行けない。そんな事情もあって、民間信仰のひとつとして、この地蔵が「歯痛によく効く」とされ、親しまれてきたのだという。

さて、ではなぜこのお地蔵さんが「よく効く」と言われるようになったのか。語り部さんは、こんな説を語ってくれた。
「昔の人は、とくにがまん強いでしょ。それで、辛抱して辛抱して、それでもたまらんときにお参りにくる。
そんなときは、もう痛みが最高潮なわけですから、お参りにくるころにはもう、痛みは峠を越している。だから、『お参りしたら痛みがひいた』と思ったんでしょう」
お地蔵さんにお願いしようと決意したときが痛みのピークだから、自然、それより痛みもマシになる、つまり「効いた」ということになると。
「考えてみれば、ごく当たり前のことなんですよ」

歯痛地蔵のすぐ近くには、「腰痛に効く」お地蔵さんもある。こちらは真ん中でパックリと割れているもので、その割れ目部分にお賽銭をはさんだりしてお参りをする。語り部さんが笑う。
「さっきが歯科で、こっちは整形外科というところです。
『古道は総合病院だ』と、よく言われているんですよ」

生命の息吹を思い切り感じられる、熊野古道。歯痛の地蔵、腰痛の地蔵などにお参りしつつ散策すると、心身ともに健康になりそうな、いい心持ちになれます。
(太田サトル)